第41話 大人で子供・其の三
「どういう意味?」
再びたずねた玉希ちゃんの青い目には困惑の色が混じっていた。
無理もないか……この子は今までずっとそれが当たり前で正しいと思って生きてきたんだから、その生き方を否定されると言うことは自分を否定されるのと同じ意味だもんな。いきなり確信に触れるのはよそう。まずは周りからゆっくりと彼女に近づいていけばいい。
「トップだからって別に完璧じゃなきゃいけないってことはないんじゃない、って意味だよ」
「違う。それは違うよ、良平君。一族の長はみんなのリーダーであり指導者なんだよ。それが間違った考えで邪な政事を行えばどうなる?一族みんなが間違った方へ進み滅んでしまうんだ。僕の一族の命運は僕の肩にかかっているんだ」
「それも違うと思うな」
「どこが違うっていうの?」
「昔、漢王朝を作った劉邦という皇帝はもともと山賊みたいな奴だったんだが、どうしてそんなチンピラみたいな奴があんな馬鹿でかい中国を統一できたと思う?」
「あ……」
バカな俺でも知ってる有名なエピソードだ。勉学も完璧でなきゃいけない玉希ちゃんが知らないはずがない。どうやら、分かったようだな。
「劉邦はあんまり褒められたような人間じゃなかった。酒好きの女好き。仕事もろくにしないチンピラのような男。けれどなぜか人に好かれ、彼の部下が何とかしなきゃ、って助けてくれたから」
「その通り。だから、玉希ちゃん。君が何もかも背負う必要はない。ていうか妖狐族ってのがどれだけいるのか知らないけど、それ全部を君一人で何とかするなんて無理な話だろ?」
「そうだね……」
「それに君が完璧でなきゃいけないって思い、そうあろうとしてるのはみんなのためじゃないだろ?」
「え……?何言ってるの?僕はただ……」
そこで玉希ちゃんは言葉を切り、目を泳がせた。どうやら、気づいたみたいだな。俺が何を言いたいのか……そして、今まで妖狐族みんなのためにといういい訳に隠していた自分の本心に。
「玉希ちゃん、君はみんなに嫌われたくないから、だからみんなの理想どおりの神であろうとしたんじゃない?」
「……」
嫌われたくない。好かれたい。だから、その人の頼みを聞いてあげる。そんな気持ちは俺だってある。いや、きっと誰にだってある。でも、玉希ちゃんの場合はそれが過剰になっている。きっと父親に拒絶されたことがトラウマになっているんだろう……
「そして、長であるからには偉くなくてはいけない。完璧でならなきゃいけない。強くあらなければいけない。そう、思っていたんじゃない?」
「…………」
下になってはいけない。常に上にいなければいけない。その強迫観念があの無駄な自信を生み出した。そして、あのむちゃくちゃな振る舞いは、人より強くあるために、弱みを見せてはいけないという玉希ちゃんの弱さだ。
人に嫌われたくない。だから素直に言うことを聞かなければいけない。でも人より強くならなければいけない。弱さを見せてはいけない。そんな、矛盾した考えが……
「僕は……僕は自分が好かれたいから……誰かに必要として欲しいから……でも、誰かのいいなりになってはいけないと……でも……じゃあ……どうすれば……?」
玉希ちゃんに涙を流させた。
だが、俺は玉希ちゃんにどうこうしろと言う気はない。他人の人生をアドバイスできるほど俺はできた人間じゃない。そんな難しいことは考えても分からない。分からない時は仕方ない。
「何も考えなければいいんじゃない?」
「へ……?」
玉希ちゃんの目が点になった。無理もないよな。今まで腐るほどいるであろう妖狐族の未来というものを自分一人で考えて生きてきたんだからな。けど、それが玉希ちゃんを苦しめると言うのなら、そんなものは忘れればいい。
「今まで君は無理しすぎていたんだよ。みんなのために、みんなを幸せにするために、そんな指導者になるためにって、色んな難しいことを考えすぎていたんだよ」
「うん……」
「誰かを縛るつけるような横暴をすれば独裁者になってしまう。かといって言いなりになるようでは、それはもう人形だ。そのどっちになってもいけないなら、もう難しいことは考えるのはやめにしよう。妖狐族のことなんかほっときゃいいよ」
「そんな無責任なこと出来ないよ!!」
「いやいや、大丈夫だって。君は知らないかも知れないけど狐と言うのは本来一人で生きる動物らしいからね。それに妖狐族みんなの中にちゃんと玉希ちゃんは含まれている?」
「あ……そ、それは……」
「自分一人幸せに出来ないような奴がどうやって人を幸せにする気?そんなの無理だって」
「でも……それじゃ、どうすればいいの?」
全くこの子は……頭がいいのにそんな簡単なことも分からないの?君はどこかの2歳児ネコちゃん妖怪?そんなのは簡単だよ。
「俺が思うに君は色々と複雑に考えすぎなんだよ。考えすぎて勝手にダメな方ダメな方に思っちゃうんだ。だから、もうなーんにも考えなきゃいいんだよ。出たとこ勝負の適当人生ってのも結構面白いと思うぜ」
「…………」
あっけに取られたような顔をした玉希ちゃんは、そのまま固まってじっと俺を見つめていた。その目はまるで新種の生き物でも見つけたかのような、不思議なものを見る目だ。ていうか、それどういう意味?
「良平君……」
「あん?」
「どうして……どうしてそんな風に考えられるの?」
「うーん……さあね?難しいことはよく分からねえや。おれは君と違ってバカだしね」
「…………」
何だろう?軽蔑のまなざしではないが、すごい驚いたような顔で玉希ちゃんが俺を見つめてる。俺はそんなに変なことを口走ってしまったのか?
「なるほど……」
そうかと思いきや今度は何かを理解したように何度も頷いた。ていうか何がなるほど?一人で納得しないで俺にも教えてくれ。
「ふふふ……そういうことか」
「あの玉希ちゃん?そういうことってどういうこと?」
「君は僕に聞いたよね?どうして自分を好きになったのか?って」
ああ、確かに聞いた。そしてふざけてるとしか思えない回答を頂いた。
「正直僕にも分からなかった。大して頭がよさそうでもない、運動が出来そうでもない、ルックスもあんまり良くない、何のとりえもない、こんなさえない男にどうしてやきもきしてるのか理解も出来なかった」
え?ていうか、そんな風に思われてんの?いや、別に間違ってはいないんだけど……そういうことは直で言われると結構傷つくから、できれば本人のいないところで言って欲しいな……
「でも、それがようやく分かった」
「へえ……どうして?」
「良平君が僕より大人で子供だからだよ」
「………………はい?」
さっぱり分かんねえ。何だそれ?どっちなんだよ。大人なのか子供なのか、褒めてんのかけなしてんのか、そこんとこきっちり教えてもらおうじゃない。