第30話 玉希ちゃんの恐いもの
俺たちが神社の入り口に戻ると、玉希ちゃんは鳥居の下で何かに怯えるようにうずくまっていた。そして、俺たちを見るなりいきなり怒鳴りつけてきやがった。
「遅いよバカァ!!こんな薄暗いところに女の子1人で何時間待たせる気だよ!!凄く恐かったんだからな!!」
えっと……俺の記憶が正しければ、クロちゃんと話していたのはほんの10分程度のはずだったのだが、君にはそんなに長く感じたのかな?ていうか、薄暗いっていってもまだ日も暮れてないし十分明るいと思うんだけどな……君は妖怪のくせにそんなに恐がりなの?
そんな事を考えているとクロちゃんが俺の足元へやってきてひそひそとささやいた。
「な?言ったろ?泣き虫で寂しがり屋なんだよ」
「ああ……確かに……」
その瞬間、黒いばい菌男のぬいぐるみが黒いクロちゃんにも凄い勢いでジャストミートした。やわらかい素材が使われているはずなのにのた打ち回った末に動かなくなったクロちゃんの様子から、玉希ちゃんの腕力がスーパーサイヤ人並だと言うことが判明。
「聞こえたぞ、クロ!!そうじゃないんだよ!!本当に恐いんだよ!!」
「落ち着いて玉希ちゃん。クロは意識不明の重症だから。聞こえてないから。それより何がそんなに恐いの?」
「オバケ!!オバケが出たの!!」
それはそこに伸びている黒い犬か?それとも恐ろしい握力で俺の腕の血流を止めている君か?あるいはその両方か?
「そうじゃなくて!!子供の笑い声が……!!ほら、また聞こえてきた!!」
“クスクス……キャハハハ……”
「本当だ……確かに子供の笑いg……」
「ギャアアァァァ!!!!オバケエエェェ!!オバケ、オバケ!!姿が見えないの声がするううぅぅ!!霊!?これ幽霊!?違うよね!?絶対違うよね!?もし、そうだとしても違うと言ってええぇぇ!!僕、恐いノオオォォ!!」
あの……少し静かにしてくれるかな?俺は幽霊よりも半狂乱になってるおめえの方が百倍恐いよ。見ろ。お前が騒ぎまくるせいで、俺の台詞が正しく変換されないままアップされちまったじゃねえか。
「良平君!!」
「何?え!?ちょ、玉希ちゃん!?」
何を思ったか玉希ちゃんはいきなり俺に抱きついてきた。こ、これはどういう事なのかな?
「ぼ、僕が君を守る!!」
「は?」
「い、今は危ないから僕から離れちゃいけないよ!?」
いや……離れるどころか身動き一つ出来ないんですけど……ていうか、何だかちょっとかわいいかも……ていうか……君って結構巨乳?
「良平君……」
「え!?なに!?俺別になんにもやらしいことなんてこれっぽちも……」
「もう、オバケはいない……?」
「え、ああ、なんだ……大丈夫だよ。もう笑い声もしないよ」
俺の言葉に安心したのか玉希ちゃんはそっと離れた。少し残念……
「玉希ちゃん。良平君の言うとおり、安心していいぜ」
「クロ……」「クロちゃん!?お前もう復活したの!?」
「ああ、あんなのいつもの事だからね。いちいち、伸びていられないよ」
いつもの事ってお前……
「そんな事より、二人ともあれは幽霊なんかじゃないよ」
「え……?おい、クロちゃん。何でそんな事が分かるんだよ。お前には霊感センサーでもあるのか?」
「するどいね、良平君。そう、オイラにはこの尻尾センサーがあるんだ!!」
尻尾センサーって……なんでお前そんなかわいいんだよ……
「近くに幽霊や霊気を、妖怪がいれば妖気を感じ取ることが出来るんだけど、今オイラの尻尾センサーは妖気しか感知していないんだ」
「ということは近くには妖怪しかいないと……」
まあ、それは当然こいつらの妖気だろう。
「だってさ、玉希ちゃん。これで安心した?」
「………………うん」
「あれ?どうしたの?」
玉希ちゃんはなぜか怖い顔でクロちゃんをジッと見つめていた。というか睨んでいた。どうしたんだ?幽霊が恐い玉希ちゃん的には今の説明はうれしいことなんじゃ……何が不満なんだ?
「いや……前はそんな設定なかったのにな〜って思って」
いや、前とかいいじゃん?そんな事言わなくていいじゃん?物凄くやりづらくなるじゃん?それは忘れよう?
「まあ、なんにしても幽霊じゃなくてよかったね」
「そうだね……ところで良平君」
「何だ?」
「僕と結婚とする気になった?」
チ……しっかり覚えていやがったか……
「言っとくが答えはノーだ」
「どうして!?」
「どうしてって俺たち今日会ったばっかだよ?そんな事を決めるのはいくらなんでも早すぎる」
「愛に時間なんて関係ないよ」
「いや、そうかも知んないけどそうじゃなくてお互いのこと知らなさ過ぎるだろ!?」
「僕は君のことかなり知ってるよ」
それはおめえが勝手に調べさせたんだろうが!!ていうか俺がお前のことをいまいちわかんねえって言ってんだよ!!
「玉希ちゃんは俺のこと知ってるみたいだけど、俺は玉希ちゃんのことあんまりわかんないんだよ」
「そんなのいくらでも教えるよ」
「うん、それだよ。お互いのこと少しずつ知り合って、仲良くなって、大人になって、お互いのことが好きでいれたらその時は結婚しよう」
おお、我ながら完璧ではないか?これなら玉希ちゃんも納得してくれるだろう。さあ、君の返事を聞かせておくれ。
「断る」
「何でだよ!?今のはかなり良かったと思うんだけど何がいけなかったのかな!?」
「まどろっこしい」
そんな理由かよ!!まあ、いい……
「じゃあ、どうして欲しいの?」
「今すぐここで僕と結婚すると誓え」
“ガチャ”
またそれか……好きだなそれ?それがないと何にもできない子?赤ちゃんのおしゃぶり?天童のお酒?だがな、俺だってもうだまっちゃいないよ。ちゃんとそいつの対抗策ぐらい考えてきたよ。悪いが君のトカレフちゃんは封印させてもらうからね。
「悪いが断る。撃ちたきゃ撃てよ」
「僕が撃たないとでも思ってるの?」
「そうだな……普通の女の子はそんなもの持たないし、持っていたいたとしても好きな子を撃つような真似はしないはずだからな。撃てたとしたら、それは俺のことを好きでも何でもない証拠だ」
「くっ……」
そう、君が撃つはずはない。だってその銃は臆病な君のお守りのようなものであって、人を傷つける道具じゃない。何より君はそんな簡単に人を傷つけられるようなひどい奴じゃないはずだ。うまくは説明できないけどさっきの君の顔を見ていると、「ああ、この子、本当は優しい子なんだな」って思えたんだ……
「参ったな……」
玉希ちゃんは苦笑しながらトカレフを懐にしまってくれた。思った通り、やっぱりこの子は優しい女の子だ。人を撃ったり傷つけたりするような子じゃない。(ギャグでやった顔面へのマシンガンパンチや逆十字は除く)
俺は姿勢良くたたずむ玉希ちゃんの前に立つと精一杯の笑顔を彼女に向けた。
「それじゃあ……まずは君の事を教えてくれる?」
「うん、いいよ」
そう言った玉希ちゃんの笑顔に少しときめいてしまった事は内緒だ。特に先輩には。