第29話 日本語は世界一難しい言語である
とんでもないストーカーに告られたと思ったら、今度は結婚のプロポーズ(拒否不可)をされた俺だが、こんな何のとりえも無い俺を好きになるなんて、どうしてもおかしいと不審に思い、その理由を尋ねたところ、玉希ちゃんは急に不安げな表情を浮かべた。これは何かあるな。きっと、とんでもない事情が……
「さあ、玉希ちゃん。教えてくれよ。どうして、俺なんだ?」
「それは……そこに君がいるから」
「…………え?あれ?それだけ?」
「そう、それだけ」
「そっか、それだけか……前回からためといてそれだけか……」
昔、昔、ある登山家が「どうして山に登るんですか?」と聞かれこう答えた。
「そこに山があるからだ」
何か、かっこよくね?
今、現在、このバカ女は「どうして僕に告るんですか?」と聞かれこう答えた。
「そこに君がいるから」
それ、誰でもよくね?
んだよ、こいつは!!何が言いたいんだよ!!何がしたいんだよ!!何もかも、さっぱりわかんねえよ!!ただただ、はらわたが煮えくり返るだけだよ!!こうなったら奴を呼ぶしかないな!!
「カモン!!クロちゃん!!」
「なんだい、良平君?」
「翻訳ゼリーを出してくれ!!」
「いや、持ってねえからそんなの。ていうか、オイラは青ダヌキじゃないから。黒い狐だから」
「何でもいい!!あいつの言ってることを通訳しろ!!さっぱり、わかんねえんだよ!!」
「そういうことか。分かった。おいらにまかせな」
クロちゃんは自信満々に自分の胸をドンと叩くと、玉希ちゃんのところへ行きいきなり土下座をした。な、何なんだこいつは?プライドと言うものが無いのか?
「玉希ちゃん、ちょっとだけ良平君を借りてもいいかな?」
「ちょっとってどのくらい?」
「ほんの一時だ。すぐに返すから」
「そう……ならいいよ」
「ありがとうごぜえますだ……」
こうして、俺とクロちゃんは玉希ちゃんとは少し離れた、神社の裏側で話をすることにした。どうでもいいがお前ら俺のこと、完全に物扱いなんだな……
「さあ、どういうことだ?そこに君がいるからってアレは何の冗談だ?かなり笑えないよ?」
「アレは冗談なんかじゃないよ。マジだよ」
「へえ、マジなんだ?でもね、俺にはマジで意味が分からない」
「簡単に言うと一目ぼれしたのさ。君にね」
一目ぼれ?この俺にか?そんなバカな……自分で言うのもなんだが俺はイケメンじゃないし、知性のかけらも無い顔をしている。そんな俺にどうして?
「いきなりこんなこと言われてもピンとこないかも知れないね。けどさ、人が人を好きになるのにそんなに大層な理由がいるのかい?」
「そう言われりゃそうかもしれないけど……でも、こんな俺にどうして?」
「さあね?そいつはオイラの知るとこじゃねえよ。けど、何かしらあったんだろ。君の中にあの子をときめかせる何かが」
「うーん……そうだとしても、あの態度は何だよ?アレが好きな相手にする態度か?」
「狐って奴は素直じゃない生き物で、あの子は特にそうなんだよ。君だって小学生の時、好きな女の子の気を引こうと髪の毛引っ張ったりスカートめくったりしたろ?あれと同じだよ」
クロちゃん……確かに俺も好きな子の気を引こうとそんなことをしたことはあるよ。でもね、顔面を36発もグーで殴ったり、腕ひしぎ逆十字でひじの関節を破壊しかけたり、眉間にトカレフを突きつけるような真似はしなかったよ。まあいい、そんな細かいことは百万歩譲って許してやったとして……
「じゃあ、何で結婚?出会ってその日のうち結婚の申し込みはどう考えてもおかしいだろ?そんなギネス級のスピード結婚、聞いたことねえよ!!何をそんなに焦ってんの?」
「まあ……それにはオイラたち妖狐族のちょっとした事情があってね……詳しくはこいつを見てもらえれば分かる」
そう言うなりクロちゃんは俺に一通の便箋を差し出してきた。いや、これは便箋というより時代劇なんかでよく見る文という奴だな。どうでもいいがクロちゃん……こういう紙で出来たものを尻のあたりから取り出すのはいかがなものかと思うぞ。
「何だよこれは?」
「それはお頭様……つまり、あの子の母親であり、おいら達妖狐族の長からの手紙だ。玉希ちゃんがほれた相手に渡してくれと預かってきた」
妖怪の一族の親玉からの手紙だなんてちょっと緊張するな。何だろう?まさか「玉希のプロポーズを断るなら人間達を滅ぼす」なんていわねえよな?いや、あの女の親ならありうる……覚悟だけはしておこう。どれどれ……
頑張れ P・S頑張れ
お頭ああぁぁ!!こんな、本分とP・Sが同じ手紙で俺に何を分かれって言うんだ!?そして何を頑張れと言うんだ!?こんなもんで分かるのはあんたがバカだってことぐらいじゃねえか!!ていうか、何で一言にまとめてんだよ!!大喜利じゃないんだよ!?何で大事な部分が丸ごと抜けてんだよ!!お前は日本語を知らねえのか!?
「おい、クロちゃんよ……おめえらは一族総出で俺に喧嘩を売りに来たと、そう解釈していいな?」
「は?え?何でそうなるの?何が書いてたの?ちょっとオイラにも見せて……なんじゃこりゃ!!こんなのもう手紙じゃねえよ!!ただのメッセージだよ!!」
「その通りだ。さ、歯食いしばれ。取り合えず顔面に20発な」
「待て待て待て!!オイラに当たるな!!ちゃんと説明するから!!」
湧き上がる怒りと殺意を押し殺し、俺はクロちゃんの説明を聞くことにした。
「あの子がおいら達、妖狐族の長となるお嬢様だっていうのはもう分かってるよな?」
「ああ、あいつがお前ら陽気な一族のバカ代表となる女だっていうのは十分、分かったよ」
「うん……まあ、それでもいいや。それでね、そういうお偉いさんになってくると跡継ぎの問題とか出てくるじゃん?」
「待て、跡継ぎ問題の後に直で俺のとこに来たのか?それはおかしいだろ。お前らの一族の中からえりすぐりのイケメンを生贄にささげたりとか他にも方法があっただろ?」
「お見合いだろ?それは考えたさ。でも、やっぱりこういうのは本人の気持ちを尊重して玉希ちゃんが好きになった子とした方がいいと思って……」
「俺の気持ちと人権と安否も尊重しろよ!!」
「人権と安否の方はおいらが全力で守る!!でも、気持ちの方は自分で選んでくれよ」
「どういう意味だ?」
「玉希ちゃんか、ミイナちゃんか、どっちを選ぶのかってことさ」
「……!!」
風が森をざわめつかせるようにクロちゃんの言葉は俺の心を引っ掻き回した。別にそんな必要は無いのに……俺が勝手に先輩のことを思ってるだけであの子は別におれのことなんかただの優しい人間ぐらいにしか思ってないはず……
「しかし、良平君もすみにおけねえな。あんなかわいい子に「こんなの管理人さんだけだからね?」なんて言わせるんだもんな。やるじゃん!!」
「お、お、おめえ……どこまで俺のこと調べてんだよ?ていうか、それもう盗聴じゃねえか……」
「でもな……猫又って嫉妬深い奴が多いからな……あんなことを言わせといて他の女の子とデートしてたなんて知ったら……アーメン」
「アーメンじゃねえよ!!ていうか、デートってあんなの拳銃突きつけられてあちこち引っ張りまわされただけだからな」
「でもさ、玉希ちゃんとはもう付き合ってるわけじゃん?」
「付き合ってねえよ!!今日あったばっかだろ!!あんなの知り合い以上友達未満だよ」
「ふーん……こいつを聞いても同じことが言えるかな?」
クロちゃんはまたも異次元に繋がるお尻から黒いボイスレコーダーをとりだした。そのスイッチを押すと思い出したくも無い嫌な会話が聞こえてきた。
『そう……じゃあ付き合ってもらおうかしら?』
『はい……わかりました……でも、付き合うってどこへ?』
ええ!?これアレだよね?俺がトカレフ突きつけられながら言われたあの会話だよね?ていうか付き合っての意味が違うだろ!!何?あれってそういう意味だったの?日本語って難しいな!!
「おいおい、クロちゃんよ?そんなもんで脅したつもり?そんな嘘っぱちボイスで何が出来んだよ?」
「真実はどうであれ、これをミイナちゃんが聞けば怒り狂って君を殺すことは間違いないだろう……」
「やめてくんない……先輩なら本当にやりかねないから笑えないよ……ていうか、玉希ちゃんは先輩のこと知ってんの?」
「いや、教えてないよ。そんなことしたら、それはそれでやばいから。君だけじゃなくてオイラまで殺されるから。あの子はマジでやる子だから」
「ふ、ふーん……」
すごいや……まさに両手に核弾頭って感じだね。
「なあ、良平君。20世紀も年上のおいらがここまで頭を下げてんだ。頼みの一つを聞いてもバチはあたんねえだろ?」
ねえ、クロちゃん?君たち妖狐族の辞書にはお願いという単語の意味が、人を脅して無理やり言うことを聞かすこと、とでも書いてあるのかな?それはお願いじゃなくて脅迫だよ?
「まあ、聞くだけ聞くけどさ……お願いって何……?」
「いきなりあの子を好きになれだの、まして結婚しろだなんて無茶はいわねえ」
「じゃあ、どうしろってんだ?」
「友達になってくれないか?」
「はい……?」
友達……?さんざん人のこといたぶって脅しておいてそれだけ?いや、そのぐらいで済むんなら全然大歓迎だよ。俺はてっきりあいつの奴隷になってあげてとでも言われるものだとばかり思っていたからね。けど気になることもある……
「あの子は友達いないの?妖狐族のとか?」
「いるはずないだろ。オイラぐらいなもんだよ……あの子と普通に接することが出来るのは」
「何でだよ?」
「あの子のちょっとした事情が原因でね……」
クロちゃんの暗い顔と重たい空気を見る限り、これは冗談ではなくてマジな話らしい。一体玉希ちゃんに何があったんだ?
「ちょっとした事情って何だよ?」
「あの子の母親はお頭、つまり妖怪なわけだが……父親の方は人間なんだ。だから妖狐族の連中はみんなあの子の事を普通の仲間とは思えないのさ」
「うん?ちょっと待て……親父が人間だから仲間と思えないってどういうことだ?そんなの関係ないだろ?」
「大有りさ。妖怪と人間のハーフていうのはとんでもない力を持って生まれてくるんだ。あの安部晴明だってそうだった」
そういや、昨日烏丸さんも同じこと言ってたよな。待てよ、じゃあ玉希ちゃんはひょっとして……
「なあ、クロちゃん。あの子は妖狐族の中で唯一の精霊系なのか?」
「へえ、詳しいんだね。なら話が早い。その通りさ」
やっぱりそうか。天童が玉希ちゃんを見たとき同じ臭いがするって言ってたのは同じ精霊系の妖怪だからだったんだ。てっきり、同じ裏社会の人間かと思った……
「おいら達、畜生系の妖怪にとって精霊系の妖怪てのは神のような存在なんだ。だから、妖狐族の中であの子と付き合うことはおろか近づこうとする者さえいないんだ」
「神様にそんなことをするのは恐れ多いってか?バカバカしい話だな」
「全く同感だよ」
「ていうか、クロちゃんは普通に接しているよね?何で?」
「ああ、おいらそういう神様とか仏様とか非科学的なものは信じない主義だから」
おいおい、非科学的な権化である妖怪が何か言ってるよ。いや、今さらそんな事を突っ込むのはよそう。とにかく玉希ちゃんは妖狐族のみんなから神様のようにあがめられて、そのせいで一人ぼっちだったということなのだが、それなら……
「なあ、クロちゃんよ。お前ら妖狐族は玉希ちゃんを崇拝してんだろ?だったら、玉希ちゃんがみんなにお友達になってー、て一言いえば済む話じゃねえの?」
「それがさ……あの子はあの子で周りの言うこと鵜呑みにして、自分は立派な長にならなきゃいけない、神のように振舞わなきゃいけない、何事も完璧じゃなきゃいけない、って思いんこんでるみたいなんだよ」
なんか……話がややこしくなってきたな……よし!こうなったら、もうこいつら一族の面倒くさい事情は忘れて、一つだけ確認しておこう。
「なあ、クロちゃん。玉希ちゃんっていい奴なの?それとも嫌な奴なの?」
「ふふ……あんな風に振舞ってるけど、本当は優しくて泣き虫で寂しがりやなんだ」
「なるほど……それなら話は早い。あんなかわいい子となら喜んでお友達でも何でもなってやるよ」
「本当か!!」
「ああ、20世紀も年上の妖怪に頭下げられちゃ断れねえよ」
人間嫌いのネコちゃん妖怪や、お酒とタバコしか友達のいなかった鬼のお兄ちゃんとも仲良くなれた俺のことだ。きっと、仲良くなれるさ。でもまあ結婚は勘弁して欲しいけどな…………