第28話 天空の花婿にはなりたくない。死んでもヤダ!!でも、死ぬのもヤダ!!
俺をだまそうとしたクリスさんだったが、なんと彼女もだまされて悪事に加担しただけだというのだから、本当驚きだ。驚くほどマヌケな理由でだまされていた彼女をかわいそうに思った俺は、彼女をだましていたヤクザさんたちにちょっとしたいたずらをしかけて、こんなことに巻き込まれるのはこりごりだと思い、クリスさんとも別れてもう家に帰ろうと喫茶店を後にした。
はずなんだけど……なんかねクリスさんがついてくる……俺の約50cm後ろをついてくるの……何だろう?何の用があるんだろう?いやな予感しかしないけど聞くか……
「あの、クリスさん?俺に何か用?」
「少し話せる?」
「話ならさっきの喫茶店でも出来たんじゃ……」
「出来れば誰もいないところで二人きりで話がしたいの」
こんな美人にそんな事を言われたら断れなくなるのが思春期妖怪の悲しい性である。というわけで俺たちは普段から誰も来ない、ありがたみも何も無い裏山神社に場所を移す事にした。
住宅街から少し離れた不気味な森に覆われた小高い山。石畳の階段を上って行くとこれまた石造りの大きな鳥居とやる気のない狛犬が出迎えてくれる。
ただでさえ普段から参拝客が全くおらず、それどころか神主を目撃したという話を聞いたことすらないこの神社は、神が祭られていると言うより何かにとり憑かれているといった感じだ。全くご利益なんてない。その証拠に昨夜未明、一人の少年が化け物に殺されかけたからね。ニュースにはならなかったけど……
「さて、クリスさん。ここなら誰も来ませんよ」
「うん……」
「それで、話ってなんです?」
「あのね……まずあなたをだましていたことを謝るわ」
「さっきのことでしょ?それはもういいですよ」
「そうじゃないの……あたしそれ以外にもあなたに沢山ウソをついてるの……」
「え……どういう……」
戸惑う俺をよそに、クリスさんの体か白いもやのようなものがあふれ出すと、それは彼女の体を包み込み一瞬にしてその姿を別人のものへとしてしまった。
足元から順に見てみよう。赤い鼻緒の黒い革草履に白い足袋。繊細かつ大胆な模様の入ったピンク色の着物を赤い帯で閉めてある。髪は金髪のままだが、ストレートに下ろしていたものをアップにしてあり、それが着物とよく似合う。顔は相変わらず外国人のようだがさっきとはまるで感じが違う。マフィアのような鋭い目つきは無く、むしろお嬢様のように穏やかな目をしてる。身長も少し縮んで俺と同じぐらいになっている。そのせいか歳も同じ倉に感じる。
簡単に一言で言うなら外国人のティーンズモデルが着物を着ているといった感じだ。もっと率直な意見を言おう。好みだ……
「これが僕の本当の姿さ」
「え、あ、あのー……クリスさん……これは……」
「そのクリス何とかって言う名前もウソなの。僕の本当の名前は坂本玉希。妖狐族と呼ばれる妖怪の長の娘なの。年齢も本当はあなたと同じ15歳さ。驚いた?」
「…………」
うーん……普通の人は驚くんだろうな。でも俺は色んな意味で逆にほっとしていた。こんなことをされた後で、あたしは人間ですって言われるより遥かにマシだろ?それに一瞬で自分の姿を変えるなんて、いかにも妖怪らしいことをしてくれたのはこの子が始めてだ。だってさ……徒然荘の妖怪たちを思い出して。ただのガキか、究極の肉体派か、真性の変態だけじゃん。やっとまともな妖怪に会えたんだ。その点ではかなりほっとした。
しかし、驚いた点もいくつかある。何で和服?ていうかその顔で坂本玉希?どっちかって言うとその名前の方が偽名っぽいけど……あと、一つだけどーーしても気になる発言を玉希ちゃんはしたな。これには驚きを通り越して若干の恐怖を覚えるんだけどどういうことか聞いてみよう。
「あのね……俺は今さら妖怪見たぐらいじゃ驚かないけど、気になることはあるな。どうして俺の歳を知ってるの?」
「それはね……カモン!!クロちゃん!!」
玉希ちゃんがそう叫ぶと物理の法則を完全にシカトして空中から一匹の黒い狐が現れた。
「はい、はい。玉希ちゃんなんのご用かな?」
「クロちゃん。良平君に説明してあげて」
「ほい、ほい。お安いごようだ」
そう言うなりクロちゃんと呼ばれた黒い狐は俺の前へ来て一礼した。
「お初にお目にかかります!オイラは黒山喜平!かつては不死身の黒狐と恐れられた、齢2000歳を超える妖狐族の中では結構なお偉いさんなんだが、まあ気にせずクロって呼んでくれ!」
「へえ……かわいいわりには2000歳なんだ……」
「かわいいだなんてご冗談を」
冗談なものか。お前の見た目は完全にデズニーに出てくる二足歩行の喋る犬だぞ。かわいすぎるよ。お持ち帰りしてえよ。
「ああ、それよりなんでオイラたちが君の年齢を知っているかだったね?」
「そうだ。何でそんなこと知っているんだ?」
「年齢だけじゃねえよ。こいつを見てみな」
そう言ってクロちゃんはおそらく勝手に作ったであろう俺のプロフィールを見せてくれた。
――加茂 良平――
身長:168.3cm
体重:53.4kg
視力:両目共に1.8
運動神経:0
音程:マイナス4
好きなアニメ:薬売り、K太郎、その他美少女もの全般
好きな映画:人妻もの、女子高生もの
好きな人:父親
嫌いな人:母親
――――――――――
うわああぁぁ…………勝手に作った割には全部大正解♪何でこんなに完璧に網羅されてんだろうね?めちゃくちゃ恐いね?テレビでストーカーが恐い怖いって言ってる女の子の気持ちが良く分からなかったけど、今物凄く良く分かった。
「あの……クロちゃん?これ、どうやって調べたの?」
「君の友達に富士子って女の子がいるだろ?」
いる。ちょっと暗くてあんまりしゃべらない大人しい子だが、その子も結構なオタクで俺とは話が合い仲良くしていた数少ないガールフレンドの1人だ。確かに富士子ならこのプロフィールの情報を知っているだろうが、奴に限ってこんなUMAなクロちゃんに俺の個人情報を流すとは考えにくい……まさか!!
「お前富士子に何をしたんだ?」
「安心しな。手荒な真似はしてないぜ。むしろ喜んでいたな」
「お前……女の子に何したんだよ?」
「うん?彼女が好きそうな本を一冊プレゼントしたんだよ」
「へ……」
「そしたら全部教えてくれたぜ」
婦女子のふうちゃんん!!てめえ、同人誌一冊で友達の個人情報をこんなUMAに売りやがったの!?しかも、何でこんな完璧に答えてんだよ!!せめて、好きな映画のジャンルぐらいアクションとかSFとか適当なこと言っとけよ!!ていうか、ちょっと待て……
「あの……もしかして……玉希ちゃんもこれ見たの?」
「見たよ。だって僕が作らせたんだもん」
「好きな映画のジャンルとかも……?」
「気にしなくていいよ。君の年頃の男の子なら誰だってそういうの見るもの」
やめて!!受け入れないで!!なんか逆に恥ずかしい!!それならいっそ気持ち悪がられた方がまだマシ!!
「ていうか、何だよこれ?何でこんなまねすんだ?何が目的だ?嫌がらせ?」
「単刀直入に言うね。僕は君のことが好きだ」
「え……」
い、いや……嬉しいけど……いくらなんでも単刀直入すぎるだろ。
「あ、ありがと……でも……」
「だから、お願い。僕と結婚しろ」
はい、おかすいいぃぃ!!この子の言ってることと頭が若干おかしいよ!!何でお願いって言った後に命令形!?大体俺たち今日会ったばかりだよ!?そんな奴に結婚のプロポーズはおかしいよ!!
「あのさ……いくらなんでも急すぎる。うん、悪いけど君のテンポに若干ついていけてない。ていうか、君さっきとキャラ変わり過ぎだよ?喫茶店で見せたあの涙は全部ウソなのか?」
「当たり前だよ。あんなのは君がどういう人間か調べたかったら、わざとだまされたふりをしてただけ。僕はそんなにバカじゃないよ。まさか、本気にしてたの?」
あれ?なんだろ?なんかカチンと来たな。いや、ブチンかな?
「ま、まあいいや。でもさ、俺の気持ちとかは聞かないの?俺が君を好きかどうかとか気にならないの?」
「好きだろ?」
「言っちゃ悪いが若干嫌いだ。言ったよな?お利口で嫌な奴は嫌いだって」
「じゃあ好きになるようにしてあげる。僕のこの妖力で」
俺の頬をそっと撫でる玉希ちゃん。
「初めての時はビックリするかもしれないけど、きっと気持ちよくてすぐにやみつきになるよなるよ」
おいおい、お前は俺に何をする気だよ?ていうか何をしてくださる気なんだろう?ここはアレだよね?やっぱ主人公として妖怪に立ち向かうところだよね?うん、そうだ。いや、あの、アレだよ?別に変な意味とかいやらしいこととか全然考えてないからね。うん、誤解しないで。
「おもしれえ。受けてたつよ」
「ふふっ……」
ここからはお子様にはちょっと早いから音声と効果音だけで何が起きてるのか想像してくれ。じゃあ、逝くよ。
――――――――
「ほら、ほら、ほら、ほら、気持ちいいでしょ?」
“ドカ!ゴス!バキ!ゴス!ゴス!ゴス!”
「ちょ待っ……!!玉希ちゃ……!!何で殴……!!やめ……!!痛……!!」
――――――――
「ほら、ここをこうするともっと気持ちよくなるよ?」
“メリメリパキポキバキボキ”
「あだだだだだだ!!折れる、折れる!!マジで折れるって!!ちょっ、いったんタンマ!!もうギブ!!マジでギブ!!」
――――――――
「あらら?気持ちよすぎてもう逝っちゃった?」
“ポク、ポク、ポク、チーン”
「…………」
――――――――
「どう、良平君?僕のこと好きになったかい?」
満面の笑みでたずねる玉希ちゃん。
「は……はい……もちろんでございます……玉希様……」
満身創痍で答える俺。
うん、凄い妖力だ。確かに好きになった。というより、好きにならざるを得なかった。でもさ、これ……妖力じゃないよね?純然たる暴力だよね?え?なに?こいつも肉体派?ていうか、妖怪ってこんな奴しかいないの?
「じゃあ、僕と結婚するよね?」
「いやそれは……」
“ガチャ”
またトカレフかよ……ていうかこれあるんならさっきの暴力とか必要なくね?
「どうなの?」
「うぅ……あの……」
いかん!!まずい!!まず過ぎる!!ここでイエスと言おうものなら、こいつは即効で俺を別の世界へさらっていく!!何かそんな気がする!!そして、二度と戻ってこれなく気がする!天空の花婿になっちゃう気がする!!だが、ノーと言おうものならズドンだ!!こっちも別の意味で天空の花婿になっちゃう!!どうする!?そうだ!!
「玉希ちゃん、あのね。俺も君みたいなかわいい子と結婚したいよ。でもね日本の法律で男の子は18歳からじゃないと結婚できないんだ。だから、無理なんだよ。いやあ、残念」
「3年ぐらい待つよ」
「そう……ありがと……」
問題が先送りになっただけ!!何一つとして解決してねえよ!!おい、どうすんだよ!!どうしたらいいんだよ、これ!!てめえみたいなイカレ女となんか絶対結婚したくない!!付き合うのもごめんだ!!だが、まだ死にたくない!!ていうか何で俺なんだよ!!他にもいっぱい良い男いるだろ!!さらうならそいつをさらってけ!!
「あのさ、玉希ちゃん……何で俺?」
「え……?」
「いや、腐るほどいる男たちの中から、何でよりよって俺みたいな奴を選んだの?適当?誰でもよかったの?」
「違う!!それは違うよ!!僕は君じゃないと嫌だ!!君じゃなきゃダメなんだよ……」
「それどういうこと?」
玉希ちゃんがありがた迷惑なことに、俺を好きになったのには特別な理由があった。その特別な理由とは……次回に続く……