第27話 ハイリスク・ハイリターン パート2
拳銃を突きつけられ、強制的にあちこち引っ張りまわらされた俺だったが、なんだかんだでちょっといい思いもして、結構クリスさんとのデートを楽しんでしまった。
そんな俺たちは休憩がてら喫茶店に入った。それにクリスさんに聞きたいこともあったしな。
「あの……クリスさん。あなたに聞きたいことがあるんですが」
「何かしら?」
「あなたは何者なんです?どうして俺とこんなデートみたいなことを?」
「嬉しくないの?」
「いや、嬉しいのは嬉しいんですけど……あなたみたいな美人が俺みたいなさえない男にちかづと、もう何か裏があるとしか思えないんですよ」
例えば美人局とか、美人局とか、美人局とか、美人局とか、美人局とか、美人局とか、美人局とか、あるいは逆に美人局とかね。
「鋭いわね。だったら話は早いわ。これを見て」
クリスさんはテーブルの上に一枚のチラシのような紙を広げた。
――期間限定商品のご案内――
商品名:聖なるツボ
特徴:このツボを持っていると何か幸せになれる気がします
価格:100万円(頭金30万円)、ボーナス払い、分割払い、カードOK
お申し込み
名前:
住所:
――――――――――――――
あんたなめてんの?これはあまりにもひどいだろ?だって100万円もして購入した聖なるツボの効果が「幸せになれる気がします」て……お前そんなの200%気のせいだよ!!大体何だよ、聖なるツボって!!そんなクエストとかファンタジーに出てくるアイテム誰が買うんだよ!!バカにするにもほどがあるだろ!!
「あの……クリスさん……これは……」
「そこにあなたの名前と住所を書いて」
買えってか!?掃いて捨てるほどのあぶく銭を手に入れたからって、こんなクソの役にも立たないツインドラゴンが通販で売ってそうな闇のアイテムを買えってか!?加茂なだけにカモになれってか!?ネギ背負ってやってこいってか!?冗談じゃねえ!!こうなったらカモどころかブラックな詐欺師になってやるよ!!俺が逆にあんたをだましてやるよ!!
「分かりました。でも30万を家から持ってくるんでちょっと待ってて下さい」
「家近いの?」
「はい、10分ぐらいで戻ります」
そう言って俺は喫茶店を後にした。もちろん戻る気はない。クリスさん、コーヒー代ありがとよ。そこで泣いてな、セニョリータ。て、やることがちっちゃいね、俺……まあ、いい。少し外からクリスさんの悔しがる顔を見るとしよう。
――1時間後――
あの……クリスさん?もう、そろそろ気づこう?俺、戻らないから。出て行くときと同じポーズで待ってても戻らないから。ていうか……あれ?ウソ?ちょっと涙目?いや、半泣き?むしろいい大人がぼろ泣き!?ダメダメ!!分かったよ!!戻るよ!!
顔に似合わず素直に待っているどころか、年甲斐もなくぼろぼろと涙を流すクリスさんの姿に色んな焦りを感じた俺は喫茶店に戻ってしまった。
「すいません、お待たせしました」
「うぅ……い、いいよ……えぐ……あ、あだじも……ぢょっど……うどうど……じでだ」
クリスさん……あんたまさかそれがあくび涙だとでも言う気じゃないだろうな?だったら無理だぞ。俺は生まれてこの方あくび涙で号泣する器用な人間は見たことないからな。
「クリスさん。これ使って」
「あ、ありがど……ごめんね……ほんど……ごめん……」
泣きながら俺の差し出したハンカチを受け取るクリスさん。不思議だ。この人あんまり悪い人のように見えない。それどころか優しい人のような気がする……
“ドン”
なんて、勘違いをしたのもつかの間。見るからにYAKUZAな3人組が俺たちに近づき、真ん中のリーダー格の男がテーブルを叩いた。
「兄ちゃんよ。そんなことより30万は持ってきたんだろうな?」
俺はその時、「やっぱり美人局だったのか……」とか、「な、なんだこのYAKUZAな人たちは!?」とか、そういう一般人が考えそうなことは思わず、ただ、ひたすらに現代化科学の医療技術と現代ヤクザの生命力に感服しただけだった。
「おい、何落ち着いてんだ?てめえ今の状況分かってんのか?」
そんな巻き舌口調で俺の胸倉をつかまなくても分かってるよ。今の状況はいろんな意味で奇跡の再会だ。こんなこと言うと頭がおかしいと思われるかもしれないけど、正直ちょっと嬉しい……
「待って、野上さん!その子に乱暴しないで!」
へえ、このおじさん野上さんって言うんだ。ていうかクリスさん。心配しなくても野上さんにそんなこと出来ないと思うよ。だってね、野上さんは……
「あの、野上さんだっけ?二階から落ちたあと金属バットでかち割られた頭は大丈夫ですか?」
どっかのおバカさんが闇金を襲撃した際に犠牲になったと思われたあのYAKUZAさんなんだもん。ていうか凄いな。ザオリク食らって病院運ばれたと思ったらもう職場復帰?元気もりもりだな、おい。
「お、お、おめえ……何でそのことを……まさか、あいつの仲間じゃ……」
「いえ、何か大変な事件に偶然通りすがっただけです。死に掛けてたんで一応救急車呼んであげましたけど、助かってよかったですね」
「そうか……お前が……助けてもらった恩を仇で返すようで悪いが、そこに名前と住所を書いて30万よこしな」
「マジで言ってるんですか?」
「悪いな。こっちも要りようなんだよ。訳のわかんねえガキが事務所襲撃して上納金の1000万取られちまったからな……」
あのバカそんなに取ったのかよ……ていうか、そんだけ取っといて俺には50万だけって……
「ちょっと野上さん!話が違うじゃない!あなた、あたしには娘さんの手術の費用がいるから協力してくれって言ってたじゃない!だから、あたしこんなことを……」
クリスさん!?それ、どう考えてもウソだよ!!ウソ丸出しだよ!!何で娘の手術代稼ぐのに聖なるツボを売るんだよ!!意味が分からねえよ!!絶対いねえよ、そんなガキ!!いたとしても、そんな意味不明な金で手術されるくらいなら舌噛んで死ぬよ!!
「バカだねクリスちゃんは。そんなガキいるわけねえだろ!!だって俺はまだ独身だよ!!」
「だましたのね……」
「だまされる方が悪いんだよ!!バーカ!!」
「ひどい……」
いや、ひどいのはあんたの頭で野上さんは物凄く正しい気がする……気がするんだけど……何でだろうな?
「さあ、クソガキ!!おめえもとっとと名前と住所を書きな!!痛い目見たくないだろ?」
このおっさんが異様に腹立つ。何だよ痛い目って。痛い目見たのおめえだろ?ていうかもういっぺん痛い目見るか?ああん?ていうか、うん、そうしよ。
「書けましたよ」
「ずいぶんお利口じゃねえか?」
「俺、両親嫌いなんです。特に母親の方は。金が取れなかったら両方殺してもいいですよ。ていうか母親の方は取れても殺してください」
「そ、そうか……」
我ながらヤクザな方をもどん引きさせる自分の演技力には恐れ入る。無理も無いか。99%は本音だからね。
「よおし、それじゃあとは頭金の30万だ」
「はい、どうそ」
「え!?お、お前ずいぶんと気前がいいじゃねえか……」
だってその金もともとあんたの金だからね。それに血反吐をはいた福沢さんなんてどこでも使えねえもん。ブラックマネー以上に世に出回ってはいけないブラッドマネーだもん。
「ていうか、もう用済んだでしょ?早く行って下さいよ」
「それもそうだ。あとはおめえのご両親からたっぷりと貰うよ」
野上さんたちはそれだけ言うと意気揚々と喫茶店を後にした。俺はその後ろ姿を見送りながら「グッドラック」と思った。いや、マジで。だって彼らたぶん凄いひどい目に合うから。
「あの……良平君……」
しおらしい声で申し訳なさ気に俺を見つめるクリスさん。もしかして気にしてるのか?そんな必要ないのに……
「ごめんね……あたしがバカなせいで君に嫌な思いさせちゃって……」
「いいですよ、別に。利口でいやな奴より、バカで優しい奴の方が俺は好きですから」
「でも……お金だって……」
「あんなのクリスさんとのデートの料金と思えば安いもんですよ」
「それに……ご両親にも……」
「それは一番大丈夫。あの人たちはたぶん俺の両親に出会うことはないと思います」
「え……?どういうこと?」
「いや、俺も人間ですから間違えることぐらいあるってだけですよ」
そう、人間誰しも間違いというのは犯してしまうものである。あくまでも例えばの話だが、住所を記入する際に実家の住所ではなく徒然荘の住所を記入してしまったり、2と書くところを3と書いてしまったり、102号室のはずが間違えて103号室と書いてしまったりとね。
はたして、野上さんたちは奪われた9950万円の上納金を無事回収できるかな?たぶん、無理だろうな。みんなは人をだましたり欲をかいたりしちゃいけないよ。そんなことしたらとんでもないしっぺ返しを貰うからね。そう、ハイなリターンを求めるとハイなリスクがオプションでついて来るんだ。命に関わるぐらいハイなリスクがね……