第26話 ハイリスク・ハイリターン
あれは小学校4年生の時だ。担任の先生が算数の時間に難しい問題を出した。
「えー、先生が敵対勢力の事務所に殴りこみに行きました。先生が入った時は敵は6人でしたが、帰る時に生きていた人は何人でしょう?あ、先生以外な」
難しすぎるよね?こんなのどうやって解いたらいいんだ?どんな方程式を使えって言うんだ?そもそも何が言いたいんだ?ていう顔をクラスのみんながしてたら優しい先生はヒントをくれた。
「こっちの鉄砲玉は先生を含め3人。得物はトカレフと長ドスだ」
ヒントの意味が分からない。鉄砲玉って普通一発二発て数えるんじゃないの?何で人?得物って何?トカレフ?長ドス?それで何が分かるの?
「分かる人は手を上げろ。じゃあ、加茂」
もちろん、俺は手を上げた記憶はない。それどころか目を合わせないように180度別の方を向いていた。あまりのむちゃくちゃぶりにてんぱった俺は「分かりません」と言おうとして間違えて、
「分かりたくありません」
と言ってしまった。クラスの誰も笑わなかった。いや、笑えなかった。それが俺の恐怖をあおった。そんな俺を睨みながら先生は優しい声で言った。
「それでいい。こんなことお前ら堅気の人間が分かる必要はない。分かろうとしなくていい。まっとうに生きたいならな」
じゃあ、何でこんな問題出した?いや、それ以前にお前は堅気じゃないよね?どうやって教員免許を取得した?誰を脅した?文科省のお偉いさん?
あの時はそんな事ぐらいしか思えなかった。
――月日は流れ――
先生……これが得物ですね?これがいわゆるトカレフと言う奴ですね?俺あんたの言おうとしたことが何となくだが分かっちまったよ。分かりたくないのに分かったよ。でも分かって……俺、まっとうに生きたい。いや、まっとうじゃなくてもいいんで生きたいです。という事件に巻き込まれた。
どういうことかというと、バカがナンパしようと怒らせた外国人のお姉さんが、なぜだか分からんが俺についてきて、どうしてこうなったのか拳銃を突きつけてる。
さて、どうしたもんかね……こんなことならあのバカを帰らせるんじゃなかったよ。いや、今さらそんな事を後悔しても遅い。そんなことよりこの場をどう乗り切るか。ていうかどう逃げ出すかだよ。取り合えず、だめもとでお願いしてみるか?
「アー……本当スミマセン!ワタシノ、ツレガ、バカデ、本当スミマセン!ダカラ、オネガイシマス!!ヘルプミー!!命だけはヘルプミー!!」
「あなた片言で話してるだけで、それほとんど日本語よ」
「スイマセン!!私英語トテモ、トテモ、ニガテ!!だから……え……」
日本語……?しかもめちゃくちゃ流ちょうな日本語だ!分かりやすく言うなら、あまりにも流ちょうに日本語を話したり、日本人でも知らないような難しい単語を連発しすぎて、国籍を偽ってると勘違いされ、必死にパスポートを見せたり、無理やり英単語を言ったりしてるあのTVタレントのようだ。
「日本語がお上手ですね?」
「結構長いこと日本にいるからね」
「あんまり上手だから驚きました。日本人みたいですよ」
「そう?ふふ……」
俺の言葉に気をよくしたのか取り合えず銃はおろしてくれた。逃げるなら今か?いや、まずい。逃げ出したところを後ろからズドンなんてこともありうる。チャンスだ。チャンスを伺うんだ。
「あの……俺は加茂良平って言います。あなたは……?」
「……」
「あの……?」
「……」
俺なんかまずいこと聞いちゃった?名前聞いただけなんだけど。この人何にも言わず俺のことジーと見てるだけなんだけど。でも、何か目力ありすぎてすんげえ恐いんだけど。あんまり見ないで欲しいな……取り合えず謝っとこう。
「あの……すいません。別に教えたくなかったら……」
「クリスティーナ」
「へ……?」
「クリスティーナ・ケイムスキー。でも長いからクリスでいいわよ」
ケイムスキーなんて変わった名前だな。やっぱり、ロシア人かな?ていうか何となく自己紹介とかしちゃったけどどうしよう?何話したらいいんだ?取り合えずおだてとくか?
「あの……クリスさんって凄い美人ですよね?」
「あら、そう?なら、どうしてさっきあたしの顔を見て逃げたの?」
「あー……」
もう、良君ったら超墓穴。どうすんの?クリスさん超キレてるよ。こめかみの血管がピクピクしてるよ?どうすんの?やばいよ?
「ねえ、良平君?君は死にたくない?」
クリスさん?あなたはどこぞの宇宙人が作った美少女アンドロイド?上がちんたらしててぶちギレちゃった?だったら人違いだよ?俺を殺したところでおそらく何の変化も無いと思うよ?よそへ行け。
ていうかもっと他に言い方なかったんですか?そんな、ど真ん中にストレートで剛速球を放るような質問、例え俺が安打製造機と呼ばれる4割打者でもビックリして見送っちゃうよ?でも見送るわけにもいかない。何しろ俺の命がかかってるから。ここはこう言うしかあるまい。
「生きたいです!!」
「そ、じゃあ、あたしのお願い聞いてくれるわよね?」
「はい!!靴をなめろと言うなら舐めます!!イスになれと言われればなります!!だからどうか命だけはお助けください!!」
「そう……じゃあ付き合ってもらおうかしら?」
どこへですか?なぜ主語を抜かすのですか?余計に気になりますよ?埠頭の倉庫ですか?廃ビルですか?聞くのは恐いのですが聞くしかないよな……
「はい……わかりました……でも、付き合うってどこへ?」
「水族館」
そう来たか……いいですよ……行きますよ……水族館……別名、俺の墓場……
と言うわけで俺とクリスさんは水族館にやって来た。
みんなは知ってるかい?水族館って施設には色んなお魚さんがいるんだ。例えばとっても大きくて強くてよく食べるホオジロザメさんや、他には小さくてかわいらしいのにその鋭い牙で何でもかんでも食べちゃう食欲旺盛なピラニアさんとかね。さあ、僕はどの子の胃袋にダイブするんだろうね?水槽で水葬なんて最近のロシエンマフィーアはしゃれてるね。
「どうしたの?何だか怯えてみてるだけど」
「いえ、別に……」
ただ、あんたが今から俺をどこに連れて行くのかな?って考えると恐すぎて助けと吐き気を訴えたくなってね……聞くのも恐いが聞くしかないか……
「ク、クリスさん……まずはどこに行きます?」
「そうね……まずはラッコさんを見ましょう」
ん?は?え?何て言った?ラッコ……さん?いや、俺だって肉食系の海王類みたいな奴よりそういうかわいらしい奴を見たいよ。でも、何?ラッコさんて?何でラッコにさん付け?この人どう見ても俺より年上だよね?どう見ても、もう22,3だよね?そんないい大人が何でラッコにさん付け?いや、深く考えるな!取り合えずラッココーナーに行こう!
ラッコの水槽の前の来るとクリスさんは張り付くようにラッコさんに見とれていた。
「さすがラッコさんね……かわいいわ……」
何だかな……見た目も口調も物凄い大人な感じがするのに何でかな……ラッコさんって単語が妙に引っかかるな……何で?何でそこだけ子供っぽいの?ひょっとしてかわいさアピール?ごめん、ぶっちゃけ逆に恐い。
「次はどこにしようかな……」
「あの、クリスさん。その前に一つだけ聞いていいですか?」
「何?」
「あなた歳いくつですか?」
「22歳よ。でも精神的にはあなたと同じぐらいよ」
てめえ……俺の年齢何歳だと思ってんの?15だよ?15歳はラッコにさん付けしねえよ?言っちゃ悪いが精神年齢だけなら俺のほうが上だよ、絶対。まあ、その他はあなた様のほうが上だろうけどね……その、主導権的なものとかね……
「次はペンギンさんよ。時間がもったいないわ。急ぎましょう」
「はい……」
その後も俺たちはペンギンさんやビーバーさんや熱帯魚さんといかにも女の子が好きなかわいらしいお魚さんや動物を見て周った。幸いなことにサメ系や肉食系の怪物といった俺の寿命を減らすような恐ろしい生き物の水槽にダイブすることはなかった。
こうなったらクリスさんとのデートを楽しもう。彼女がマフィアっぽい顔をしているとか、トカレフを持っているとか、トカレフを所持しているとか、トカレフを装備しているとか、そんな細かいことを気にしちゃいけない。
「水族館はもう大体見て周りまわりましたね。次はどうします?」
「そうね……カラオケに行きましょう」
「えー!俺音痴だからカラオケは……」
“ガチャ”
すいません、ごめんなさい、調子に乗りました、言い過ぎました、口答えしてごめんなさい、生まれてきてごめんなさい、だからお願い、無言で銃を向けないで。
「行くわよね?」
「はい……」
強制かよ……ていうかよく考えたら……カラオケBOXなんて水族館よりやべえよ……だって密室だもん……密室殺人だもん……
そんなこんなで密室にやってきたわけだが、俺はいつでも逃げ出せるようにドア横のポジションをキープしようとしたものの、そこはクリスさんにとられたうえ横に座らされ、逃げられないようにがっちりと肩を組まれてる。
「どうしたの?顔が暗いわよ?」
それは暗くもなるよ。もう逃げようなんてバカな望みは捨てるからさ。せめて、おてて放して……
「楽しくないの?」
ないな。こんな綺麗な人と密室で二人きりになれたとしても楽しくないし、嬉しくもない。せめてトカレフがなければもう少し有頂天な気分になれたかもしれんが……うん、やっぱり無理。
「折角二人きりになれたのに全然嬉しそうにしてくれないのね……」
むしろ二人きりになったことが嫌なんだよ。悲しいんだよ。恐いんだよ。銃を捨てろよ。
「良平君が楽しくないんじゃあたしも楽しくない……」
そういう台詞は拳銃を捨ててから言ってください。そしたら良君も有頂天になれるから。いや、もうそんな事考えるのはよそう。嫌な問題は先送りにしよう。政治家だってそうやって今の日本を作ってきたって日本史の先生も言ってたし、一般人の俺がそれをやってもいいよね?こうなったら思い切りカラオケ楽しんじゃえ。人生最後になるかも知れないしね?
「分かりました。じゃあ、俺も楽しみます」
「そう来なきゃ」
「さて、何歌おっかな?」
「何言ってるの?歌うのはあたしよ。あなたは聞くだけ」
どんだけ自己中!?だったら1人で行けよ!!俺を巻き込むなよ!!帰らせろよ!!ていうかよ、さっきの水族館もそうだけど何で俺持ちなんだよ!!普通は年上が出すとこだろ!!いい大人が子供におごらせるなよ!!
「さ、早くリクエストしなさい。時間がもったいないわ」
「はーい……」
その後、俺はJ−POPや洋楽を適当にリクエストして彼女の歌声を聞かせてもらった。それにしてもクリスさんは美人というだけでは歌もかなりうまかった。いや、本当にもう裏社会から足洗って芸能界行けよ!お前なら十分やっていけるよ!ていうぐらいうまかった。この人一体何者だ?
「次はゲームセンターに行くわよ」
「!」
ゲーセンなら俺も大賛成だ。あそこなら人がたくさんいるからいきなりズドンなんてことはないだろう。たぶん……
さて、ゲーセンのUFOキャッチャーのコーナーに来たわけだが。到着するなりクリスさんは過酷なミッションを俺にだした。
「アレをとって」
クリスさんのいうアレとは漆黒のボデーに二本の触手。紫色の唇の中に光る白い牙。愛と勇気だけしか友達のいない寂しい正義の味方、アンパン男の宿敵、ばい菌男のぬいぐるみだ。
これは厳しいな……いや、金はあるから何十回かすれば取れることは取れるだろう。だが、問題はターゲットだ。何でよりによってばい菌?もっと他にもかわいいのいっぱいあるよ?ケティーとかスノーピーとか。いい歳してあんなのとろうとしてるところを見られるのは凄く恥ずかしいぞ……
「どうしたの?まさか、恥ずかしいの?」
すごいや、クリスさんったら良君のことなんでもお見通しなんだね?だったら別なのにしよ?ね?俺、あんなのとるのやだよ。うん、何を言われようとここは絶対
“ガチャ”
やるしかないか……
「分かりました……やってみます……」
100円を投入し、アームを操作し、ばい菌男の頭部をキャッチ。しかし、持ち上げた瞬間にポロリと落としてしまい失敗に終わった。
「何やってるの?もう一回やりなさい」
「はい……」
何ていうやり取りを54回も繰り返して、俺はばい菌男のぬいぐるみを手に入れた。かなり痛々しいよね。5400円もつかってこんなもんゲットしてるんだもん……リターンのわりにはリスク高すぎじゃね?ま、いいか……
「はい、クリスさん。どうぞ」
「フフ……ありがと……これはお礼よ」
「え……」
クリスさんはぬいぐるみを受け取ると俺のほっぺたにキスをした。正直これは驚いたというか嬉しかったというか……うん、リスクの割りにはリターンがでかかったし、よしとするか……
なんて言うわけねえだろ。これで終われるわけがない。分かってるんだよ。いくら俺がバカでも学習能力ぐらいあるさ。どうせ、この後何か起こるんだろう?ビックリしすぎて泣きたくなるような事がさ。と言うわけでパート2に続く。