第22話 戦慄のアルバイト(後編)
前回のあらすじ……俺は確か天童君とアルバイトに行ったはずだ。向かった先は町内でも最も治安の悪いニューヨークのダウンタウンのような場所だ。目的地はそんな危険地域の一角にある雑居ビルの二階に店舗を構える闇金。天童君は意味不明な暗号通信を終えると、俺にビルの外で見張りを頼んで中へと入って行った。俺はどうしたらいいか分からずビルの入り口で二階の窓を眺めながら、今晩もオッシーの晩御飯はオムライスでいいのかどうか現実逃避をしていた。まさに、その時……
“パン!”
違うよね?これ……あれだよね?銃声とかそういうんじゃなくて天童が1万人目のお客様で歓迎のクラッカーを……
“パン!パパン!パン!パン!パン!パパパパン!”
ノンノンノンノンノンノン!!これはアレだよ!!アレ!!ほら、きっと爆竹とかで遊んでるだけだから!!銃撃戦とかそういうんじゃ……
「われ、どこの組のもんじゃボケエェェ!!」
あ、あ、あ、あ、あ、あれだよ!!これはほら業界用語で「いらっしゃいませ、お客様。本日はどのようなご用件でしょうか?」っていう意味だからね!!きっとそうだといいね!!でも、たぶん違うかもしれ……
“パリーン”
あれ?何か窓ガラスが割れ……
あれ?何かおじさんが降ってき……
あれ?何かおじさんが俺の目の前を……
「50ドルか……」
スティイイイブ!!それは召喚してはいけない禁断の召喚獣!!おじさん、あんたなにやってんの!?ていうかあいつは何をやっているんだよ!!ていうか……あれ?うそ?いや、いくらなんでもそれは……
「あの、おじさん……?」
「……」
「いや、月9とかでたまにやるギャグみたいな感じでピクピクしてもらえればいいんで……」
「……」
「いや、そんな火9とか土9とかで極単に台詞の少ない人のモノマネはちょっと……」
「……」
――返事がない。ただの屍のようだ――
いいぃぃやああぁぁ!!マジかよ!!ウソだろ!!マジでもウソにして!!あいつ何やってんだよ!!いくらなんでもこれはやりすぎだろう!!笑えねえよ!!ていうか笑っちゃいけねえよ!!いや、待て!!まだ死んだと決まったわけじゃない!!まずは生死の確認!!そうだ息をしているかどうか!!とりあえずはそっとおじさんの口元に手を当ててみよう!!どうか生きててください、神様、仏様、おじ様!!ん……あれ?
ウッ……
ウッ……
ウッ……
息ガナーイ!
言ってる場合か!!マジでシャレにならねえよ!!あいつ何してくれてんだよ!!おじ様が仏様にクラスチェンジしちまったよ!!こんなの完全に強盗だよ!!プラス殺人だよ!!イコール強盗殺人だよ!!
「おーい、管理人さん。お待たせ。ちょっとてこずったけどうまくいったぜ」
軽く半狂乱に陥ってるところへ件のカオスヒーローがご帰還だ。
「おめえなにさわやかな顔して……」
俺は言葉を失った。一仕事終えた天童の左手にはアタッシュケースが、右手にはクリムゾンレッドにペインティングされた金属バットがにぎられていた。まさに、悪魔の左手と魔王の右手だ。入るときは手ぶらだったはず。何でも殺れちゃう金属バットはゴルフバッグにインされてたとしも、あのアタッシューケースは……いや、それよりまずは凶器について聞き込みを開始しよう。
「おめえ……その手に持っている物騒な代物は何だ……?」
「ああ、これ?これはあれだよ。メタルキングの棒」
「ねーよ!!んなアイテム!!勝手に作んなよ!!」
「いや、あるって。伝説の勇者しか装備できないレアアイテムだよ」
「何でメタルキングなのに勇者しか装備できないんだよ!!ていうか、お前は甲子園見たことないの!?それもってる奴うじゃうじゃいるよ!!」
「甲子園の土を踏んだ高校球児たち……それはもう伝説の勇者といってもいいだろう」
「全然うまくねえよ!!うるせえよ!!腹立つよ!!」
もう、凶器についてはいい。聞きたくない。俺が狂気にとらわれそうだ。だが、その左手!その左手のアタッシュケースはなんなんだよ!!入る時そんなもん持ってなかったよね!?
「ああ、これか?これは……」
“パカ”
と天童君が開けたアタッシュケースの中には日本の総人口とほぼ同じぐらいの諭吉さんがご在宅だ。すげえや、億を軽く突破したね。俺こんな大金テレビドラマでしか見たことないよ。ていうか……
「なにその金?どうしたの?」
「騙し取り返したんだよ」
「ウソつけええぇぇ!!お前ただ強引に奪い取ってきただけじゃねえか!!」
「いや、ちゃんと頭も使ったよ。30発ぐらい」
「それただのヘッドバットだろ!!頭使うの意味がちっがーう!!それより、どうすんだよ!!あれ!!」
俺は哀れなおじさんを指差した。天童もそちらを見ると、おじさんのそばまで行きしゃがみこんだ。そして刑事がやるように脈拍や瞳孔などをチェックしている。ていうか、さっき俺が調べたけど息ひきとってるよ。
「なあ、天童。お前この人がどうなったか分かるだろう」
「ああ……きっと仕事で嫌なことでもあったんだろう……かわいそうに……」
「何、自殺したことにしようとしてんの!!120%お前の仕業じゃねえか!!」
「分かった、分かった。要は生き返らせればいんだろう?」
何言ってのこの子?そんな事できるわけないでしょ!!……て、待てよ。いや、こいつだって妖怪の端くれなんだからそういう特殊な力があっても不思議じゃないよな。ていうか、ないと困るよな。ギャグで人殺しちゃいましたなんて笑えねえもん。
「それじゃ行くぜ!!」
そう言って天童は勢いよくクリムゾンなバットを振り上げた。ん?待て。それはどういうことだ?
「必殺奥義……」
「うぅ……」
ミスター天童?プリーズウェイト。君は必殺ってどういう漢字か知ってるかな?必ず殺すって書くんだよ。ていうか、マジで待って。何かその人息を吹き返したような気が……
「The・悪利苦!!」
“バキッ!!”
どたまかち割ったああぁぁ!!お前生き返らせるどころか、生き返りかけた人間にとどめ刺しただけじゃねえか!!
「ふざけんな!!何がザオリクだよ!!あんな凶悪な復活の呪文ねえよ!!そんな戦士や武道家でもできるザオリクが通用するんなら僧侶と賢者が路頭に迷うわ!!」
「ザオリクじゃない。The・悪利苦だ」
「うるせえよ!!だまってろ!!このクエストマニア!!」
おいおい、どうすんだよこれ。マジでシャレになんねえよ?とりあえず救急車か?いや、呼んでも無駄な可能性大な気がするんだけど……ていうかさ、妖怪って人間殺しちゃダメなんじゃなかったの?何でこいつは普通に……って……あの……
「さてと」
「おい……ちょ……」
「営業もすんだし、解体でも始めるかな、っと」
「おま……それ……ええええぇぇぇぇ!?」
天エモンが四次元ゴルフバッグから取り出した筒状の鋼鉄製素敵アイテムはクリムゾンなバットなんて目じゃないぜ!ってぐらいやばい代物だ。もう、こんなものテレビドラマどころか映画でしか見たことないんだか……いかんせん、その手の知識はあまりない俺には名称が分からない。むしろ一生分かりたくないままでいたいが一応聞いておこう。
「天童君?それは……なに?」
「ん?これか?これはRPG−7。いわゆる対戦車ロケットランチャーだよ」
いわゆるの使い方ってそれで当ってる?なんて現実逃避してる場合じゃねえぞこりゃ。なあ、天童君。対戦車ロケットランチャーというからには戦車に向けて撃つのが正しい使い方であってだな、それを二階の闇金事務所に向けるのは間違ってやしやいないかな?解体に使うのは爆薬であって弾薬ではないよ?ていうか、中にまだ人がいるはずじゃ……
「ポチッとな」
“キャアアァァ……(俺が想像した中に残っている人たちの悲鳴)”
“ドゴオオオォォォン!!(実際に聞こえた轟音)”
いや……あの……これ……えーっとだな……これもう強盗どころかテロじゃね?
「便利だろ?清掃と犯行現場の解体が同時に出来るすぐれもんさ」
うーんとだね。掃除については深く突っ込まない。ただね、これは証拠隠滅とは言わない。もう絶対違う。これは証拠の隠滅じゃなくて全てを消滅と言うのだ。テストには出ないがよく覚えておけ。て、言ってる場合じゃねえぞ。ヤバイ……
“ファンファン……”
ああ……俺の人生を締めくくる情けないレクイエムが聞こえてきたよ。別名、パトカーのサイレンさ。
「おっと、お早いお着きで」
言ってる場合じゃないよ天童君。このままじゃ確実に俺達そろって現行犯逮捕間違いなしだよ。ほら、なんかパトカーから刑事っぽい強面のおじさんが出てきたよ。まっすぐ俺達に向かってきているよ。
「これは、これは、関東天神会系暴力団鮫島組の若頭、天童修司じゃねえか」
「おや、誰かと思えば元捜査四課の木島さんじゃないっすか。どうしたんすか、本庁の刑事さんがこんなとこで?左遷されたんですか?」
「ふざけろ、小僧。これもお前も仕業だろ?また派手にやらかしたな」
いいかげんにしろ、てめえら。この作品のジャンルを何だと思ってやがる。コメディだぞ。ハードボイルドのヤクザものじゃねえんだぞ。ていうか何だこの会話は?つっこみどころ多すぎるぞ。まずは天童。なんだその肩書きは?おかしいよね?君確か中一まで普通の人間として暮らしてたって言ってたよね?それが何をどう間違えてそうなる。そして、なぜ警察の方と顔見知り?いや、うちの中学にも少年課の刑事さんにお世話になりすぎて仲良くなった奴はいたけど、組織犯罪対策課の刑事にフルネームを覚えられた奴はいないよ?もう、お前ら二人は別のジャンルに行けよ。
とか思っていると天童君は1000万ほどの札束を刑事さんに手渡した。それはどういう好意かな?いや、むしろなんて行為なのかな?
「今回はこれで後始末の方をお願いします」
「いいだろう。だが、次はもっとおしとやかに頼むぜ」
「気をつけます。それじゃ」
「おう、組長によろしく言っといてくれ」
ええ……これ……ええ……警察の怠慢なんてレベルじゃないね……これ明らかに不正取引だよね?ていうか後始末担当ってこの人?おめえ警察官のくせにヤクザとグルになってんじゃねえよ!!お前らが屈していいのは権力と圧力だけで暴力には屈するなって言ったでしょ!!ていうかいい加減に救急車を呼んでやれよ!!そこで動かなくなってる人本当に助からないよ!?
まあ、そんなこんなで悪徳警官と別れた後、天童が前回と言ってることはおろかサブタイトルさえ違っている理由を説明しだした。
「あの刑事さんも実は妖怪なんだ」
どっちでもいい!!もう切実にどうでもいい!!あの、おっさんが妖怪だろうが悪魔だろうが人間の警察官のフリをしているなら、もう少しばかりでいいから正義感とモラルという言葉を覚えろ!!
ああ、ちなみに……前回このバカが言ってた内容を日本語に翻訳すると次のようになる。
大企業の下請けをしている中小企業の社長さん→広域暴力団の傘下にある組の組長さん
清掃業→ジェノサイド
営業→殴りこみ
運搬→トランスポーター
引越し→地上げ
解体→テロ
販売→何らかの取引
外国人観光客の案内→こっそり日本に移住してきた人たちの手引き
クリーニング屋さん→お金をきれいにする人
そのほかにも、愛のキューピット→偽装結婚ブローカー、なんてのもあるらしいよ。よいこのみんなは絶対に一つも真似するな。これ全部犯罪だから。ていうか、真似できねえだろこれ。それとこれは本気で覚えておかなくていいことだが、若頭というのは、その組でナンバー2のようなポジションであり、将来組長になっちゃうかもしれない人であり、天童が言ってた総合職のアルバイトというのはあながち間違いではなかった。
「なあ、天童。何でお前はそんなことしてるの?」
「まあ、俺が妖怪だって気づいたあと、色々世話してくれたのが鮫島組の組長で……」
「なんでそこでヤクザが登場するんだよ。意味分かんねえよ」
「それは……その……」
珍しく天童が暗い顔をした。何だよその顔は……言えないことなのか?ていうか、お前はいつだって自信満々でクールな男前バカなはずだ。そんなのは似合わん。というか気色が悪いからやめてくれ。
「おい、天童」
「あ……?」
「話したくないなら無理に話さなくていい。お前が話したくなったときに聞くよ」
「すまねえ……」
「いいって別に」
これ以上、訳の分からんバイトやら違う意味でのアナザーワールドに足を突っ込みたくないだけだ。ていうか、首か?いや、どっちでもいい。それよりも、だ。
これからの楽しいイベントに思いをはせようじゃないか。折角天童君ががっぽり稼いでくれたんだ。この大金と今が春休みという名の休日であるという絶好の機会を利用しない手はあるまい。
「よし、それじゃこれから繁華街の方へ行こうぜ」
「え……?ちょっと待ってくれ、管理人さん。そんなところへ行ってどうするんだ?」
「ああ、それはついてからのお楽しみだ」
特にお前にとってはな。今度は俺がお前をアナザーワールドに引きずり込んでやるよ。