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第20話 人には見られたくないものがある

 おチビちゃん妖怪の尋常じんじょうならざる食欲に経済的不安を感じた俺は、烏丸さんへんしつしゃ説得きょうはくして何とか慰謝料いしゃりょうを請求できたものの、彼の貧窮ひんきゅうぶりに今度は家賃回収に不安を覚え、こうなったら先輩にも働いて家賃を納めてもらおうと彼女の部屋へ向かった。


 先輩の部屋の前まで来た俺は早速ドアを叩こうとしたが、それより早くドアが開き先輩が出てきた。たぶん、例の高性能レーダー顔負けの超聴力で俺の来ることが分かったんだろ。

 ちなみに今日の先輩は、昨日と同じデニム生地のマイクロミニスカートに白いプリントTシャツ。そして首には俺があげたチョーカーと、相変わらず嬉しいぐらい露出度の高いファッションだ。


「いらっしゃい!」


 何がそんなにうれしいのか先輩はかなりの上機嫌だ。それにしても……ただでさえかわいい先輩が笑うと反則的なまでにかわいい。こんな、かわいい子に金銭を要求するのは非常に心が痛む……


「どうしたの……?」


 痛む……が、止むを得まい。


「先輩、無理を承知でお願いがあります」

「お願いってなによ?」

「働いて家賃を納めてくれませんか?」

「家賃か……うーん……」


 先輩は難しい顔で考え込んだ。

 そりゃそうだ。先輩は2歳児ってだけじゃなく、もともとあんまり人と接するのが得意じゃない子だからな。人と触れ合うことを恐がってた子に働けってのはやっぱり無理があるよな。


「あの、先輩。無理ならいいですよ……」

「いや!無理じゃないよ!あたしだってやれば出来るよ……たぶん……」


 たぶんか……さすがの先輩でもこれは弱気になっても仕方ないよな。


「その代わりさ。あたしのお願いも聞いてくれる?」

「ええ、家賃納めてくれるんなら何だってしますよ」

「本当?じゃあさ、中に入ってよ!」


 そう言って先輩は俺を部屋の中へひきづり込んでいった。彼女のお願いとは何だろう?昨日俺がリフォームしただけあって部屋は片付いているから片付けろって線はないな。もちろんタメ口をきくなんていうへまはやらかしてないので、じゃれる(=殺す)ということもありえない。じゃあ、何だ?全く読め……


「よし、これで邪魔者は入ってこない!」


 おーい、先輩……なんでドアの鍵とチェーンを閉める?微妙に昨日とデジャブしてきたからやめて欲しいな……なんかもう帰りたい……


「こっち来て」


 先輩が必死で嫌がる俺をいともたやすく無理やりひっぱって来たのは昨日の殺害一歩手前事件があった現場のベッドである。

思春期の男のこなら普通、女の子にこんな強引にベッドまで連れてこられたらもうドキドキして仕方ないんだろうな。いや、俺も別の意味でドキドキして仕方ないよ。暗黒龍や魔竜王に会えるんじゃないかって……


「ここに座って」


 お願いするような言い方だが先輩は力づくで俺を無理やり座らせて、自分もその横に座り、俺たちはベッドの端に並ぶように座った。さあ、彼女は何をする気かな……とりあえず俺に分かることはこの後絶対に痛い目に合うってことぐらいだ。

 しかし、先輩はそんな俺の予想を覆す行動をとった。


「管理人さん!」

「うわっ……」


 何といきなり抱きつくだけでなく頬ずりまでしてきたのである。あのかわいい顔が至近距離どころか0距離射撃で俺の目に飛び込んでくる。俺の心臓は爆発寸前だ。


「先輩!?顔が近いですよ?ていうか当たってますよ!少し離れ……」

「だーめぇ。だって管理人さんはミイナの言うこときいてくれるって言ったもん。だからもっとこうするのぉ」


 うお!これはまさに猫なで声!そんなかわいい顔でそんなかわいいしゃべり方は反則です!ていうか、何でこんなことを?あ!そうか!この子自分で言ってたもんな。ミイナはわがままで甘えん坊だって。うん、でもこれくらいなら……いや、いかんな。すでに理性が吹っ飛びそうだ。よし、ここは気を落ち着かせるためにこの子の行動を冷静に分析してみよう。

 猫という生き物は、頬線と呼ばれる器官から出る特殊な分泌物を飼い主の足や仲間の猫の顔面にこすり付け、こいつは安全な仲間であるという認識をするのだ。したがって彼女のとった行動は猫の習性に由来するものであって男女間の特別な感情からしたわけではな……


「こんなこと管理人さんだけだからね」


 いんじゃなかったの!?え!!うそ!!マジでいいの?俺なんかでいいの?ていうか俺なんかがこんな思いしていいの?ていうか俺何しにきたの?そうだ家賃の話!!この子のかわいさに危うく忘れるところだったぜ。


「あ、あの……そろそろ本題に……」

「家賃のことだよね?大丈夫だよ。ミイナ頑張って働くね」

「え……嬉しいんですけど……いやにあっさりOKしてくれますね?」

「実はね美樹ちゃんにも言われたの」

「え……それは……」


 どういうことかというと、実は俺が来るより前に美樹ちゃんが先輩の部屋をたずね、我が家の経済的窮地と隣のバカ天狗の貧窮振りを説明し、このままでは生活することがままならないので、なんとか働いて家賃を納めてくれないかと説得してくれたらしい。

 さすが、美樹ちゃん。見た目より遥かにしっかりしてる。


「何だかだますようなことしちゃってごめんね」


 ペロッと小さな下を出して謝る先輩。かわいいので許す!


「いえいえ、いいんですよ」

「怒ってない?」

「もちろんですよ。むしろちょっと嬉しかったですよ」

「どうして?」

「そりゃ、こんなかわいい子にあんなこと言われたら誰だって嬉しいもんですよ」

「そんな……かわいいだなんて……もう、やだー!!」


 先輩はまだ「かわいい」という言葉になれてないらしく、あまりの嬉しさから握り締めた拳を俺の腹部に“ボフッ!!”


「ぐ……!!」


 コンクリの壁を素手で破壊するネコちゃん妖怪が、照れ隠しに本気で放ったボディーブローを15歳の男子が腹部で受け止めた場合、一体どのくらいの衝撃になるのか。残念ながら俺は中卒のおバカさんであって、そんな空想科学的なことを科学的に研究する、頭がいいのか悪いのかどっちなのかよく分からない科学者ではないので、詳しい値は分からない。ただ、この現象が人体に及ぼす影響なら簡単に一言で説明できる。それは……


「ごはっ、ごふっ、おうぇ!!」


 すなわち吐血である。


「どうしたの?だいじょうぶ?」


 どうしたのじゃねえよ、お前!!なんで殴るんだよ!!しかもこれ手加減されてない分昨日のハートブレイクショットよりいてえよ!!


「あの……先輩……一つだけ約束して……」

「なあに?」

「絶対に……人は……ぶっちゃ……いけません……」


 じゃないと殺人事件が起こるからね。確実に。


「うん、分かった!!」


 とびきりキュートなその笑顔とその言葉、そしてこの作品がコメディというジャンルである以上そんな悲惨な事件は起こらないであろうと信じながら先輩の部屋を後にした。



 アパートの庭まで降りてきた俺はあることに気がついた。それは家賃の回収日は1日であって、いくら先輩からももらえるようになっても、それまでに飢え死にしてしまってはなんら意味がない。残る問題は当面の生活費……こうなったら我が加茂家に伝わる伝説の奥義を使うしかあるまい。


 みんなにも伝授してやるからよく覚えてくれ。


STEP1:まず、両足を肩幅に広げ両手を上に上げます。


STEP2:次に、全身に力をこめ恐い顔をします。


STEP3:最後に大声で叫びましょう。


「地球のみんな……オラにちこっとだけ現金を振り込んでくれ!!現・金・玉ああぁぁ!!」


 以上、加茂家究極奥義「現金玉」(別名「現実逃避」)のやり方でした。


 しかし、俺はせっかく思いついたこの門外不出の奥義を永久に封印することを固く誓った。なぜなら門外不出のはずが見知った奴に身目撃されてしまったからである。


「あ……あの……管理人さん?」


 グレーのスラックスに、上品な雰囲気漂うストライプのシャツ。さらにその上にカーキ色のミリタリーなシャツジャケットを重ね着している、今日もおしゃれな天童君。てめえ、こんなところで何してやがる?ていうか、なんでこのタイミングで現れる?もう狙ってたとしか思えねえよ?

 

「うんっと……何?」

「え!?あ、いや、その……あの……なんだろうな……アレだよ、アレ……ええっと……だめだ、でてこねえな……うーん……こういうときは……いや、ちがう……けど逆に……いや、やっぱり……」


 凄いだろ、現金玉の威力?普段クールな奴でもここまで歯切れが悪くなるんだぜ。みんなは絶対真似するなよ。自分だけじゃなくて周りの人も嫌な思いをするからね。


「ああ、そうだ!!花壇だよ、花壇!!花壇を作ろうと思ってさ!!」

「へ、へえ……」


 話題を変えようとしてくれるのはありがたいが、かなり苦しいな。だって「ああ、そうだ!!」って明らかに苦し紛れに思いついた発言丸出しじゃん。ていうか、もう笑うか突っ込むかどっちかにしてくれよ。その優しさは逆に傷つくよ。


「い、いいんじゃない?勝手に作ったら?」

「いや……でもさ……肥料とか土とかレンガとか種とか色々必要なものがあるわけで……」

「うん、だから?」

「いや、だからさ……そうなると当然金が要るわけで……だから、これからバイトに行こうと思うんだけど……」

「!!!!!!」

「一緒にどうよ?」

「いいね!!バイト!!最高だよ、天童君!!」

「だろ?だろ?よし、じゃあ一緒に来てくれるかな?」

「い、いいともー!!」

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」


 よく分からないハイテンションな会話が続いた後しばらくの沈黙が訪れ、それをそっと壊すように天童はつぶやいた。


「大丈夫……誰にも言わないから……」


 お前……普段はクールなイケメンで格好いいのに……


 お前……自分のキャラ壊してまでそんな……


 お前……むちゃくちゃいい奴だな……


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