第18話 うん、やっていけるさ
俺を殺そうとした化け物を一撃の下に葬り去った鬼神・天童修司。化け物以上の化け物だが、裏山神社からの帰り道に結構打ち解けることは出来たと思う。
そして、徒然荘に戻った俺たちは天童の部屋の前でもう少しだけ話をした。渡したいものもあったしな。
「なあ、天童。そういや烏丸さんはどうしたんだ?あの人もなんかしたのか?」
「ああ、あの人はあんたがこの世界から姿を消した瞬間にその気配を察知して、俺にそのことを教えてどうすればいいか指示をだしてきたよ」
へえ……つまり、あの人は司令塔のような役割をしているわけなんだ。何にもしてないのかと思ったらちゃんとやってい……
「ただ、その後に「今日は勝利の女神がついている気がするから後は君に頼むね」とか言ってパチンコに行っちまったけどな」
あの野郎!!人が殺されかけてる時にパチンコかよ!!頼む!!誰でもいいからあいつに地獄の死神をつけてくれ!!ツインドラゴンをお見舞いしてくれ!!500ドルなら後で払うから!!
「まあ……何にせよさっきはありがとうよ」
「別に礼なんかいらねえよ。あれが俺の仕事だしな」
「そうか……でも、これ受け取ってくれないか?引越しの挨拶もかねて」
そう言って俺は名酒ナポレオンを彼に手渡した。
「名酒ナポレオンだ。酒好きのお前にはたまらんだろ?」
「あ、ああ……うん……ありがたいのはありがたいんだけど……」
喜んでくれるかと思ったがなぜか天童は困惑の表情を浮かべた。なぜだ?一体何が気に入らないというんだ?名酒ナポレオンだぞ。
「あの、管理人さんよ……これ……ナポレオン?」
「そう、ナポレオン」
「あー……ミスター管理人?イズディス、ナポレオン?(訳:管理人さん?これはナポレオンですか?)」
「イヤー、ディスイズ、ナポレオン。ベリグッ!(訳:はい、ナポレオンです。名酒ですよ)」
「あー……バッド、麦焼酎、ヒア。(訳:いや、でもなんかここにでかでかと達筆で麦焼酎って書いてある気がするんだけど……)」
「ノン、ノン、ノン。麦焼酎、イズ、ナポレオン、イン、下町。(訳:いえいえ、下町では麦焼酎をナポレオンと言うのです)」
「オー……アイシー……(訳:ああ……なるほどね……)」
どうやら彼も納得してくれたようだ。それにしても、俺たちの英会話はひどいな……こんなの外国人どころか日本人にも通じないと思うぞ。
「管理人さんよ。礼なら俺じゃなくて他のやつに言ってやりな」
「は……?他って誰だ?」
「そうだな……早く家に戻ってやればすぐに分かるさ」
そう言って天童は部屋のドアを閉めてしまった。一体どういう意味……あ、やばい。
そういや俺30分以内に戻るとか言ってたのにもう軽く1時間はたっちゃってるよ。オッシーの奴、絶対に怒ってるだろうな……許してくれるかな?なんてことを心配しながらドアを開け部屋に入った瞬間、
「ぐはっ!!」
おチビちゃんズに猛烈なタックルをお見舞いされた。二人ともすでに涙目である。けど、なぜか怒っているようには見えない。どうしたんだ?
「あの……オッシー、ごめんな。ちょっとおそくなっちまったけど……」
「ううん、そんなのいいよ。それより、大丈夫だった?」
「え?どういうことだ?」
戸惑う俺に美樹ちゃんが一枚のメモを手渡してきた。
――――
天童君がね、お兄ちゃんが神隠しにあったって教えてくれたの
――――
なるほど。それで、俺を心配してくれていたと……何てかわいい奴らなんだ!!お母さん嬉しくて涙が……あれ?俺お母さん?いや、そんなことよりもう1人いたはずなんだけどあの人は?
「あの……先輩?」
「ああ……おかえり……」
奥の間から物凄く不機嫌でけだるそうな声が聞こえてきた。あの人は俺が死ぬかもしれないという目にあっても心配すらしてくれないのかな?ちょっと腹が立つよ?ほんの少し嫌いになりそうだよ?
などという怒りを押し殺しながら奥の間へ行くとフローリングの床にはいつくばっている先輩の姿があった。しかも全身汗まみれで足は泥まみれな上、すでに虫の息だ。この人一体何があったの?
「あの……先輩何してたんですか?」
「はぁ……はぁ……管理人さんが……帰ってくるまでに……お腹……減らしとこうと……ジョギング……してた……」
ええっと……お腹減らすどころか命すり減らしているように見えるんですけど……凄いね、食い物への執念って。
いや、待てよ……天童が不幸中の幸いにも俺の消えた場所が早い段階で見つかったって言ってたけど……もしかして、この子がこんなになるまで走り回って俺が消えた場所を探し出してくれたんじゃ……いや、きっとそうだ。だからさっきも天童はあんなことを言ったんだ。なんてこった。あの先輩が俺のことをこんなに心配してくれるなんて……やべ、嬉しくてちょっと泣きそうだ……
今にも湧き出しそう涙を堪えながら、スポーツタオルをぬらしそれを絞ると、それで先輩の足の泥を拭いてあげた。
「今度からジョギングする時は靴を履いてくださいね。ガラスでも踏んじゃったら大変ですから」
「う、うん……」
「それと……」
「何よ?」
「ありがとう」
俺はそう言って先輩の頭をなでてあげた。彼女は猫の妖怪なんだからいいことをしたらほめてあげなきゃいけないからな。
「ふふっ……いいよ、お礼なんて」
なんていいながらも先輩は飛び切りキュートなスマイルを俺にくれた。それを見た俺はかつてない胸のときめきを感じてしまった。よし、それじゃ先輩のためにも飛び切りおいしいオムライスを作らなきゃな。
俺はそう思ってキッチンへ向かった。そして、いざ調理を開始しようとしたまさにその時、俺のポケットから一枚の紙切れがひらひらと落ちた。やだな……せっかくなんかいい空気になってたのに台無しだよ……だって見なくても大体予想できるもん。どうせアレだよ。「デテケ」「ソシテ二度ト来ルナ」「来タラ殺ス」のどれかだ。もしくはそれ以上のひどい言葉だ。候補として挙げられるのは……
A、死ね
B、すぐ死ね
C、さもなければ殺す
こんな感じかな?さあ、このA〜Cのうち正解はどれでしょう?正解者の中から抽選で100名様に奇喜怪快オリジナルTシャツをプレゼント。ってんなもんねーよ!!信じちゃダメだよ!?
そんなことはさておき……見たくはないが一応目を通しておこう。さあ、なんだ?なんて書いてある?って……あれ……?
……
…………
………………
最初はアパートの管理人なんかできるのかと思っていざ着てみれば、2回のゴミ屋敷を1人でリフォームさせられて、その後は刀振り回しているバカ見かけて、その後はネコちゃん妖怪の心のケアーをしたはずがお礼に心臓潰されかけて、挙句のはてには買い物帰りに化け物に殺されかけたけど、この言葉があればやっていける気がするよ。なんて書いてあったかって?さすがの俺も想定の範囲外だったけど今なら納得だ。その紙にはこう書いてあったんだ。
――――
すごいね。お姉ちゃんがこんなに心を開いた人はお兄ちゃんが初めてだよ。
――――
そうだな……まあ、今日一日だけで色々ありすぎて二度も死にかけたけどたぶん大丈夫。俺は徒然荘の管理人としてこれからもうまくやっていけるさ。さて、それじゃ晩飯の支度を始めるか。おっと、お隣さんも呼ばなきゃな。