第16話 アナザーワールド
化け物相手にろくでもない力で応戦しようとした俺だったが、当然敵うはずもなくブシュルワアアァァさんを怒らせて殺されかけた。マジで危なかった。冗談抜きで本当に殺されかけたところへ間一髪、天童が駆けつけ助けてくれた。こいつがいなければ確実に俺はミンチ肉になっていただろう。
天童は化け物が振り下ろした巨大な斧を素手で受け止めたまま、背中のゴルフバッグを下ろした。
「さて、それじゃ片付けるか」
天童君?そんな「風呂でも入るか」みたいに簡単に言うけど、どうする気?相手が相手なだけにそう簡単にはいきそうもないよ?ねえどうする気?なんてことを考えていたらこの野郎何したと思うよ?聞いて驚け。
天道は化け物から斧(重さ100kgはありそう)を、まるで小学生からおもちゃを取り上げるように“ひょい”と分捕り、それをあたかも小石でも投げるがごとく天高く投げすてたのだ。斧は見る見るうちに遠ざかり“キラン”という効果音と共に消えてしまった……
唖然とする化け物。
呆然とする俺。
平然とした顔の天童。
ねえ、どれだけ筋トレ重ねたらそんなことが出来るの?
「おい、化け物」
そんなことはお構いナシに天童はゴルフバッグから刀を取り出し、鈍い輝きを放つ刀身を鞘から抜き放った。
「神隠しによる人間の拉致監禁、暴行及び殺害未遂……」
すまん……この暴行は先輩の仕業なんだ……
「こりゃ、地獄の沙汰を待つまでもねえ。てめえは死刑だ」
そこからは俺の想像と理解をはるかに逸脱していた。俺は妖怪同士の戦いなんてもっと漫画や映画で見るような激しい攻防が繰り返されるんだろうと思った。けど、実際はそんなことはなかった。
化け物が身構えるより早く天童は奴の頭上に飛び上がり、頭から真っ二つにしちまった。化け物はのた打ち回ることもなければ、悲鳴を上げる暇すらもらえず、二つになった全身を黒い炎に包まれて跡形もなく消え、それで終わりだよ。一瞬。まさに文字通りの瞬殺だった。バカ強えにもほどがあるだろ……ていうか、いくらなんでも一方的過ぎる。こいつ、一体どれだけ強いんだよ……
「さて、仕上げだ」
そう言って天童は刀を地面に突き刺すと、くわえていたタバコを吐き捨てた。次の瞬間、
「滅っ!!」
周りの景色が火をつけた紙切れのように燃え出し俺はそこで意識を失った。
……
…………
………………
森。人工の明かりが全くない、不気味なまでに暗い森の中。地面には砂利と石版のような石畳があり、すぐ近くには和風な建築物が見える。それとは反対方向に目をやれば、こういった施設ではおなじみのゲートが見えた。
そうか……どうやら俺は裏山にある神社の境内にいるらしい。俺の横には一仕事終えた後の一服を決め込んでいる天童もいる。
「おい、天童。ここは?」
「安心しろ。元の世界だ」
その言葉で、ようやく俺は本当に別の世界へ行ってたんだと思い改めて恐怖した。でも、俺が聞きたかったのはそんな事じゃない。
「いや、ここって裏山神社だろ?俺は何でこんなところにいるんだ?」
「ここがお前が消えた場所。つまりあいつの作り出した世界に拉致られたポイントだからだ」
「は?何言ってんの、お前?俺はこんな所着てねえよ」
裏山は徒然荘がある住宅地区の西側にあり、俺が行ったスーパーは東側にある。つまり、まったくの逆方向であり、当然俺はこんな所に来た覚えはないし来るはずもない。この不可思議な疑問に対する天童君の説明はこうである。
「簡単に言えば妖怪の仕業だ」
簡単に言いすぎだ。それじゃ、俺にはさっぱりわからんし納得もできん。
「あの、もっと俺にも分かるように説明してくんない?」
「つまりだ……」
天童君曰く。
神隠しをする妖怪というのはこの世界のあちこちにワープゾーンの入り口と出口を作っていて、そこへ誘い込まれた人間は自分でも気づかない内に知らないところへ飛ばされ仕舞いには別の世界へと行ってしまう。しかも厄介なことにそれを助けようと思うと別の世界への入り口、つまり最終的にこの世界から消えたポイントを探し出さなきゃいけないらしい。まるで、インターネット上のハイパーリンクだ。
今回、不幸中の幸いだったのは比較的早い段階でその入り口が見つかったことだ。それが見つからなければ俺は今頃……
「はあ……全くおっかねえ話だな。ていうか、あいつは一体、何?」
「あれも妖怪。その名は……」
「その名は?」
「ブシュルワアアァァ」
「ウソつけ!!んなわけねえだろ!!」
「冗談だ」
「分かってるよ!!ていうか、お前そんなとこ見てたんならもっと早く助けてくれよ!!」
「そういう訳にもいかないんだよ」
「……?」
どういうことかというと、天童君曰く。
神隠しをする妖怪というのは結構ざらにいるらしい。しかし、その全てが悪い奴とは限らず、あのオッシーや美樹ちゃんでさえ遊び相手ほしさにたまにやるらしい。まあ、そういう奴は悪意はなく少ししたら人間を元の世界へ返してくれるのだ。だから、さっきの一件も悪意のある神隠しなのかそうじゃないのかを見極めてる必要があるのだ。天童が言ってた地獄の沙汰というのはその判断のことだ。さすがに殺した後に実はいい奴でしたなんてシャレにならないからな。
まあ、今回は俺を殺そうとした現行犯で死刑になっちゃったわけだが……身長4mの奴が斧で武装してたら100%遊び相手が欲しいなんて思ってないだろう。あれは悪意どころか殺意丸出しだったような気もするのだが……
「ていうか管理人さんよ……」
「うん?」
「化け物相手になんで自己紹介?普通逃げるだろ?」
うおっ!!物凄く冷たい視線!!しかし、言われて見れば最もだ。俺なんであんな奴と意思の疎通を図ろうとしたの?凄いバカみたいだよ?
「そのあともとっとと逃げりゃいいのにボーっとしちゃってさ。何考えてたんだよ?」
言えねえ……暗黒龍を召喚しようとしてたなんて死んでも言えねえ……MPを使ってまでウンコしようとしてたなんてクソがもれても言えねえ……
「やっと動いたと思ったらいきなり卵投げ付けるもんな。さすがの俺もビックリしたよ。あとメタルキングの剣を装備した勇者なんていないと思うぜ。どんなブレイブストーリーだよ」
恥ずかしい!穴があったら入りたい!なんならもう一回神隠しにあってもいい!!話題を!!話題を変えなければ!!
「ていうか!!結局のところあいつは何者なんだよ!?」
「あいつは俺の命を狙った刺客……ってとこかな」
「は……?何言ってんの?意味が分かんねえよ。何でお前の命を狙う奴が俺のことをさら……まさか……」
「そのまさかだよ。あんたは俺をおびき寄せる餌に使われたのさ。悪かったな……危ない目にあわせちまって……」
「いや……それは別にいい」
結局は助かったんだし、助けてくれたのはお前なんだしそんなことは気にしない……けど……
「何でお前は命を狙われるんだ?」
「言ったろ?殺しなんて仕事をしてると余計な恨みを買っちまうって……まあ、何にせよこれで分かったろ?俺がどんなに危ない奴かってことが。俺とつるんでたら今回以上にやばいことに巻き込まれて下手すりゃ死ぬかもしれないぜ」
「ああ……確かにそうだな」
「それじゃ、あんまり俺に近づくなよ」
そう言って天童は踵を返し神社を後にしようとした。
確かに天童の言うとおりかもしれない。あんな危ない事に巻き込まれていたんじゃ命がいくつあっても足らない。こいつが生きているあの世界は俺の生きているこの世界とは全くの別物だ。俺のようなただの人間が足を踏み入れていい世界じゃない。だったら、ここはこう言うしかないな。
「分かった。死なないように気をつけながらお前とつるむわ」
「はあ!?」
「それなら、問題ないだろう?」
「いや、あるよ。あんた死ぬかもしれないほど危険な目にあってもいいのかよ?」
「大丈夫!その時はお前が命がけで助けろ!」
「何だそれ……ていうか一体何考えてんだ?何でそんな事が言えるんだ?」
そうだな……お前の生きている世界が俺なんかが足を踏み入れちゃいけない世界だと言うなら、俺の生きているこののほほんとした平和な世界にお前が足を踏み入れているのはなぜだ?お前だって本当は先輩のように人間が好きなんじゃないのか?だから、あんな命がけの仕事をやっているんじゃないのか?それでもお前が人を寄せ付けようとしないのは誰かを巻き込むたくないって言う気持ちと……それとたぶん人とどう接していいのか分からないからじゃないのか?俺はそんな奴を1人知ってるから分かるんだ。その子とお前が何だか似ていることが。お前の気が向いた時でいい。誰かに関わる勇気が持てた時でいい。そんな時は隣のドアを叩いてみな。さすがに化け物退治は手伝えないがアパートの苦情なら受け付けるぜ。
なんて台詞を野郎に言うのは気色が悪い上に恥ずかしいことこの上ない。ので、
「何となくだよ」
と言っておこう。
「……」
おい、何だよ?そのダイアモンドダストより冷たい視線は?何か文句あるのか?
「……」
「何だよ、急に黙り込んで。あれか?嬉しくて言葉に出来ないのか?」
「いや、あきれて物が言えなかっただけだ」
「何を!!」
「ふっ……けど、あんたの言う通りかもな……」
「そうだろ?これからよろしくな」
「こちらこそ、よろしく頼むよ。管理人さん」
こうして俺たちは少しだけだが近づいた。天童は自分のことをあの怪物と同じような化け物だと思っているみたいだが、俺から言わせればお前は至って普通の少年だよ。タバコ吸ったり、お酒飲んだり、刀振り回したり、巨大な斧を片手で受け止めたり、それを投げ飛ばしたり、4m以上もジャンプしたり、怪物を一撃で真っ二つにしたりする以外は……う、うん……普通なんじゃない?たぶん、そう思いこむことにするよ。うん、そうする。