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「ん…」
あ〜ベットの中って気持いいなぁ…
…ベット?
ベット!?
私は即座に目が覚めた。
たしか、阿乃宮様がお眠りになって、私はそうして…
「もう少し寝ていろ有宮」
そこには数年ぶりに不本意にも再会した阿乃宮様、黒髪を夕日に照らしている橙の瞳の彼がいた。
外はすでに夕焼けが地平線に潜ろうとしていて五時か六時くらいだろうか?
「阿乃宮、様…」
「その『阿乃宮様』はやめろ。気色が悪い」
眉間にしわを寄せてそういう彼の顔は数年前は見慣れたものだったけど今の彼は少し大人びていてあのころとは雰囲気が違う。
なら何と呼べばいいのか、思案している私に彼は言った。
「名前で呼べ、覚えているだろう?」
なぜか少し自嘲気味に笑いながら彼は要求する。
彼の名前……
「冬也…様」
「…それでいい」
阿乃宮冬也様、それが彼の名前。
初めて口にした彼の名前に私は危ないコトをしているような緊張感と冷や汗をかいていた。
私が寝ているベットに彼は乗り出してくる。衣擦れの音が静かな室内に私の鼓膜に響く。
「有宮からみて俺はどうなっている?」
「…落ち着いた大人のように見えます」
数年前の高校生だった頃の感情の起伏が激しくて炎のような彼とは正反対に氷のような雰囲気を改めて受けた。蓮巳様と殴り合っていたときはあの頃の彼のようだったけど……
「…大人なれば、お前を忘れられると思った」
「…ごめんなさい」
私はなぜかわからないけど、謝っていた。その彼の静かな瞳が私を責めているように見えたから。
すぐ此処を去りたくて私はベットから降りようと――
「逃がさない」
逃げようとする私の手首をがっしりとつかまれる。
「蓮巳にお前が盗られると思ったとき、初めに感じたのは怒りだったんだ。なぜ、俺じゃなくて蓮巳なのだとお前を憎んだ」
彼の真意はとれない
「だけど数年ぶりに見た瞬間にすべてなくなった。怒りも憎しみも…歓喜に変わったんだ」
「なんで…そんな」
「お前のことをずっと愛しているからだよ。愛しているからどんな仕打ちを受けたって許せるんだ。」
そういいながら微笑んだ彼の顔はよく見えなかった。
だって――彼にキスされていたんだから
唇が静かに離れていく。
彼は泣きそうになりながら茫然としている私の体にすがった。
「嘘でいい、嘘でいいから俺のことを少しは好きだったといってくれ。じゃないとお前ことを……」
――殺してしまうかもしれない。
そんなの、脅迫じゃない。
私を潰してしまうのではないかと思うぐらい強く抱きしめながら言葉を乞う彼は……本当に彼なのだろうか
「…嫌いで憎くて、どうしようもなかったけど…少し、愛着はありました」
「…これからは?」
解放してくれると思ったのに、予想外の問に私は行き詰った。
「これからは、憎しみはないと思います……」
これは本当。
この数年間で私はなぜだか彼への憎しみを風化させてしまった。人間という生き物はそう長くは感情を持続できないのだろうか。
彼は、そういうと骨がきしむぐらい強く私を抱きしめた。
「それならこれからはお前に会っていいんだな?」
「え」
あの夏の日の別れはどうしたというんだ
相変わらず彼の表情はわからなくて私を強く抱きしめるだけ。
「毎日花を届けよう。メールも電話もできる限りする。なんだったら一緒に住むのも――」
「ちょ、ちょっとまってくださいっ!」
「なんだ、一緒に住むというのはもちろん結婚前提で――」
「そんなっ!」
ようやく私を強く抱きしめるのをやめた彼はとても楽しそうに自由すぎる未来を考えていた。
私は、許すけどそれ以上はないという意味でいったのに
「もう、一生離さないからな有宮」
そんな、乙女のような言葉を吐き私を抱きしめる腕は……痛々しいほどに震えていた。
この、嫌みなぐらい欲望に忠実で優しくなくて自分勝手でなんにもいいところなどない男が、私に拒絶されることに震えている。私がいなくなることを恐れている。
…愉快になれればどんだけ楽だろう。
私は彼に哀れみを感じていた。
なぜ、私なのか。私にそこまで固執するなにかがあるのだろうか。いや、ない。
幼い子供のように抱き着いてきた彼を退けることさえできない。
整えられた美しい黒髪にそっと手をやった。優しく頭を撫でてみると彼は少し力を抜く。
夕日に照らされる部屋、彼の執着、私の哀れみ、すべてが混ざってきっと私はどうにかしてしまったのだ。
「……冬也様、私は貴方を許します。」
この時の私の顔はどうしていただろう。微笑んでいたか、泣きそうになっていたか。
私は聖母のような気持で彼の髪を撫でつけたのであった。
活動報告かきました。