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現在、目の前では男同士の殴り合いがおこなわれてる。
ホテルのサロンにいた客は遠巻きに見ている。どうにか従業員がとめようとするが相手があの蓮巳家と阿乃宮家だと知るとどうにも手が出せないらしい。
「―お前、有宮になにをするつもりだったんだッ」
「阿乃宮には関係ないだろうッ?」
先に阿乃宮様が殴り、それに怒った蓮巳様が殴り返す、またそれにキレた阿乃宮様が殴る。
優雅なティーカップもケーキをぐちゃぐちゃになっていく。
「―やめてッ!」
自分でも驚く程大きな声が出た。
この人たちは何をしているんだろう、いい大人じゃないのだろうか。これじゃ、まるで子供の喧嘩だ。
「有宮…ッ!」
私の声に隙を見せた阿乃宮様を蓮巳様が殴る。
「阿乃宮、しばらくはお互い会うのを控えたほうがよさそうだな」
「…この強姦魔が」
ニヤリ、と蓮巳様が笑い阿乃宮様が腹の底から出したような声で罵倒する。
「じゃあね夏恵ちゃん、機会があったらシようね」
相変わらず最低な発言をして蓮巳様は去っていった。
▽
ホテルの一室で私は阿乃宮様といた。
「いた…」
「―はい、終わりました。」
殴られた際にできたと思われる傷跡にガーゼを貼る。こんなこと数年ぶりだ。
「……」
ふてくされている、というよりは所在なさげに部屋の隅を見つめている。顔は合わしてはくれない。
「なんで、あの場にいたんですか」
沈黙を破ったのは私だった。
もしかして、これは仕組まれていたことなのかも知れない。あの蓮巳様が阿乃宮様にどういう意図をもってかはしらないがしてやりたくなった末に思いついた計画。
「…有宮が、蓮巳なんかと婚約すると聞いたから」
「こ、婚約!?」
「違うのか?」
橙の瞳が私を射抜く。まるで、責められているみたいだ。
「ただのお見合いです。あの方と婚約するなんて天地がひっくり返ってもありえません」
「…俺は蓮巳にはめられたってわけか」
苦々しい顔をしてつぶやく阿乃宮様。
「―お前が、婚約なんてしなくてよかった」
「阿乃宮、様…」
それは、どういう意味?
「左側の頭が痛いんだ、冷やしてくれ」
急いでホテルからもらった氷をタオルで包み左側の頭部を冷やす。
「座れよ有宮」
強制的にソファの隣に座らされる。
この人の、爽やかな匂いだとか体温だとかが触れ合った部分から私の体の中に入ってきて心臓がドクドクと脈打ち始める。
「すこし気持ち悪い、寄りかかるぞ」
「はい…」
右側に座った私に寄りかかる阿乃宮様だったが両手で左側の頭を冷やしているので彼の頭が私の胸の上にくるというなんともいえない体勢になってしまった。
心臓の音が聞こえてしまうかもしれない。
「…暖かい、それに柔らかくていい匂いだ」
「何を言ってらっしゃるんですか阿乃宮様…」
女性の胸に顔をうずめて言う台詞ではない。
思わず逃げてしまおうとする私を彼は逃がさない。
「別にやましいことがしたいんじゃない、唯疲れてるだけだ」
―ならソファに横になればいいのに
そんな私の気持ちを見透かしてか眠たげに彼は言う。
「愛しい女に数年ぶりに会えたんだ、しかも触れられる。これを逃す手はないだろう?」
愛しい女…
夏の日の告白が私の中でむせ返ってくる。
あの日の彼の微笑みも言葉もなにもかも、今でもずっと渦巻いていた。
「有宮、結婚はいつするんだ?」
「…結婚はあと数年もすればするんじゃないんでしょうか」
「他人事だな」
彼の緩やかな笑い声だけが私の胸を刺した。
「私達のような家にとっては他人事ですから、母が決めた方と結ばれるだけです」
「その暁には俺からはウェディングドレスでもプレゼントしようか」
「結構です阿乃宮様、そんなことされたらどんな噂が立つことやら」
「なんだ、胸もとは総レースの真珠で彩ったとっておきのものを送ってやろうと想像してたのに」
戯言をいいながらも彼はどこか真剣だった。
「…本当に、そんなことしないでくださいね」
「してしまうかもな本当に」
嘘か本当か、全然つかめない。
「すこし眠ってもいいか」
「出ていきましょうか」
「いや、傍にいてくれ」
やがて規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「―本当に眠っちゃうだなんて」
私は深く息を吐いた。