after:To the previous
「また縁談ですかお母様」
「ええ私が夏恵さんにふさわしい男性を選んで差し上げますからね!」
私も大学を卒業して一年、ちょうど婚期真っ最中で縁談は途切れることはない。
「もう、貴女が帰ってきたときはどうしようかと思ったのだけど一人前の淑女になんとか仕上げられてよかったわ」
縁談が来るたびに言うお母様のセリフに少しうんざりする。
昔の私はポニーテールにひっつめて化粧のけの字もない女の子だったが今では見た目は裕福な家のお嬢様と化している。
下ろして緩く巻かれている髪の先を所在なく弄る。
髪を巻いて薄く化粧を施してブルーのワンピースに繊細な真珠のネックレス、傍から見れば何の不自由もないお嬢様に見えるだろう。だが、この縁談攻撃にまいってることを忘れないで欲しい。
「…弥生、どうしたものかしら」
「お嬢様がとっとと結婚することが一番だと思いますよ」
冷たいメイドである。
「そうよ夏恵さん、貴女が結婚しないと弥生も結婚できないんですからね。」
「そうですよお嬢様」
…まったく、うんざりである。
▽
「お嬢様、ファイトです」
他人事、まあ他人事なのだがあっさり励ましてくる弥生を恨みつつ白いミュールに気をつけながら車を降りる。
今日は都内の某ホテルにてお見合いである。
お母様はどうしようもない急用が入ったからと私一人でくるハメになってしまったのだ。
しかも、相手が相手であるのでとてつもなく憂鬱だ。
その人の名前は蓮巳英賀様。かつての、元主の親友でありとんでもない女たらしである。私も仕えていた時期は冗談か本気かもわからないぐらいアプローチをされた。
仕えるのをやめてから縁も切れたかと思っていたがなぜか縁談がきたのだ。相手は格上の蓮巳家、お母様は反対したがお父様の強い意志によってここまでくることになってしまったのだ。
「ようこそ有宮様」
上着をあずけ案内された席に向かう。
そこには数年前より格段に色気が増した女たらしが座っていた。
「夏恵ちゃん、久しぶり。雰囲気変わったね」
「蓮巳様はお変わりありませんね」
にこりと笑うその顔はどこか胡散臭い
「こんな無粋な場所で悪いね…僕としては最上階のスイートルームで再会したかったんだけどそれはどうしてもあの人から許してもらえなくてね」
「たしかに私のお母様が許すはずありませんわ」
そういった私にどこか意味深な視線を向けてくる。
「…夏恵ちゃんがまさか来てくれるとは思わなかったよ」
「父の意向でしたので」
あくまで父の、ということを強調する。
「君は僕も彼のことを嫌ってるかと思ってたからさ、絶対来てはくれないなと思ったんだけど。さすがの夏恵ちゃんも父上には逆らえないのか」
「…そうですね」
含みのある言い方にすこしカチンときてしまう。
「あはは、そんな機嫌悪くしないでよ。」
「機嫌なんて悪くありません」
「…可愛いね、もう」
この人の可愛いはきっと空気よりも軽いものだろう。
「―ところで夏恵ちゃんもうセックスは経験済み?」
「はぁッ!?」
こ、この人…なんて最低な人間なんだ
最悪に下劣な発言をしたにもかかわず蓮巳英賀は優雅に笑っている
「その反応はまだってコトでオッケー?」
「ノーアンサーですッ」
「なに、もしかして阿乃宮とシっちゃっていたりしたっけ?」
その名前に、私は固まってしまう。
「そ、そんなワケ…」
「だよね。阿乃宮にそんな勇気ないし、もちろん夏恵ちゃんも」
「当然です」
そんな関係だったはずがない。
「でもさ、阿乃宮は夏恵ちゃんとしたくていつもムラムラしていたよね」
「一体私達は何の話をしてるのですか…」
「シたいくせにいつも必死で抑えててさ。男としては哀れだったかな」
「その蓮巳様の勝手な妄想は終わりにしませんか?」
これ以上聞いてられるようなモノじゃない
「阿乃宮から告白されたんだろ?」
…この人の情報源が謎だ
「あの阿乃宮を振るなんて君ぐらいだよ。最高におもしろい」
「…やっと、蓮巳様の魂胆が見えてきました」
親友が振られた女に手を出す、最悪な遊びだ。
「僕は本気だよ。君となら結婚できる、だって僕のこと好きじゃないんだから」
―愛人を持ち放題だろ?
その言葉に怒りの前に呆れてモノも言えなくなる。
「それに、君は阿乃宮に復讐したいんだろ。需要と供給が成り立ってるじゃないか」
「そんな遊びに付き合ってられません」
この人はきっとずっと遊び人なのだろう。
学生時代と全く変わってない様子は微笑ましいというよりは賞賛に値する。
「話すことはそれだけですか?今回は破談ということで帰らせていただきます」
「―最後に再会のプレゼントくらい頂戴?」
顔を固定され、顔が近づいてきて…
「――蓮巳ッ!!」
「あはは殺されちゃうかも」
このキス魔を呼んだ声は、あの日別れたきりの元主の声だった。