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側仕えである『私』

「有宮、あとは適当にやっておけ」

適当、この方の適当は完璧である。10年も使えてきたから身にしみるほどわかっている。

華やかな女性とホテルの寝室にこもった主をみていつも張り詰めている糸がすこしゆるくなる。

―いけないわ、油断は禁物。

気分を引き締め主のために用意されてる一室のリビングを片付け始めた。

ハウスキーパーを呼べばいいと思うが、それは主が許さない。私は黙々と飲み散らかされた酒瓶や食べ物を片付けていく。ゴミなどひとかけらもあることは許されないのでコロコロで巻き上げてしまう。

第一阿乃宮学園の優雅な制服で這いつくばりながら掃除をする、誰も見てないからできる所業だ。

「…いてツ!」

熱心にコロコロしていたら全面ガラス張りの壁へと激突してしまうのだった。

イタタタ…と顔を上げるとそこには亜麻色の髪の女が写っている。

母譲りの亜麻色は優しく色づいてるがポニーテールにひっ詰めてしまってるためあまり穏やかな雰囲気は感じない。瞳は青色で父はブルーダイヤの様に輝いているなどいってくれるがここ10年は疲労困憊で不法投棄で濁った海、がいいところである。

試しにニコリ、と笑ってみても口角だけをあげた気味の悪い表情が移るだけ。

無意味な遊びをさっさとやめて私は掃除に戻ったのだった。


  


「有宮、もってこい」

立ちながら眠っていた意識が一瞬で目覚め予想通りの言葉と一緒に私を襲う。

すぐ目の前にあるお酒とグラスがのった盆を持って寝室へ向かう。

そこは、あまりにも性的な雰囲気がただよっているがいつものことなので私も気にしなくなって久しい。

我が主は黒色の髪と橙の瞳をしながらバスローブ姿でソファに横たわってた。

お相手の女性はベットで眠っている、今日は機嫌がいいのか追い出さないようだ。

黙々とお酒を汲み、給仕に徹する。数日前についにイラつくから喋るなと言われてしまい私はロボットより喋らない人間になってしまった。機械音すらかすかにしか出ない始末なのである。

「―ぬるい」

頭にワインが注がれるのをただ無心に感じていた。

暖房で暖かくなってしまったのだろうか?いや、ちょうど良く氷で冷やしといたはず…

―というか私は「もうしわけございません」と言葉を発していいのだろうか?

喋るなと言われて喋っていないがこの場合は例外なのだろうか…

頭をフル回転させて考えてる間に主は気をもっと悪くしたらしい

ガシっ、まさにそんな音がふさわしい勢いで頭を片手で掴まれる。

咄嗟に私は体が強張る。この主と初めて会ったときツインテールを引っ張られ引きずり回されたのを思い出したのだ。

「―なにか言え」

「…もうしわけございません」

必死に振り絞った言葉は更に気を悪くしたらしく易々と片手で頭を握られながら部屋の隅へ投げ飛ばされてしまう。

だだっ広い部屋なので壁にぶつかったりすることはなく絨毯に体が投げ出されただけだが首をひねってしまったのか痛い。

「…お前にはもう用がないよ。一生俺の前に顔を出すな」

そう、このなんともない平常の日々に私は突然10年の側仕えを解任されてしまったのだ。


                      ▽


10年ぶりに実家である有宮家に帰ったら父と母は泣いてしまった。

父は私が側仕えを外されたことを泣き、母は戻ってきたことを泣いた。

私の家も元主である阿乃宮様に使えられるくらいなのでそれなりの名家である。久しぶりに世話をされるという感覚を味わい10年ぶりにゆっくりと眠りが取れたのだった。


朝、私は目が冷めた瞬間家に帰ってきてることをすっかり忘れて飛び起きたのだった。

主に殺されるッ!という考えで頭がいっぱいだった私は朝の寒さで頭が冴えて思い出した。

実家にいるのだからわたしは有宮家のお嬢様として過ごすだけでいい。

そのことになんともいえない安堵感を感じる。

そういえば、学校はどうしたらいいんだろうか

もちろん元主と同じ学校に通ってたので顔を見せるなと言われた以上これからは違う学校に通わなければならない。なのでしばらくは手続きが済むまで家で休めるのだろう。


朝食の席でそれをいったら父は学校へ行き元主に側仕えへ戻してもらうよう懇願しろといってくるがそんなの地獄の釜に自殺しにいってるようなもので断固として拒否させてもらった。

母は、都内の女子高からいいところを探しましょうね、と言いながらまた涙ぐみ始めた。


しかし数日たっても退学の知らせが来ない。母をと首をかしげていたのだが、まさか父がなにか工作をと思い聞いてみるがそうでもないらしい。なので直接学園へと問合わせたがなんともはっきりしない答えだった。

「おかしな話よねぇ…本人が直接手続きをしないといけないだなんて」

母はまたしても阿乃宮家が関わってるのではないかと警戒気味だが、私としてはもう不要の身だしそこまで警戒しなくてもいいと思う。

「とりあえず明日伺ってみますわお母様」

「…まあ、気をつけていってくるのよ。夏恵(かなえ)さん」

かなえ、10年ぶりに呼ばれ未だになれない自分の名前に少し赤面しながら私は頷いたのだった。


                      ▽


久しぶりに袖を通す制服は少し気が重い。

10年間は何も思わなかったが本当はつらかったのだろうか…今の私にはまだわかりかねる

白い刺繍入りのワイシャツ、上品なライン入りのボックススカート、いかにもな制服だ。

まだまだ夏休みに入る前のちょうど衣替えをした時期に私は従をやめた。そこか1週間あまり、普通だったらこの制服を着なれている頃。

薄手のストッキングを身につけ黒いパンプスを…

「…ああ、もう必要ないのね」

優雅な曲線を描く、ヒール高めのパンプスは元主がくださったものだ。

―中等部に上がる時に初めて靴を送られた。

『俺の従者たるものがその様な粗末な靴を履いているのは我慢ならん』

実家の母から送られてきた茶色のローファーを指して鼻で笑った元主の顔は忘れない。

その時の私は久しぶりにガクリときてしまった。

その時から一ヶ月に一足ちょうど履きなれたころあいで新しい靴が送られた。私は母のローファーを履きたかったのに元主はみっともないからと許してはくれなかった。


だけど今は違う。


好きな服を着て好きなことをして好きな靴も履ける。

阿乃宮家から引き上げる際にもってきた最近送られてきた母のくれた靴を履く。

どんなハイブランドのパンプスなんかより何倍も嬉しくて私はたまらない。



「…あつい」

一週間あまり引きこもっていたうちにすっかり暑さにダメになってしまったらしい。阿乃宮学園の長い長い私有地を通って校舎まで到達するのにはひきこもりには辛すぎる。

ペットボトルの最後の一口の水をごくりと飲み込みながら進んでいくとようやく校舎が見えてきた。

―水が終わっちゃたし、とりあえず自販機で水分補給を…


「…ひさしぶりだな有宮?」


ありえない人にあってしまった。

校舎の入口で、しっとりと汗をかきながら腕を組んでる元主。

この時間は授業中なのに、元主は授業だけはしっかり出る人だったのに。


「ハッ、相変わらず小汚い」


汗だくの私を見て鼻に笑う元主も結構汗を掻いてる。まあ、なぜだか汗をかいても爽やかな香りがするのがこの人の乙女的に憎いところなのだが


「…なにか、いうことはないのか。少しは待ってやる」


なにも、いうことなんてない。この人との縁は切れて正直言ってホッとしてる。そのくらい危なくて凶暴で私にとって心休まらない人だ。


「まったぞ有宮。言いたいことをいえ」


無視、するのがいいんだろうか…別に嫌いとか憎いとかはないけれどめんどくさいというのはある

元主はイライラしはじめたのか橙の瞳を釣り上げみてくる。髪の毛まで逆立ちそうだ。


「いいから、なにか喋れッ!」


ようやく喋る許可が取れたのでおそるおそる口に出してみる。


「…退学手続きをしたいので、阿乃宮様に其処を退いていただけると助かるのですが」


―どうやら、かなり機嫌を損ねてしまう発言だったらしい。

元主様、なんて呼ぶわけにいかないから苗字で読んだのだがだめだったのかなんなのか。


「お前は、いくら俺を馬鹿にしたら済むんだ?いきなりお前がいなくなったせいで俺の生活はマトモじゃない。他のメイドは使えないし、煩いのばかりで気が滅入る、…なのに退学だと、お前は――」


「―私は、阿乃宮様からいなくなれと言われて居なくなったんです。なのに私のせいでマトモじゃないなんて、そんな、そんな言い分がありますかっ…私は、十年間本当にずっとッ…」


「お、おい有宮?」


―我慢してきたのに。

いきなり愛されていた生活から剥がされ暴君に心を殺して仕えて、私は…

心にずっと隠してきたモノ、気づかないふりをしてきたものがこの人と向き合うと溢れ出てきてしまう。なんなの、私だって貴方みたいな人の従者なんてやりたくなかった、もっと自由に愛されて楽しく家族のもとで生きていたかったのに、貴方の気まぐれで私の十年間は

涙が溢れてくる。みっともない、誰にもすくえない涙。


「―泣くな、なくなよ有宮…お前に泣かれると俺は」

「…失礼しますっ」


いてもたってもいられなくて私は駆け出した。


                      ▽


「あら、早かったわね夏恵さん」

「お母様…少し、体調が悪くなってしまって帰ってきてしまいました」

「…そう」

少し思案した様子のお母様に気づかれたくなくて私は急いで自分の部屋へ入った。


「ん…」

サイドテーブルの時計は5時を指していた。随分眠ってしまったようだ。

だるい体をゆっくりと起こしながら、窓際による。ふと、何気なしに外を見ると…

「―はッ!?」

そこには、元主で今日再会し逃げてきてしまった阿乃宮様がいた。

なんであの人がここに、いえ、なんで家の外にいるの

阿乃宮家ははるか格上のお家柄、こんな待遇はありえない。私は急いで階下のリビングにいるお母様に事情を聞きにいく。


「お母様ッ、外に、外に阿乃宮様が…!」

「寝たら顔色も良くなったじゃない、帰ってきたときはどうしたことかと思いましたのよ」

お母様にはお見通しだったらしい、ってそんなことじゃなくて

「それはそれとして、なぜお外でお待たせしているのですか。お父様にばれたらッ」

「いいのよ、あの甘ったれた坊ちゃんにはこのぐらいのこと当然です」

…あまりのことに口をパクパクとさせてしまう

「まあ、有宮家の令嬢たるものがそんな口を開けたり閉めたりして」

「―ごめんなさいお母様、私理解が追いつかないのだけど」

阿乃宮様を『甘ったれた坊ちゃん』だなんて

この上流社会から瞬時にはじき出されても不思議じゃない発言だ。

「夏恵さんが十年も苦悩の日々を送らされ今日に限っては大切な娘を傷つけるようなことをした男にはこのくらいなんてことありませんよ」

「お母様…」

はっきり言って驚きだ。

前からお母様はあまり私の従者業のことをよく思ってなかったみたいだけど、旧家の令嬢で奥ゆかしく夫に従うように従順に育てられた古典的なお嬢様が夫人になったような人だからこんなことするなんて…意外すぎる。

「ありがとうございます、お母様」

私はあの人を家に入れなかったことに、ただただ感謝の言葉を述べた

「ただただ当たり前のことをしたまでですよ夏恵さん」

…母親の愛情ってなんでこんなに嬉しくて、暖かいんだろう。

私は少しにやけてしまう。

「…だけど、あの坊ちゃんかれこれ5時間はずーっと立っているのよね。熱中症なんて起こされたら面倒だから帰ってくれないかしらね、本当に」

「5時間ッ!?」

私がお昼前に帰ってきてすぐに来て立っているというわけだ。

熱中症にならないのが不思議なくらいだ。

せめて水くらいは…

「―やめなさい夏恵さん。そのような優しさなど相手をつけあがらせるだけですよ」

「でも…」

そのあとに続く言葉はない。

そう、私はあの人に優しくなんてしない。10年間ずっと辛くされてたんだから。

優しくなんて、しない。


                       ▽


「…お父様が帰ってきてくださってたらよかったのに」

ボソリと出てしまった言葉が誰に聞かれているわけでもないのに背筋が冷たくなる

―いえ、きっと(ワタシ)に聞かれてしまった言葉が怖かったんだ。

お父様が帰ってきてくれば、あの人は家に招き入れるなりされているだろう。望んでなんかないはずなのに、どうにかそうして欲しい気持ちの私もいる。…同情だろうか。

生憎お父様はお仕事で今日は帰ってこない。

あの人は夜の10時になってもずっと家の外にいる。10時間も立っているなんて普通じゃありえない

時折、ペットボトルの水を飲むのが見れて私は少し安心する。

でも水も終わってしまったのか、眉をひそめながら立っているあの人に私はどうしたら…


「―お嬢様」

「弥生、どうしたの」


私の所謂専属メイドの弥生が夜の部屋を訪れるのは珍しい。


「勘違いでしたら申し訳ないのですが…お嬢様にはこれが必要かと思いまして」


そういって取り出されたのは家に常備されてるミネラルウォーターのボトルとグラス。

…ああ、そうだった。この子は幼い頃から見た目とは裏腹にとんでもない悪童で悪友だった。

「お母様はもう就寝されています、ほかの使用人も口が固い者のみです。行くなら今ですよ」

「…ありがとう、弥生」

別にあの人をどうかしたいわけじゃない、だけどただ…ちょっと話してみたくなっただけだ


                      ▽


外は蒸し蒸しとしていてすこぶる良くない天気だった。

ギィ…

そんな音を立てて開いた扉から静かにでる。

また長い私有地を数分で抜けて固い鉄の扉を開ける

―ガチャンッ

思いのほか重かった鍵は大きな音を立てて夜の帳に響く。

私は冷や汗をかきながらゆっくりと外に出ると…

「―俺は帰らないぞ。有宮に会うまでは死んでもどかないと思え使用人が」

背中を向けながら元主はそんなことを言った。

「…あの、阿乃宮様、有宮夏恵です…」

なんと間抜けな自己紹介なんだろう。しかし、元主は勢いよく振り返った。



「あり、みや…」

目を見張りこちらを見る元主に私は驚いてた。

―なんだか、いつもと違ってツンと澄ましてない

「あの、こちらを…」

おそるおそる抱えていたボトルとグラスを差し出そうと…

「有宮ッ!」

「―きゃッ…!?」

いきなり抱きしめられた。

私の声は元主の肩にちょうど口が当たるのでなんとか消えたが、これはどういうことだろう

「有宮、有宮、ありみや…本物なんだな?」

「〜〜ッ!」

「あ、あぁすまない」

あの、阿乃宮様が謝った。そのことが私には驚愕だった。

なんとか腕の中から脱出してまじまじとその顔をみる。

しっとりと汗がにじんでるその顔は今まで見たどんな表情より、謙虚だった。

「水を持ってきてくれたのか、俺に?」

「は、はい…」

従者グセが抜けなく急いでグラスに注いで渡す。

阿乃宮様が飲み干している間もそのあとの数分間も私たちはずっと無言だった。

なんとか喋らなくては―

「「あの」」

「あ、申し訳ありません阿乃宮様!」

「い、いや、別に」

また無言になってしまう。

「―有宮は、どうしてたんだ最近」

沈黙を破ったのは阿乃宮様だった。

「えッ、あの、別になにも…」

再び無言になってしまう。私にはコミュニュケーション能力は死んでいるらしい

「阿乃宮様は、どうされてましたか」

「俺は…滅茶苦茶だったな」

阿乃宮様はそこから堰を切ったように話し始めた

「気に入ってるワイシャツは見つからないし、朝食には人参がでてくる、しかも靴の磨きも甘い」

「それは、災難でしたね」

私は本当に同情してしまった。この方は身だしなみに厳しいし野菜の好き嫌いが激しい、そんな人なのだ。

「やはり私が引継書をもう少し作っておいたほうが良かったでしょうか。次の従者の方のためにも…」

自分で言っていて胸が痛くなることをどうしていってしまうのだろう。

「いや、いらない。お前以上の従者なんていないし、居ても嬉しくない」

「そうですか…」

また、無言。

「有宮のそういう姿は目新しいな」

そういう姿、多分ネグリジェにローブを羽織ってる姿を指しているのだろう。今まで気にしてなかったが自分のあまりに気の抜けた服装に赤面してしまう。

「責めてるんじゃない、ただ――可愛いなと思っただけだ」

この方はどうしてしまったんだろう。

甘い言葉?ありえない。

「…どのような風の吹き回しですか」

「―お前は鈍感すぎる」

「鈍感、ですか…」

「十年前からずっと、お前の鈍感さには苛立っていたよ」

なんで、こんなこと言われなくちゃいけないんだろう。

私は主に忠実な従者だったのに、全てを察していた。

「…暑いな」

無言になってしまった私達の間に阿乃宮様のつぶやきが静かに、たしかに漂った。

「十時間もこんな猛暑の中立っていられるからです」

「お前に会いたかったんだ、しょうがないだろ」

そう言って微笑む阿乃宮様はまだあったばかりの頃みたいに、あどけない少年のような笑顔だった。

「私に会ってどうしようというのですか、嫌味でもいうつもりだったのですか」

「そんな訳ないだろうッ!」

声を荒げるこの人の言葉を信用できるわけない。

私は、この人のなんだったのだろう。

「…私は阿乃宮様のなんだったのですか」

聞いちゃいけない、聞きたくない。


「―初恋の女の子だったよ」


弾かれたように、顔を上げる。

「出会った時から、好きだった。独り占めしたくて俺のことしか考えられないようにしてやりたくて俺と同じくらい苦しめてやりたくてずっと虐めてきた可愛い、愛しい女の子だよ」

「―……。」

絶句する

この方は、なんで…

「そのことを伝えたくて、お前が、夏恵が俺のことが嫌いで憎んでいても俺はずっと愛していてそれは今までもこの先も変わらないよ」

幼い頃を思い出した。

初めて会ったときこの人はなかなか周りの子供に馴染めない私を引き入れてくた。

微笑んでくれた、手を握ってくれた。

でも…

「そんなこと言われて、何をしろと言うんですか。何になるって言うんですか」

「なんにもなんないよ。ただ、ずっと想ってるって愛してるから気が向いたら少しでも思い出してほしいんだ。」

…残酷すぎる。

「それだけが伝えたかったんだ。三年後でも十年後でも何十年後でもずっと愛してるから、どうか、俺のことを少しでもいいから忘れないでくれ」

「―貴方は最低です、結局、自分のためなんだ全て。ただ貴方は苦しみたくないだけなんだ…」

「違うよ夏恵、苦しむよずっと。自分が十年間してきたことと一生叶わない全てに」


「…死んでしまえたらいのに」


もう、生きていたくない。

そんな虚無感が襲って来る。この人の告白は、私にとって重くて鎖のようで一生忘れないだろう、一生まとわりついてきて私を縛るだろう。


私は彼に背を向けた。

これ以上話していたくなかった。知りたくなんてなかった。彼のホントなんてなにもかも消えてしまえばいいのに。


家の扉を全てを閉ざすように閉める。

あの人の顔なんて、もう見れなかった。


「お嬢様…」

「弥生」

「うまく、いきましたか?」

そんなのわかってるくせに、聞いてくれる弥生に私は最大限の笑みを見せて言ってやる。

「ええ、彼のことを自分でも嫌になるくらい傷つけてきたの。十年分の憎しみを込めてね」

「…お嬢様がそれでよかったのなら、弥生は何も言いません」

涙が溢れてくる。

十年間、ずっと一緒にいて憎んできて私の全てになっていた存在。彼の思惑は成功していた。

「弥生、どうしてこんなに苦しいのかな」

「それは…わかりかねます。私はお嬢様ではないのですから」

慰めてくれたっていいのに、幼い頃の悪童は今でも私には厳しかった。


きっと一生忘れない。



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