望郷
今年もお盆がやってきます。7月の終わりごろになると、ふるさとの山並み、抜けるような空、どこまでも続く水平線。
そんなのどかな景色とともに、私の心に残るワンシーンがよみがえります。
私は、半年間バスで通勤していました。私の実家は、とても小さな山間の町にあって、交通手段はバスしかありませんでした。
乗客も私くらいで、いつも一人、バスに揺られていました。
運転手さんは、とても初々しい青年。時々ちらちら見ているの知ってました。
どんなに天気が悪くても、私は休まず通いました。バスが動いている限り。
大きなハンドルに悪戦苦闘する運転手さん。私はいつも微笑ましく見ていました。
だって、すごく大きなハンドルに遊ばれているようでしたから。
それでも、曲がりくねる細い道を、上手に運転していましたね。
トラクターとぶつかりそうになったり、牛がいきなり飛び出したり・・・
とっても楽しかった。
何度か遅れそうになったけど、ちゃんと私を送り届けてくれました。
また、ある時は、重い荷物を背負い、おばあさんの手を引いていましたね。
雪の中、チェーンがうまく巻けず、手を真っ赤にしていましたね。
あなたのがんばっている姿に、私も知らず勇気付けられていました。
ある日、私の元には辞令が届きました。本社への異動でした。
私は迷いましたが、異動する決心をしたんです。
最後の日も、あなたはとても忙しそうでしたね。
あなたにわかってもらえるかわかりません。
でも、あなたにさようならって、言うのも変でしょ?
だから、私はあなたを見送ることにしたんです。
最後の日は、ずっとあなたが見えなくなるまで送ろうって。
それが私を半年間送り届けてくれた、あなたへのお礼です。
あなたはただ仕事をしただけ、そう思うかもしれませんね。
でも、私にとって、この半年間を楽しく過ごすことができたのは、
あなたのおかげだと思っています。
運転手さん、ありがとう。私は少し大きな声で言いました。
あなたはホーンを鳴らしてくれましたね。
今でもバスのホーンを聞くたびに、何か暖かい気持ちになります。
そして、実家への望郷の思いが強くなるんです。
ほら、私の心にもホーンが響いていますよ。
連載ではありませんが、もう一つの作品「笑顔の停留所」と合わせて読んでいただきたい作品です。