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恋の行方  作者: 花々也
1/5

梅雨冷えの頃

5話で終わります。

 小中学生の頃から人目を惹く容貌でイケメンと名を馳せていた男、相川敦志。それから、特段目を引くような美人ではないが世話好きで誰とも友好的な女、麻生理恵。

 この二人は私立高校の入学式当日に新入生として同じ教室で初めて出会う。男は持ち上がり組、女は高校からの外部入学だった。

 相川の『あ』と麻生の『あ』で出席番号は同じ『一』だ。番号順に座る為に席は二人とも先頭。しかも、日直は同じ番号を持つ男子生徒と女子生徒の二人で一組だからこの二人はコンビということになる。入学式終了後の教室で明日の日直を言付けられ、更に先生は“一番”という安直な理由でクラス委員長に二人を指名した。言わば雑用係。

 男が抱いた感想は、“ふーんコイツとね。……悪くない”だ。責任感が強そうで、尚且つやたらと女を主張しない所は男にとって評価するに値した。外見が綺麗なだけで中身は空っぽな、そんな女などたくさん見て来たからだ。

 以外にも、先に挨拶をして手を差し出してきたのは男の方だった。

「ま、よろしく。俺、相川敦志」

 端正な顔を崩し、やる気のなさそうに笑う男を見た女が“この人とね、大丈夫かな?”と懸念を抱いたのを男は知る由もない。

 それでも、差し出された手を“遣るべき事は遣ってね”と女は念を込めて握り返した。

「麻生理恵、よろしくね」


 これが二人のファーストインプレッション。


 入学早々迫って来たのは五月に行われる体育祭だった。

「出場種目を決めるぞー。体育委員、前へ出て説明! いいかー? タイムの早い順から強制的にリレーにエントリーだからなー、自己申告しろよー」

 担任が生徒に丸投げしてさくさく教壇から降りてしまう。

 持ち上がり組が大半を占めるとはいっても、クラスメートの中にはまだ打ち解けてもいない顔がちらほらと居た。それらは皆外部生で、彼らは既にグループが出来上がっている持ち上がり組の輪の中に入って行けずにいる。そして騒がしい中、不安そうにしている者同士でひそひそと囁き合う。学校が入学早々大きな行事を行うのは、生徒達全員が力を合わせて取り組むことで打ち解けさせ、纏まりを良くする為だ。

 その為に体育祭は生徒会の他に体育委員会が中心となって進められる。教師はあまり介入しない。だから未だ纏まりのないクラスを引っ張って行く為に委員長の二人の協力は欠かせず、のんびりと眺めてはいられなかった。それも与えられた役割なのだから仕方が無い。

「麻生、麻生、あれ、適当過ぎじゃねぇ?」

 隣に席に座る男が顎で教師を指す。

「私達を委員長に指名した担任だもの、あの時よりマシよ。あ、何に出る?」

 今更とばかりに苦笑いをした女は黒板に書かれていく種目を見て話題を変える。

「俺は、すぐ終わりそうなヤツ。リレーなんて以ての外」

「相川くん、面倒臭がりだね。まぁ、すぐ終わりそうなのが良いという意見には賛成だけど、リレーに名前書きこまれてるわよ?」

 ほらと女の指が指した方を見れば勝手に名前が書きこまれていた。

「はぁ? あー! ちょ、それ待って!」

 慌てて立ち上がった男を見て女は大笑いした。持ち上がり組の体育委員との押し問答は圧倒的に男の不利という流れになっている。男の取り柄は顔だけではなかった。持ち上がり組故に身体能力の高さは広く知られていて、取り分け足の速さには定評が有り今までに中学までは何度となく無理矢理エントリーされていた。環境が変わったことで逃れられると思い込んでいた男だが、そうは行かなかったようだ。

 不意に振り返った男がギャラリーの一員として笑って見ていた女に噛み付く。

「笑ってると巻き込むぞ」

 その手にはチョークが握られている。この男、独断で参加種目を割り振る積もりか。

「ダメダメ、私タイム遅いもの」

「足の速いヤツに限ってそう言うんだ」

「それ、穿ち過ぎだから!」

 女が突っ込みを入れればクラス内に笑いが巻き起こる。伺い合うような雰囲気はもうなかった。

 図らずも二人はクラスを纏めて引っ張って行く役割を果たしている。

 体育祭が終わった頃には連帯感が生まれていた。


 共通する親しみ易い雰囲気と委員長という役割から二人が打ち解けるのは早かった。

 何より不思議とウマが合うと自覚したのはほぼ同時。

 それから二人は性別は違えど同級生の中では冗談を交えて話せる仲となって行く。

 大きな山場だった体育祭も終わり安堵の息を吐いたのも束の間、仲を深めるにつれて女が初日に抱いた懸念は後日現実のものとなってゆく。

 男は要領が良いのか、それとも手の抜き所を分かってるのか、度々仕事を押し付けて逃亡するようになる。その都度周りの友人達に引き戻されたり、相方の女に捕まって説教されるのだが、一向に改まらない。しかも理由が振るっている。

「だって面倒臭い。初対面で理恵がきちんと遣ってくれそうだなって分かってたから委員長なんて面倒なのを引き受けたんだ、俺は楽出来るなーと」

 全く悪びれない表情だ、しかもいつの間にか名前で呼び合う仲になっている。

「私は敦志の事、大丈夫かなって最初に思ったわ」

 女が正直に吐き出せば、「酷いー」と言いつつも男は嬉しそうにえへへと笑う。

 それからも男の逃亡劇は続いた。

 何度も繰り返されれば、いい加減諦めるというものだ。が、しかし、女は荷を一人で負う程健気なタイプではなかった為に男の逃亡が成功する事など稀。

 揉めても喧嘩には発展しなかったのは女の性分と、お互いに相手の性格を理解していたからである。追いかけっこをする二人を眺めていた友人達は口々に、「本当に、上手い組み合わせだよな」と言い合い眺める。二人を指名した先生は麻生から苦情が出る度に狙って遣った事ではないと言い訳のように繰り返した。

 男はこの逃亡劇を楽しんでいる。

 こっそりと教室を抜け出そうとする男がちらりと視線を投げかけた時、その口元は笑っていた。

 ある日、追いかけてきた女を空き教室に引き摺り込むと、男は腕で囲い込んで正面から向き合うと微笑み掛ける。

「理恵、理恵、“どこに?”ってベタなボケなしで俺と付き合って?」

 細身とはいえ、やはり成長期の男。筋肉を纏った体は厚みが有り、エネルギーを発散するかのような熱気を全身から感じ取れる。腕で作られた囲いの中で女はまだまだ成長しそうだと感想を抱いた。既に平均身長は超えている、これから差はもっと開いて行って視線は上へ上へと見上げなければならなくなるだろう。

 女が相川敦志を男として意識したのはこの時が初めてだった。

「うん。敦志、よろしく」

 二人の手が繋がった。

 男がいつから意識していたのかは分からないが、名前で呼び合い、共に過ごす時間の長い二人が恋人として付き合い始めるのは必然の結果である。


 しとしとと降り続ける雨の所為で梅雨冷えのする季節だった。


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