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忘れじの昔日

 あの日のことは忘れもしない。


『お前達にも紹介してやろう。敷地内で見かけたことくらいはあると思うが……』


 そう告げて、怜は私を前に軽く押し出した。

 彼らは突然現れた私に怪訝な表情を浮かべていた。そんな彼らを前にして私の中の感情が爆発しそうになる。ぐっとこらえて、かれらと視線を合わせた。


『彼女は――有花だ』


 怜の言葉が耳に届いた。

 その言葉を境に彼らの表情が驚愕なものに変わって、心拍数が急激に上がったのを実感した。


『事前に教えてやっただろう? 何をそんなに驚く事がある』


 怜は彼らに向かって悪趣味な笑みを浮かべた。


 彼ら三人はお互いに視線を合わせながらこちらを伺っていた。


『ホンマなんか?』

『さあな』

『でも、現に“有花”って名前なんやろ?』

『確かめてみれば良いでしょう? それですぐに解決するんですから』


 そう言って彼らのうちの一人がこちらに視線を向けた。

 それに心臓が大きく揺れたのが分かった。けれども、相手がニコリと笑みを浮かべたので、それに安堵して私も軽く笑みを浮かべ返した。


『よくもそんな風に笑っていられるな』


 すでに笑みはなく、そこには殺意の篭った眼差しだけがあった。



 だからこそ、私は忘れられない。

 期待なんて陳腐な気持ちを持ってしまった愚かな自分自身を呪った日を。


 + +


「一人にして」


 有花は、目の前の朱夏にそう告げて室内に戻る為に体を反転させた。

 しかし、すぐにその腕をとられて動きを止められたので、渋々視線を朱夏に向ける。


「一人になりたいの」

「そんで、泣くんか?」


 言われた言葉に有花は眉を顰めた。


「どうして、私が泣かなきゃいけないの?」


 心底、不思議でならないという声色で有花は疑問を返した。

 泣く訳がない。歓迎されない事は理解してるのだから、こうなる事も予測していた。

 哀しい事なんて一つも無い。


「あんた、今……」


 そこまで告げて朱夏は言葉を止めた。ギュッと唇を噛み締めて視線を逸らした。


「これ以上、貴方と二人きりになりたくない。そう言えば分かる?」


 そう告げて有花は皮肉気に笑みを浮かべた。一人になりたい理由はそれではなかった。けれども、今は一人でこれからの事を考えたかったのだ。

 手を払いのけて今度こそ有花は朱夏に背を向けた。


「神月陽の前でなら泣けるんか?」


 その言葉に足を止めてしまった事を、有花は後悔した。

 予期せぬ名前が出てきたので思わず足を止めただけなのだが、これでは肯定しているも同然だ。朱夏にもそう思われてしまっただろう。

 有花は、心の中で一度深呼吸し、いつもの笑みを浮かべて振り返った。


「そんな事あるわけないじゃない。名前を知っているだけで、彼とは会った事がないのよ? それに彼は余所者。関係ないわ」

「余所者やからや」

「え?」

「あいつが余所者やから、って言うたんや。俺らと奴とは元がちゃう。慰めてもらうには打って付けやろ?」


 言われた言葉の意味を理解して瞬時に怒りが沸き起こった。

 何を言われてもいい。けれども、こんな莫迦な言葉を聞くのは堪えられなかった。これは有花に対してだけではなく神月陽への侮辱でもある。

 けれども、有花は朱夏の頬を叩きそうになる自分を拳を握って抑えた。

 こんなに心が乱れるのは、自分らしくない。そもそも彼に怒るのは筋違いだ。


 心の中で呟きながら心の乱れを落ち着かせる。


「私は、誰の前でも泣かない」


 そして、有花は朱夏に向かって力強く言葉を発した。それは、本当だった。泣かないと決めた。泣けないと思った。

 そして、最後に泣いてはいけないのだと悟った。

 泣いていいのは全てが終わったその時。一人で泣くのだと、そう決めている。


 だから、誰の前でも泣かない。


「なら、なんで、ここに来たんや? 最も関わりを持ちたくない連中の棲家である此処こそ、あんたが今まで倦厭してきた場所やないか。やのに、なんでや?」


 煩わしいと思った。

 どうして初っ端からこんな感情をぶつけられなければならないのだろう。


 碧のように感情の任せるまま素直に嫌ってくれれば良いのに思うように行かない。

 何がいけなかったのだろう。

 笑顔を向けた事か。彼を褒めた事か。それとも、朱夏が目をかけている彼と関わった事だろうか。


 でも、あれは優しさから来ているものじゃない。

 ただの自己満足だ。そこに、愛とか恋とか情のようなものは存在しない。



「教えてあげるわ」


 有花は、朱夏に視線を向けて口を開いた。

 ならば、此処にいる理由を分からせてやろう。そう思ったのだ。

 口の端をあげて笑みを浮かべる。



「怜と結婚するためよ」



 自分は余程醜い顔をしていることだろうなと、彼の驚きに見開かれた瞳を見つめながら客観的に思った。



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