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潜入捜査

(陽視点)

「はじめまして、神月さん。エデンの管理をしております、若名初深と申します」


 ニコリと笑みを浮かべて挨拶を述べた相手の顔をまじまじと見つめてしまった。


 入居の許可通知が陽の手元に届いた数日後、契約をするという事で月影の支社に赴いたのだ。そして、待合室に現れたのが、その管理人だった。

 管理人と言うくらいだから年配だろうと思っていた陽は、現れたのが若き管理人であった為に驚きで視線を向けてしまう。


「私の顔に何か付いていますか?」

「へ? あ、いや、なんでもないっす!」


 軽く眉を顰めた相手に対して陽は慌てて否定の言葉を述べた。相手は、それを気にした様子もなく手元にあった書類を机の上に並べた。

 陽は、その中にある見取り図が描かれた一枚を手に取った。

 屋敷は、大きな塀で囲われているようだ。その中に大小合わせて三つの建物が描かれている。右側に大きな長方形、左側に小さな長方形、その二つの間に重なるように正方形の建物があった。どれも渡り廊下で繋がっているようだ。


「ここが、あなたがこれから住むことになる部屋になります」


 初深は、その中でも一番大きな長方形を指差した。その長方形の建物は、中央が廊下になっているようだ。その上下にある部屋がエデンの住人の個室になっているという事だろう。


「そして、ここが食堂です」


 そして、次に、その真横にある正方形を指差した。


「食堂があるんすか?」

「ええ。と言っても全て自炊になっています。料理は得意ですか?」

「あ、いや、あんまりっすねー」


 聞かれた言葉に陽は苦い笑みを浮かべた。一人暮らしが長かったとは言え、雑誌社に勤めている事もあってか取材も兼ねた外食の方が格段に多かった。また、料理を趣味としていないので、作れたとしても簡素な物ばかりだ。


「安心してください。料理の担当はいつも私ですので、皆さんには手伝いをしてもらっている程度ですからね。後、外食をされる場合は、前もって連絡をお願いします。門限は特にありませんが、部屋を空ける時は用心のために鍵をかけて下さい。車は……そうですね、ここに置いてもらいましょうか」


 テキパキと話す初深の言葉に、まるで修学旅行に行く前のようだなと思いながら、陽は相槌を打った。



「それでは、一週間後に引越しの手配を行いますので、それまでに整理をお願いします」


 そして、一通りの説明を終え契約書を書き終えた段階で初深はそう締めくくったのだった。


 + +


「でっけぇー」


 あれよあれよと時が過ぎ、そして、陽はエデンの前に立っていた。

 見取り図を見ていたときも相当大きな建物だろうと思っていたが、実際に目にすると、それ以上の広さを感じた。

 荷物は前日に既に部屋へ運んでもらう手配をしていたので身一つである。後は玄関から中に入るだけだ。


「神月陽23歳、エデンに潜入成功であります」


 ポツリと冗談混じりに呟きながら玄関の扉を開けた。予想通り中身も広かった。旅館に来たような気分にさえなれる。


「さて、どうすっかな……」


 玄関に入ったは良いが誰も居ない。勝手に入って良いのかすら分からない。そもそも、ここには呼び鈴がない。つまり、来訪者を家主に伝える為の合図が出来ない。


「すいませーん」


 とりあえず声を掛けた。けれども、返事はない。そこで陽はもう一度声を掛ける。けれども、またもや返事はなかった。


「留守かな?」


 特別急いでいる訳でもないので、陽は誰かが帰ってくるまで待てばいいかと、上り框に腰を下ろした。ポケットから行く前に自販機で買った缶コーヒーを取り出す。プルタブを起こし一口飲む。買ったときは冷たかったそれもかなり温くなってしまったようで、あまり美味しくはない。

 けれども、空けてしまった手前、放置しておく訳にも行かないので仕方なくそれを口にする事にした。

 一口、二口、ゴクゴクと喉を通る音が響く。



 中身を全部飲み干したと同時に目の前の扉が音を立てて開いた。その音に陽は缶から口を離して視線をそちらへ向ける。

 そこに立っていたのは一人の青年だった。

 ただ、その髪はツンツンと天に向かって立っており、その色も黄に近いほど明るい茶色に染められている。名前が分からないのでパンク系青年と名付けておこう。


「誰だ、あんた?」


 ギロリと鋭い目つきで陽は睨まれる。その睨みに少し腰が引けたが、返答をしない訳にはいかない。彼がここにいると言うことは、彼もエデンの住人なのだろう。となれば、これから付き合いを持つことになるのだ。


「俺は神月陽。今日から、ここの住人になるんすけど」

「住人? あんたが?」

「若名さんから聞いてないっすか?」

「……聞いてねぇ」


 相手の言葉に陽の顔に苦い笑みが浮かんだ。

 まさか若名さんが住人に伝えていないとは思っていなかったのだ。それとも、今日の夕食時にでも集めて紹介する予定だったのだろうか。


「まあ、とにかく俺も今日からここの住人になるから、宜しく」


 知らなかったとは言え無視するわけにもいかないと思った陽は、そう告げた後、片手を相手に差し出した。

 しかし、相手はその手を取ることなくジッと陽を見つめている。どうやら相手は陽と仲良くする気はないようだ。

 陽は手持ち無沙汰になった手をどうするべきか考えあぐねた。


「……あんたも、そうなのか?」

「え?」


 問われた言葉の意味が分からず、陽は聞き返す。


「あんたも俺達と同じ――」

「まー君? こんな所に突っ立ってどうしたの?」


 しかし、第三者のやんわりとした声が割り込んできた。

 まー君とは、どうやら陽の目の前にいる男のあだ名の様で、彼は舌打ちをした後に後ろを振り向く。


「その名で呼ぶなっつっただろ! ひな!」

「そんなこと言われても、小さい頃からの癖だもん。もう治らないよ?」


 おっとりとした口調だ。しかし、この男は、その余裕のある話し方が気に入らないのか、またもや舌打ちをした。


「それよりもどうしたの? って、お客さん?」


 ひょいと男の横を抜けて中に入りこんだ雛は、見知らぬ相手がいることに気付き、そう言葉を発した。


「知らねぇ。こいつ、今日からエデンの住人になるとか言ってっけど?」

「ああ。もしかして、あなたが新しく入ってきた人ですか?」

「は? お前、知ってんのか?」

「何言ってるの。昨日、初深さんが言ってたでしょ?」

「……知らねぇ」

「聞いてないの間違いじゃないのー?」

「うっせぇ」


 陽は、目の前で交わされる会話を呆然とした面持ちで聞いていた。

 どこか入りがたい雰囲気もあったのだ。

 先ほど現れた青年は、雛と言うらしい。陽が称したパンク系青年と違って、こちらは黒髪で背筋もピシリとして誠実そうな青年であった。


「ああ、忘れる所だった。新しく入ってきた人であってますか?」

「へ? あ、ああ、そうっす」


 突然、話をふられたので、ぼうっとしていて聞き逃しそうになった陽は思わず素で返事を返してしまった。けれども、相手は気を悪くした様子もなくニコリと笑みを浮かべ返す。


「初めまして。僕は、柚木雛ゆずきひなって言います。よろしくね」

「いや、こちらこそ。神月陽です。宜しく」


 綺麗にお辞儀をされたので、陽も慌てて頭を下げた。


「それで、こちらが」


 次いで、雛は真横にいる男に視線をやった。雛が続きを言わないのは、どうやら自分で自己紹介しろと暗に言っているようだった。

 その視線の意味に気付いた男は、面倒くさそうに舌打ちをした後、口を開いた。


空木松風うつぎまつかぜ


 ポツリと呟いて、もうそれでいいだろうと言わんばかりに松風は靴を脱いで中へ入っていってしまった。


「それで、陽さんが玄関にいるってこと何か問題でもあったんですか?」

「あ、いや。呼んでも誰も居なかったみたいだから、どうしようかと思ってただけで……」

「おかしいな? 初深さんは、この時間帯ならいつもいるんだけど……それなら、僕が案内しますよ。どうぞ上がってください。あ、靴は、そこの棚に入れるんですよ。まー君はいつも面倒くさがって忘れるんで、いつも怒られてるんですよね」


 雛は困った風にそう告げて自分の靴と一緒に松風の靴も棚に戻した。

 陽も言われた通りに靴を脱いで棚に仕舞う。


「さっきの空木って奴とは仲が良いんすか?」

「ええ。まー君とは幼稚園の時からお隣さんなんですよー。まさか、同じようにエデンで暮らす事になるとは、僕も思ってませんでした……お天道さんって憎い事をするよね?」


 そう告げて苦い笑みを浮かべた雛に、陽は内心首を傾げながら彼を見つめた。

 先ほどの遣り取りからして仲が悪いという要素は見当たらなかった。松風は嫌そうにしていたが、それでも、彼の言うことにきちんと耳を傾けていたので、この二人は仲が良いのだろうと、すぐに推測できた。

 では、なぜ彼はこんな表情を浮かべているのだろうと、陽は疑問に思ったのだ。


(ああ、そうか。エデンの入居条件は……)


 身寄りのない者である事と、そう書かれてあったことを思い出す。つまり、昔から付き合いのある二人は、共に天涯孤独という立場になってしまったのだ。



「おや。話し声が聞こえると思えば、陽君に雛君」


 陽が考え事をしていると聞き覚えのある声が耳に届いた。視線をそちらに向けると目的の人物がそこに立っていた。


「初深さんいたの? 呼んでも誰も出てこないからって陽さんはここにずっといたんだよ?」

「それは失礼しました。離れに行っていたので聞こえなかったようですね」


 雛の言葉に初深は眉根を下げて謝罪の言葉を告げた。


「待ってたって言っても、ほんの数分っすから」


 陽は本気で謝る初深に、逆に申し訳ない思いが沸いて慌てて言葉を紡いだ。

 すると、初深はその言葉に微かに笑みを浮かべて礼の言葉を告げた。


「では、私が案内します。雛君ありがとう」

「いいえ。それよりも、離れに行ってたって事は誰か来てたんですか?」


 その言葉に初深の表情が一瞬無表情になったが、すぐに元の笑みに戻ったので二人は気付かなかったようだ。


「後で、みなさんにも紹介しますよ?」

「紹介?」


 その言葉に雛は首を傾げた。ただの客なのに紹介されるというのだから、疑問に思うのも当然だろう。

 しかし、初深は、その疑問に答えず笑みを深めた。


「ええ、あなたも驚く事でしょう」





 意味深な言葉の意味を理解したのは、それから数時間経った後のことだった。



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