意図的に隠されたもの
(陽視点)
月影と言えば、知らない者がいれば馬鹿者と罵られるほどの大企業である。
外を歩けば目に入る商品の殆んどが『Tsukikage』ブランドで、老若男女問わずその人気は底知れない。出す商品は必ずヒットしている。
そんな会社のトップに立っているのが、月影怜である。
25歳という若さで、これほどの大会社を支えていると言う事にも驚きだが、彼が持っている凄さはそれだけではない。
彼は、芸能界に入っていないのがおかしいと言われるくらいの美貌の持ち主なのである。
女性から人気を得ている理由の一つは、商品の素晴らしさだけではなく彼自身の素晴らしさもあるという評論家の声も聞こえてくるほどだ。
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「……書いてて、なんか腹立ってきた」
パソコンと向き合っていた俺は、そう呟くとだらりと背もたれに体重を乗せた。
「神月、お前その台詞何度目だと思う?」
すぐ傍に居た髭面の上司が、眉を顰めて自分に声をかけてきた。
「鈴木さん、俺、この担当向いてないんすよー。なんで、野郎の事ばっかり書かなきゃならんのです?」
「それが俺らの仕事だろうが。それに、今度の雑誌で月影特集やるっつったら担当したいって言ったのは、どいつだ?」
上司は、自分の言い分をバッサリと切り捨てた。
確かに自分が担当したいと始めにそう告げた。
何故だろう。その時は、どうしても自分がやりたいと言う衝動に駆られたのに、実際に月影を調べて行くにつれその意欲は面白いくらいに減っていった。
「なーんかムカムカしてくるんすよ」
月影社長のことを書いてると。そう告げると上司はあからさまに大きな溜息を吐いた。
「おいおい、対象相手に嫉妬してちゃ、どうにもならんだろうが」
「そうなんすけどね、この月影って言う男、どうにも完璧すぎるって言うか隙がないって言うか……」
「良く気付いたな」
「え? 鈴木さん、何か知ってるんすか!?」
ニヤリと笑みを浮かべた鈴木に、神月は凭れていた椅子から背を離し体ごと彼へと向けた。
「これは、自分で考えにゃならんだろう?」
「えー!? ヒントくらい出してくれてもいいじゃないっすかー!!」
「だー、大声出すなっての! お前、ここ一週間月影の記事書いてたんだろう? なら、普段と違ってる事に気付いたんじゃねぇのか?」
「普段と違う事?」
上司に言われ今まで書いた月影に関する記事を思い起こす。
月影の成り立ちについて、月影の会社経営、売り上げ、商品紹介、株、社長について。
どれもが他の記事で良く書く内容だ。
けれども、読者が知りたいのは、月影怜自身のこと。だから、今回は、より多く彼についての情報を入手した。年齢から贔屓にしているお店、身に着けている服装まで。
「……あれ? 鈴木さん。この社長って独身でしたよね?」
ふと気付いたことをそのまま口に出してみる。自分の言葉が確信を付いていたのか上司の笑みが増す。
あれだけの有名人、しかも独身であれば、女性やマスコミが放っておくはずがない。
また、嫌な言い方をするが、月影怜からすれば女性など選び放題の状況でもあるのだ。
「普通なら私生活の一つや二つ、はっきり言えば、女性関係のスキャンダルがあっても良いと思うんすよ。でも、月影怜には、未だにそのスキャンダルが浮上してこない」
それだけ関係者が口の堅い人間揃いなのだとしても、なぜ隠す必要があるのか。
「俺の知り合いも今の月影怜が社長になってからずっと調べてきていたが、そっち関係の情報を掴んだ事はないってぼやいてた」
「でも、隠されれば隠されるほど知りたくなるのがマスコミ根性って奴っすよね」
知られてはならない何かがあるのではないかと思うのは、当然だ。
現に、今その事実に気付いた俺ですら理由が気になって仕方がない。
「そういう事で、月影に興味を抱きだした神月君に新たなお仕事だ!」
「なんすか、その殴りたくなるくらいの憎たらしい笑みは」
白い歯が見えそうなほどの笑みを浮かべた上司に、俺は半眼したまま上司を見た。
こういう表情を浮かべた時は必ずと言ってもいいほど良くない話だと言う事は、既に経験済みだ。
つまり、今回の提案も碌な内容ではない。
「お前なぁ。もっと嬉しそうにしろよ。月影に一歩近づく為の美味しい仕事をやるって言うのに、ほれ」
そう言いながら差し出してくる書類を受け取り、俺はそれに視線を落とした。
「入居希望申込書? なんすかこれ」
「馬鹿者、経営者を見ろ」
そう言われて俺は書類の一番下に視線をやった。
月影カンパニー。確かにそこには、そう書かれている。
と言う事は、この書類は月影が経営している賃貸か何かの入居申込みなのだろう。
「月影が経営している下宿所だ」
「どこで、こんなの手に入れたんすか」
「たまに募集をかけているらしくてな。新聞社に勤めている奴から貰ったんだ」
「そんな簡単に手に入る割りには、今まで情報を掴んだ人間はいないんすね」
情報を掴んだ人間がいたら今頃周りに知れ渡っているはずなのに、それがない。ということは、誰もまだ情報を掴めていないと言う事になる。
俺がそう告げると上司はグッと口を噤んだ。図星だったらしい。
「他の下宿所に比べて取り分けそこは、条件が厳しいんだよ。俺の知り合いで入れた奴はいない。入れないことには、どうにも出来んだろう」
上司の言葉に俺は再度書類に視線をやった。
『一人一部屋、寝室・浴室・トイレ完備
入居半年間は、家賃無料
※ただし、入居条件として、男性であること、身寄りのない者である事
また、交通の便が悪いので運転免許証所持者であることを条件とする』
一人暮らしの男にとって家賃がタダになるのであれば、儲けものだろう。
「お前さんは男で両親は既に他界しているし免許も持ってる。条件にばっちり当てはまるだろう?」
「そうっすけど、受かるか分かんないっすよ?」
「何事もダメもとでやってみなきゃ分からんだろうが!」
「っ! 痛いっすよ! 何度も叩かないでください!!」
バシバシっと思い切り背中を叩かれ、俺は痛みに顔を歪めた。
「あの社長はそっちの気があるんじゃないかって噂もあるんだがな。男限定って事は、やっぱりそうなのかもなぁ……まあ、がんばれや」
「やっぱり止めていいっすか」
即答する。
そんな情報を聞いて、すんなり引き受けられるはずがない。それは嫌だ。
はっきり言おう、俺は女が好きだ。これから先もノーマルな人生を歩んで行きたい。
未知の領域など知らないで済むのなら、それに越したことはない。そもそも頼まれても知りたくはない。
「あ、それ無理。もう上に報告しといたから、これ決定事項」
「はぁ!? ちょ、俺まだ了承してないじゃないっすか!」
「了承してなくても上司命令だからな~」
「ひでぇっすよ!」
理不尽な上司の命令にブツブツ文句を言いつつも、結局、俺はその申込書を書く羽目になった。
そして、
『神月 陽 様
選考の結果、エデンへの入居を許可いたします』
俺の元に入居許可の通知が来たのは、それから一週間後の事だった。