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月と電波とスタンガン  作者: 椎名乃奈
第〇章 月と少女とプロローグ
5/58

【005】


 段ボール箱。


 その軽さ、その強度、その衝撃吸収性、その利便性などから、移動式簡易自宅になったり、潜入捜査の際にカモフラージュとして使用したりと、その用途の幅は計り知れないものがある。


 そもそも、段ボールは十九世紀のイギリスで流行していたシルクハットの内側の汗を吸い取るために開発された、と言うのはどうでも良い話。


 問題は、そこでは無いからだ。

 家に帰って僕は直ぐに気が付いた。

 むしろ、気が付かない方に無理があった。


 それは、圧倒的な存在感を醸しつつ、どこか違和感を覚えさせ――そして、静かな緊張感を演出していた。学校へ行く時には、無かったはずのものが、部屋の中央で恰もずっとそこにあったかの様な太太しさで、そこに鎮座しているのだ。


 そこまでいくと、気付けない方に無理がある。

 それが、段ボール箱だったのだ。


 始めは、家族からの仕送りでも来たのかと考えたが、そもそも家の中にあること自体が可笑しかった。だから、その考えは僕の頭の中から直ぐに消去された。家の扉や窓の鍵も完全に閉まっていた様子から、外部から侵入された可能性も極めて低い。


 それなら、一体どうやって。


 腕を組み、いつでも考え始められるような体勢を取ったものの、僕は一息つき考えるのを止めた。完璧過ぎる密室ミステリーが出来上がっていたこの部屋に対して、僕がどんなに考えを巡らせたところで、その答えが出るはずも無いことに気付いてしまったからだ。


 無駄な労力の削減だ。

 最早、エコロジーと言っても過言ではない。

 一つ、疑問を諦めたところで、もう一つ疑問を解きに取り掛かるとする。


 それは勿論、段ボールの中身だ。


 ただ、これだけの密室を作り出してまで、この段ボール箱を残していく必要があったのだろうか。しかも、僕の家に。これは、偶然僕の家に置いていかれたものなのだろうか。


 将又、僕宛てに置いていかれたものなのだろうか。


 どっちにしろ、部屋の中央でここの住人である僕よりも多くの面積を浪費しているこの段ボール箱の中身を開けて見なければ、いつまで経っても話が進まないのだから、さっさと開けてしまえば良い。


 ただ、それだけのこと。

 僕は、躊躇することなく普通に開けた。

 その中身を疑うことなく。


 そう思うこと自体、特段不思議なことでもなんでもない。

 むしろ、凡俗だと罵られても可笑しくない程に、日常の中で普通に在り溢れていることだ。それはそうだ。僕はただ、段ボール箱を開けただけなのだから。


 そして、僕は自分の目を疑った。

 疑わざるを得なかった。

 そうすることを強制された。


「えっ……」


 段ボールを開けたその中身が、まさかあの日出会った自身を宇宙人だと自称する一人の少女だと思いもしなかったからだ。僕は、自分の意思では無く反射的に小さく声を漏らしていた。


 この状況を瞬時に理解出来る程、僕の頭は柔軟には出来ていなかったようで、僕はその場でただただ固まっていた。何秒にも、何分にも、何時間にも、何日にも、何週間にも、何カ月にも、何年にも匹敵するような感覚的硬直だった。その硬直が解けると、僕に襲い掛かるのは疑問の嵐だった。


 何故、あの時の少女が僕の家に居るのか。

 どうして、段ボールの中にあの時の少女が入っているのか。

 どのように、少女は僕の家に入って来たのか。


 僕の思うところの疑問が疑問で更に上塗りされるように、それらが被せられていく。そもそも、何が可笑しくて、何が可笑しくないのかさえも分からなくなる程にその感覚は、鈍く、遠く、薄くなっていく。


 僕は、状況を整理する為にも一度段ボール箱の蓋を閉じ、今し方目撃したはずの有り得ない――いや、在り得て欲しくない光景から少しばかり遠ざかろうと、深呼吸をする。少なくとも、状況は変わりなくとも気持ちだけでも冷静さは取り戻せる。


 そして、ふと頭を過ることがあった。


 少し前のニュースで、自ら段ボールの中に入り込み、相手が段ボールを開けたと同時に飛び出し、プレゼントは私――的なことをやろうとして、通気口を開け損ねた性で死に掛けた、と言う事件があったような、無かったような。


 脳裏に最悪のケースが過る。


 まさか、夢なのか、現実なのかもはっきりしなかったような出会いで、僕に一目を惚れしてしまった少女が、あの手この手を駆使し、住所を突き止め、何らかのトリックを用いて、部屋に侵入し、僕を驚かそうとした愛の形がこれだったのだろうか。


 いやいや、頭を左右に振り、頭の中から掻き消した。


 だとしたら、密室で少女の入れられている段ボールが箱に僕の部屋に置かれていると言うことは、恰も僕がこの少女を殺したかのように見せる為の偽装工作と言うことは考えられないだろうか。


 無理矢理にでも、そういうことにしてしまえば、この有り得ない状況を自分の中でしっくりさせることが出来る。そうまでして、思い込む必要があるか、ないかはこの際問題では無いのだ。


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