【039】
「ゆんッ! 〝あれ〟出来るか……」
僕のその言葉に、ゆんは驚いた表情を見せた。
「まあ、やるのは構わん。じゃが――本当にやるのかや? コータとて無事では済まぬぞ。あれは、直接脳に神経伝達し、無理矢理に制限を外す、言わば禁術のようなものじゃ。それでもやるのかや?」
「今しかないんだよ。このまま、夏目だけに頼るわけにはいかない」
僕の真剣な思いをゆんへと伝える。
「そうかや。なら、後のことはコータに任せるぞ。ボロボロになっても、介護くらいはしんす。じゃから、思い切りやるのじゃ。いくぞッ!」
「ああ、そん時は頼むッ!」
ゆんは、スタンガンの電源を入れた。
そのスタンガンの輝きは、幽霊を見る時に使った輝き方とは明らかに違っていた。輝きと言うより、煌めきや閃きとも見て取れる稲妻は、どこか僕達の思いに呼応しているようにも見えた。
そして、ゆんは僕の腹を目掛けスタンガンを突き刺した。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
尋常ではなかった。
常軌を逸していた。
徒ならなかった。
自分で自分の体の異変を感じることが出来た。それは、異変なんて生易しいものでは無い。異様で、奇怪で、奇異で、気違いじみていて、気狂いしていて、常識外れそのものだった。
人間が最大筋力値の二割程度しか使っていない――なんて学校で教わった時は、絶対に嘘だろうなんて思ったものだが、こうして制限を解除して初めて分かった。先生の言っていたことは正しかったんだな、と。
それに、人間が二割程度の力しか使えないんじゃない。二割と言う制限を超えてしまうと、人間そのものが壊れてしまうんだろうな。こんな時にでも学ぶことがあるだなんて不思議なものだ。
けれど、僕にはやらなくてはならないことがある。
僕はゆっくりとしゃがみ、両手の指を地面に着け、足を一足長半の位置に置き、腰を上げ静止し、クラウチングスタートの姿勢を作った。疾風の如く駆け抜ける。迅雷の如く駆け抜ける。怒涛の如く駆け抜ける。
はずだった。
制限解除した僕の体は、僕の言うこと聞かなくなっており、一歩目を踏み出した瞬間、前のめりになったまま加速し、止まらなくなった僕の足は更に加速を続け、転がるようにして天狐の前に辿り着いた。
「曲芸か、何かかな? だとしたら、お金を払ってまで見る価値は無いね」
天狐は、あははと笑う。
天羽と同じように。
天羽と同じ顔で。
「クソッ!」
僕は直ぐ様立ち上がり、握り拳を作った。その拳を天狐へと思い切り、振り抜きたかったが、どうしても心の奥底で、天羽と同じ顔を殴ることを躊躇ってしまう。
当然、迷いのある僕のパンチは当たるはずも無かった。夏目の攻撃ですらかわされてしまうのだから、そんな僕の攻撃が当たるはずも無い。
それどころか。
制限解除の影響か、迷いのあるパンチですら肩や肘の関節が軋み、大きく負担を掛けていた。もし、思い切りのパンチを放てば、僕の体はそれに耐えられないだろう。それは承知の上だったはずだ。
そのはずだったのだが。
ここまでものとは、思ってもいなかった。
「御門君、喧嘩したことないね」
そして、僕のパンチを避けたと同時に、僕の額を目掛け中指を親指で押さえる仕草を見せ、次の瞬間、親指で押さえられていた中指が弾け飛ばすように僕の額を目掛け――デコピンが飛んで来た。
たかがデコピンだ。
しかし、僕はそのたかがデコピンで激しく突き飛ばされた。デコピンだと分かっていなければ、デコピンなんてレベルのモものでは無かった。言うなれば、木製バットを額に向かって振り抜いたようであった。
一応、ゆんのスタンガンで制限を解除している性か、反射神経も向上しており、多少なりとも反応が間に合い、軽減することが出来たが、まともに喰らっていたなら、相当危険だっただろう。
倒れ込む僕の元に、天狐はゆっくりと歩み寄って来る。
「一つ聞きたいんだけど、御門君達は天羽耀子を助ける為に、こうして私と戦っているのかな? だとしたら、それは天羽耀子を苦しめているだけだから、止めた方が良いと思うよ?」
「どういうことだ?」
正直、言葉を発するのも厳しい状況だった。
「考えたはずだよね? 運動にも勉強にも才能にも溢れる天羽耀子が、何故才能に秀でる人を襲い続けているのかってね」
「それは……お前が天羽の体を使って、そうしているだけだろ……」
「そうだね。そうに違いないけど、そもそもの根底が違うかな。私が人を襲い続けていたのは、天羽耀子がそれを望んでいたからだからだよ」
「天羽が……望んだ?」




