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月と電波とスタンガン  作者: 椎名乃奈
第〇章 月と少女とプロローグ
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【001】

 月からやって来た宇宙人だと自称する電波的な少女と出会ったのは、とある満月の路地でのことだった。はっきり言って、その出会いは事故だった。僕から言わせれば、運命的でも、合理的でも、ましてや友好的な出会いなどでは決して無く、強いて言うならば、それは押し付けられるような、一方的な出会いだったと言わざるを得なかった。


 月夜に輝く、長い髪。

 どこか遠くを見つめているような寂し気な蒼い瞳。

 透き通るような肌に、白いワンピース姿。

 カラン、カランと懐かしい音が響き渡る便所サンダル。

 そして――バチバチ唸りを上げるスタンガン。


 僕は夢を見ていたのだろうか。そう自身を疑いたくなる光景が目の前にあった。だけど、これが夢じゃないと言うことぐらい、僕自身が誰よりも一番良く理解出来ていた。それでも、そう疑わざるを得ないくらい、僕にとって非日常的な光景そのものだった。


 なんだってこの少女は、スタンガンなんて物騒なモノを手にしているのだろうか。本来の用途からそれを考えるのなら、護身用と言ったところなのだろうけれど、この辺一体が物騒ではないと完全に否定することは出来ないが、それでも変質者が出ると言った話や、誰かが事件に巻き込まれたなんて話は、過去に一度も聞いたことが無い。


 一度も、だ。


 それなら、尚更何故そのようなモノを持ち歩いているのだろうか――と、そんなことを考えたところで、その答えは見つかるわけもない。そもそも、そんな問い掛けを少女に投げ掛けること自体、何か可笑しいのではないだろうか。


 僕の中に眠る普通と呼ばれる感性がそう呼び掛けていた。


 だけど、何故だろう。

 月と少女とスタンガン。


 僕は、この月と少女とスタンガンという非日常的な光景を目の前にして、目を奪われていた。僕には、取り分け秀でる美的センスというモノを持ち合わせているはずも無いのだが、普段相容れぬモノ同士の美というモノなのだろうか――それが、美しいモノである、そう感じていた。


「今夜は、月が綺麗よのう」


 少女は、聞き慣れない口調で、スタンガンをバチバチと唸らせながら、月を寂しそうな青い瞳で見上げていた。月の光に照らされた少女は、触れてしまうと消えてしまいそうなまでにどこか儚く、どこか幻想にも似た美しさだった。



「君は一体……」


 僕のその問いに対して少女は、


「わっちは、地球からおよそ三八万四四○○キロメートル離れた月からやって来た――主達地球人が言うところの宇宙人じゃ」


 少女はそう言った。

 さあ、困った。


 何を言い出すかと思えば、自分は月からやって来た宇宙人であると、月を掴もうと手を広げながら言うではないか。


 まさか、本気で言っているわけじゃないだろうな。もし、本気で言っているのだとしたら、僕はこんな辺鄙な路地で、異星間交友を果たしてしまったと言うことなのだろうか。


 まさか、な。


「コータ」


 僕は驚いた。

 それも素直で純情な感情で。


 僕の記憶に間違いが無ければ、僕と少女はたった今知り合ったばかりだ。そのはずだ。そうでなければ、僕は相手の顔も名前も忘れてしまった失礼な人になってしまうではないか。


 しかも、少女は恰も僕のことをずっと前から知っていた様な雰囲気を醸しつつ、呼び慣れたように僕の名前を呼ぶ。そんなに親し気であるなら、どうして僕は少女の顔も名前も知らないのだろか。


 そう疑問に思ったところで、少女がスタンガンを手にしていた理由を考えたところで分からないのと同じに、少女が僕の名前を知っている理由を考えても、僕が少女の顔も名前も忘れてしまっている答えにはならないのだ。


 つまるところ、分からない――と言うことだ。

 少女は、コホンと小さく咳をする。

 そして、


「ありがとう」


 そう言い放ち、小さく笑った。


 見ず知らずの僕に対して――いや、正確には僕が見ず知らずなのだが、この際どちらでも構わない。その僕に対して、少女はお礼を言った。勿論、僕は何も知らないし、何もしてなどいない。


 恐らく。


 けれど、その一瞬見せたかもしれない少女の笑顔は、全ての始まりを告げるプロローグだったのではないか――そんな気がしていた。


 もしかしたら、僕の気の性かもしれない。それでも、月からやって来た宇宙人であると自称する電波的な少女との遭遇に心を奮わせていた。これから何かが始まるのではないか――そう思わずにはいられなかった。


 それを僕は、この少女との出会いで感じたのだ。

 もしも、それが気の性だとしても、それはそれで良かった。いざ、これから何かが起こったとしても、それを僕が許容出来るかどうかと言うことは、それはそれでまた別の話だからだ。


 そして、僕は目を開けていられない程の眩い光に包まれた。その光の先へと引き摺られ――世界から吐き出されるようにして、瞼を開けた次の瞬間、よく見知った天井の下で――僕は目覚めた。


 まるで、初めから何事も無かったかのように。


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