自殺した魂の行く末
試合が終了し、選手同士が握手を交わしている。県大会優勝、それは俺の人生の中でも最高の栄光であり最高の思い出だ。またこの瞬間が見れるとは思わなかった。この試合の勝利といい、過去へ戻れたことといい、案内人には感謝の気持ちでいっぱいだった。
「存在してもしなくても、それはどうでもいい。ありがとう」
自然と、自分でもこんなに素直になったのはいつぐらいぶりだろうと思うぐらい久しぶりに口から感謝の言葉が出ていた。
思えば、高校卒業したあとは浪人しても大学に受からず諦めて、22歳のこの年齢までフリーターをしていた。
とくに目標も無くただ淡々と。そんな諦めの日々を送っていたからだろうか。何にも感謝していなかったような気がする。生きることにさえも。
「わ、私は大したことしていません」
案内人は顔を赤くして照れている。やっぱりこの娘はまだ高校生ぐらいだ。大人びたように見せても幼さがこういう時にでてしまうんだ。可愛いもんだ。うん。
「生前ってことは、おまえも魂なのか?」
「そうですね、そういうことになりますね」
案内人は歯切れ悪くそう言った。魂とは少し違いがあるような含みを持たせているように。
「あのノート、かなり相手チームを分析してあったけど、分析自体もおまえがやったのか?」
「はい、相手校の練習試合や他校との公式試合を全て見に行って自分なりにまとめてみたんです」
「そこまでしたのか。あと気になるのは『あなたの動きは相手チームに完全に分析されています』って書いてあったけど、なんであんなこと知ってたんだ?」
「それは、その、私の父が相手校の監督で……家で楠さんのことをもう完全に見切った、と言って私を……」
「私を? おまえをどうしたんだ?」
管理人の親父が相手校の監督だったというのも驚きだったが、そのあとの「私を」のほうが気になる。
というより、心配だ。今、魂の状態だから心配も何も無意味か。
「無意味なんかじゃありません。嬉しいです」
案内人はそう言うと嬉しそうに、でも寂しそうに笑顔になった。
そして彼女は語り始める。
「私の生前の名前は神崎美雪です。兄弟は居なくて私は一人っ子でした。父は私が三歳の頃に病気で死んでしまって、母が女手一つで私を育ててくれたんです。でも、私が高校に入学して三ヶ月ぐらい経った頃に再婚したんです。その再婚相手が楠木さんの相手校の監督だったんです。
私と母との生活に新しい父が加わった生活はどうにも違和感がありました。私には赤の他人としか思えなかったんです。その気持ちがあの人にもわかったんでしょう。あの人は日を追うごとに私を虐待するようになっていきました。顔は殴ったりすると目立つからそれ以外の部分を。後ろから背中を蹴られたり、腕に煙草を押し付けられたりしたこともありました……。楠木さんを見切ったと言ったあとも、やっぱりいつものように――」
「おまえの母親はどうしたんだよ?なんとかしてくれなかったのかよ!?」
「母は……恐かったんだと思います。言い方は悪いですが、見て見ぬふりでした。でも仕方なかったと思います」
「おまえ、よくそんな状態で高校に通ってたな」
「高校ニ年になってすぐに自殺しちゃったんですけどね……。学校の屋上から飛び降りたんです。もう、耐えられなくて」
おそらく俺が地元を離れ一人暮らしをしながら受験勉強の毎日だったころの話だろう。ニュースなんかも全然見てなかったし、地元の高校でそんな自殺騒ぎがあったなんて今まで知らなかった。もし地元にいたなら知らないわけが無い。
「辛かったんだろ……」
「そうですね。で、その自殺の結果がこれです。案内人」
「え?」
「自殺した者の魂は、魂の案内人をやらなければならないんです。それが決まりなんです。色々な魂を見て学べと。神様は仰っていました」
「そうだったのか」
虐待で傷ついた挙句の自殺。
その後はあの世にも行けず生まれ変わることもなく魂の案内人をしている。
どういうことだよ。あんまりじゃないか。
「私なら大丈夫です。今の私には心の支えがあるから。その、あの」
心の支え、それにこの困った表情……あ!
「おい、まだ時間あるよな?」
「時間?」
「死人の権利が使える時間だよ!」
「え、は、はい。あと10分ほどですが。」
「よし。ええとあれはたしか大学受験の前日だったはずだ」
「……!」
案内人はあからさまに驚いてみせた。
やっぱりな。でも一応見ておかなくては。それに謝らなきゃならねえしな。
「俺の大学受験前日へ連れてってくれ、場所は俺んちの前だ」
「ほ、本当に行くんですか?」
「もちろん」
案内人、いや、美雪は手を差し出した。俺はその手を握る。その手がわずかに震えた。おい、何緊張してんだよ俺は。これはシリアスな展開なんだぜ?
美雪が光だし、景色が歪み始め一瞬にして体育館を付きぬけ空高く飛び上がった。
なんだか光が少し赤いようなのは気のせいだろうか。美雪が顔を赤らめたままだからかもしれない。ふと、そんなことを思った。