試合に勝てた理由
大きな声援で、はっと目を開けた。
ここは県大会の会場となっている体育館だ。それぞれの高校の応援へ駆けつけた人々で客席がかなり埋まっていている。
今、俺達がいる位置は選手のベンチ。
コートを見てみると、俺の高校と相手校の試合が繰り広げられている。ボールは相手校が持っており、パス回しをしつつゴールへと接近している。
と、そこへ俺が相手のパスをカットした。そしてドリブルで敵チームの選手を次々と抜いていく。
俺はとにかく攻めて攻めて攻め抜くオフェンスだったのだ。そうやってゴールへ近づいていきレイアップシュートをした。さっき見た練習と同じ、きれいなフォームだ。だが、相手チームの身長が190センチはあろうかというほどの長身の男に阻まれシュートは決まらず。
「楠木くーん!」
「え?」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえるほうを見てみたら、選手のほうの俺に向かって声援を送っている女子達だった。
今の俺からは到底信じられないが、当時の俺は人気があったのだ。なんせエースだったからな。まあ、過去の栄光だ。
……え。
あれは……。
声援を送っている女子達の中に案内人がいた。
女子達の端のほうで控えめにちょこんと座っている。それだけなら別に問題ない。おかしいのは、彼女が制服を着て他の女子と一緒に応援していることだ。
横を見ると案内人がちゃんといる。女子高生バージョンの案内人と同様に試合を真剣な目で追っている。
「おい、なんであっちにも案内人がいるんだ?」
俺がそう言うと、案内人は女子高生バージョンの自分のほうを向いた。案内人の顔を覗き見てみると、まるで瞬間冷凍された冷凍人間の如く凍りついた表情をしている。
「お、おい。大丈夫か?」
「え? あ、はい……」
「だから、なんで案内人があっちにもいるんだよ?」
「それは、その、ええと……」
物凄く困った顔をしている。最初にあった時の冷静さはどこへいったんだ。そういえば、こんな風に困った顔をしたこの顔を、以前にも見たような気がする。
でも、いつ、どこで見たんだっけな。
「おおおおお!!」
観客がまた声援をあげた。どうやら俺の高校が得点を決めたらしい。ただ、勝ってはいない。
負けている。負けの原因は二つあった。まずは俺の遅刻……。俺は188センチの長身を活かし、いつもリバウンドを確実に取って得点のチャンスをもぎっていた。しかし、県大会決勝のその日に限って寝坊してしまったのだ。昔から緊張感が無かったんだ俺は。
もう一つはさっき俺のレイアップシュートを止めた相手チームの巨体野郎。でかいくせに動きが早かった。残り時間は三分。
大丈夫、俺がいるんだから。
それに……あ!そうか!
「案内人、あんたは俺に相手チームを分析したノートをくれた娘だろ?」
「……!」
案内人の顔に驚愕の色が広がった。口をぱくぱくと開けるが、言葉にならず空気の断片めいたものを発することしかできていない。
どうやら俺の言ったことは見事に当たったようだ。
今の案内人が誰だかよくわからないが、女子高生のほうの案内人のことなら多少は説明できる。
県大会決勝戦の2週間ぐらい前だっただろうか。
練習が終わり、家に帰るところを知らない女の子に声をかけられたのだ。それが女子高生バージョンの案内人だった。
知らないとはいえ、うちの高校の制服を着ているから、それほど焦らなかったけど。彼女はひどく緊張した様子で、俺の目を見られないでいた。
「俺に何か用なの?」
「あの、その……はい!これ!」
彼女は俺に一冊のノートを押し付けてきた。
「え? なんだよこれ……あ」
彼女は俺にノートを押し付けるなり、一目散にその場から走り去ってしまった。きっと追いかければ追いついただろうけど、俺はただその場に起きたことが理解できずにただ呆然と立っているだけだった。
家に帰ってそのノートを開いてみると、決勝戦で戦う相手チームの選手の分析をしたデータが記されていた。
そういったデータならバスケ部でも分析しているのだが、俺はあまりデータに固執しないで、自分のプレイスタイルを貫いていた。
しかしそのノートは部活での分析よりさらに細かいデータだった。細かいデータだからといっても俺は全然参考にしなかったけど。その時は。
「あんたのノートのおかげで勝てたんだよ、この試合」
「え……」
「おおおおお!!」
またも客席から歓声があがった。
俺が相手チームの放ったシュートのリバウンドを取ったところだ。ここからドリブルし、相手チームの選手を次々と抜いていく。
が、最後の選手だけはどうにも抜けない。鉄壁のディフェンスとでも言うべきか。あの巨体野郎だ。
肩幅も半端じゃなく広い。そのうえ大きい図体のくせに素早く動くから厄介だ。それとこちらの動きを読んでいるかのような動き。まるで俺の動きが分析されてしまっているようだ。
スリーポイントシュートを狙っていきたいけど、この選手に阻まれている間に、抜いていった選手が戻ってくるという悪循環。
なんということだ。と、その時は思っていた。
しかし俺はその時、ノートの最初のページに書いてあったことを思い出した。
あなたの動きは相手チームに完全に分析されています
そうか。あれはデマでも嫌がらせでもなく本当のことだったんだな。
それで俺のためにノートを書いてくれたんだな。
相手チーム、相当俺のことを研究しやがったんだ。
上等だ。だったら、今までにないプレイをすればいいだけだ。
そして俺は鉄壁野郎がいるところへ無理やりシュートをしかけたんだ。当然、鉄壁野郎はその動きに反応した。いつもだったらこのまま無理やりシュートをしかけているところだが、その時は違った。
ゴール右側にいる味方にボールをひょいと軽くこぼすようにパスした。
相手チームにとっては、当然このプレイは想定外のものであり、引っかかった。味方は俺のパスを受け取りシュートを放った
決まった!
相手チームは俺の過去の試合全てを洗いざらい調べ上げ、俺がオフェンスの鬼であるという強力であり、また弱点でもあるところをついたのだ。
こいつは決してパスしたりしないと。
あくまでも自分一人で試合を運ぶつもりだと。
悔しいけれど、当たっている。
その後はオフェンスとパス回しを混ぜこぜにし、相手の分析を翻弄させて最後は勝った。
あのノートのおかげだ。それと何よりも、女子高生案内人がいなければ負けていただろう。
よかった。やっと思い出した。
でもまだ案内人と女子高生案内人の二人が存在しているわけがわからない。
「存在しているんじゃないんです。あれは生前の頃の私です」