高校時代へ
高速移動が終わったようだ。
目を開けてみると、目の前に広い校庭が広がっていた。
校庭の向こうには校舎があり、正面から校舎を見て右の方向に体育館がある。
校庭をぐるりと囲むように桜の木が植えられている。満開になった春はそれはとてもきれいなものだ。花に興味の無い俺でもそう思う。
高校の入学式の日は、その桜を見てこれから始まる高校生活がどんなものになるかと、期待に胸を膨らませたものだ。
間違いない、俺が通っていた高校だ。しかもさっきまで夜だったのが、今は昼間だ。校舎に付いている時計の針は午後3時半を指している。
太陽が照っていて眩しい。これはタイムスリップしたっていうことだろう。
「じゃあ帰りましょうか」
「え?」
「もう高校見れたんですし、帰りましょう」
案内人は素っ気なくそう言った。
さっきは可愛かったってのに、今はどうだ?
このリアクションはまるで、付き合ってる彼女に「太った?」って言ってしまった後にしばらく続くあの素っ気なさと同じじゃないか。普通は素っ気なくなる前に、それ相応の怒りがあるのだけど。俺にはその原因に心当たりが全く無い。
「おいおい、俺は自分がバスケをしているところが見たくてここに来たんだよ。高校の校舎見たさに誰が過去まで来るかよ。丁度練習している時間帯だと思うし、体育館へ行くぞ俺は」
俺はそう言うと体育館のほうへと進んだ。魂の状態での移動の仕方はなんとなく掴んだぞ。
「あ、ちょっと、もう、待ってくださいよ!」
案内人も俺の後に続いた。
体育館に近づくにつれて、ドリブルしているダムダムという音、ゴールのボードにボールが当たる音、掛け声、そして掛け声の中に自分の声が漏れ聞こえてきた。
どうやら本当にタイムスリップしたようだ。
体育館へは壁をすり抜けて入ることができた。なんてったって俺は魂だ。うん。別に嬉しくないけど。
「ダッシュ!」
掛け声が耳に響いた。どうやらランニングの最中のようだ。
俺はどこだ……いた!
汗を流して走っている。なんだか気持ち良さそうだ。髪型もすっきりしていて、短髪で軽く立てている。
すっきりしてるなあ俺。
ちなみに今の俺の髪型はというと、短髪とは対照的なロン毛。それも髪がただ長くなっただけのものなので、どこぞの芸能人なんかのそれとは比べ物にならないほど見苦しい。
と、そこへ案内人も壁をすり抜けてやってきた。よく考えたら始めからここへ連れ来てくれればよかったんだ。ただでさえ一時間という制限があるのだ。移動したり壁すり抜けてる時間なんて余裕は無いはずだ。まったく。
「楠木さん、勝手に移動しないでください」
「何言ってるんだよ、俺はタイムスリップする前にバスケをしている自分が見たいと言ったはずだぞ。だから体育館に移動したんだ。何か問題あるのか?」
「な、ないですけど……あ」
「ん?」
案内人の目線の先を見ると、過去の俺がいた。
シュート練習に移行したようで、丁度俺がレイアップシュートを決めたところだ。自分で言うのもなんだけど、きれいなフォームだ。無駄がない。ジャンプ力も申し分ないし、完璧だ。
「俺、バスケ上手かっただろ?」
「……」
案内人は俺の問いかけを聞いていないのか、ぼうっとしている。
「おい」
「……」
「おいったら! 案内人!」
「へ? あ、はい……な、なんでしょう」
「もういいよ」
俺は職務放棄した駄目案内人を放っておいて、自分の練習している姿を改めて眺めた。まだシュート練習をしている。周りを見ると、懐かしいチームメイト達も活発に練習している。
皆、生き生きしている。フリーターになっちまった今の俺とは大違いだ。
ずっと見ていたい気もするが時間が無い。
「案内人!」
「……は、はい、なんですか?」
まだぼうっとしてたのか。
「残り時間はあとどれくらいだ?」
「ええと、あと33分です。」
33分か。
俺は思った。練習よりも試合が見たいと。
そしてどうせなら自分が一番輝いていた頃の試合が見たい、と。
「県大会決勝戦の時へ行くのですか?」
また心を読みやがったのか。まあ言う手間が省けるからいいけど。まさかさっき俺が案内人を可愛いと思ったことなんかも読み取ってしまっているのではないだろうな。
「ああ、頼む」
「……わかりました。では」
案内人は手を差し出した。その手を握る。周りの景色が歪み始め、そして俺達はまた光の矢となり高速移動を開始する。
時間を、空間を越えて。




