二つの権利
「名前はなんていうんだ?」
「名前……ですか?」
「そうだよ。おまえの名前だよ」
「案内人に名前はありません」
案内人はどこか遠くを眺める目をして答えた。
「で……俺はどうなるんだ?」
「私が案内をします。まず死んだらどうなるのかご説明します。」
死んだらどうなるか、か。
俺はまだ22歳だってのに。あそこにボールなんて無ければ……。そもそもバスケなんてやってなければ。
「そんなこと思わないで!」
いきなり案内人が怒声をあげた。凹んだり暗くなったり怒ったり、本当になんだというんだ。意味がわからない。
案内人は顔を赤くして怒っていたが、すぐに困り顔に変わった。
「す、すいません……今の楠木さんの状況とこれからどうするのかを説明します」
ああ、そうしてくれ。この無重力状態は居心地が悪い。重力を感じながら生きていたほうがずっと気持ちがいいよ。もうそれは叶わぬ願いなんだろうけど。
「まず、先ほど申し上げたとおり、楠木さんはトラックに撥ねられて亡くなりました。運転手は車から降りもせず逃げました」
「ひき逃げされたのか、俺」
「はい、しかしトラックの運転手が捕まるのは時間の問題でしょう。車は凹んでいるうえに、あなたの血液が相当量ついていますから目立ちます」
「わかったから。トラックについた自分の血液のことなんて知りたくないよ。で、俺はこれからどうなるんだ?」
「まず、死人になったあなたは、次の二つのことができます」
1、会いたい人の所へ行ける
2、自分が生きてきた年数分だけ過去へ行くことができる
「これは死人に与えられた権利です。ただし一時間の間だけです」
「一時間経つとあの世にでも行くのか?」
「いえ、あの世に行くかどうかは神様が判断なさいます。そのため、一時間経つと神様のところへ向かいます。すぐ生まれ変わるかあの世へ行くか……です」
「カミサマ……本当にいるんだな」
「はい」
死人に与えられた権利。最後に望みを叶えてあげましょうってこと?
そうだな、そう解釈するしかないよな。
「どうなさいますか?」
「会いたい人とは話せるのか?」
「残念ながら話せません。私達の姿は生きている人には見えてませんから」
「そうか……でも、それでも最後に一目会っておきたい人がいるから、その人の所へ行きたい」
「どなたのところですか?」
「……彼女の所へ」
そう、俺には彼女がいる。名前は千夏。今年で二十歳になる大学二年だ。俺のバイト先はレンタルビデオ店なんだけど、そこで知り合った。
彼女は映画が好きという理由で、俺はそこが家から近いという理由で働いていた。彼女は背が小さく150センチくらいで、明るい髪色をしたショートボブの髪型をしている。小さいせいか抱きしめるたびに、潰れてしまうのではないかと変な心配をしてしまう。でも、そういうところが可愛く思えて好きだったりするのだ。好きと心配は表裏一体だ。
性格は控え目な感じで、優しい。料理がとても上手くて、いつも俺の腹を満たしてくれる。もう食べられないけど。
「やめたほうがいいですね」
案内人は切り捨てるように言った。
「は?」
「会うのはやめたほうがいいです」
おいおい、何をこの案内人は言っているんだ。彼氏が一目彼女に会いたいと言っているんだぞ。最後に会いたいと言っているんだぞ。
「どうしてだよ、死人の権利じゃなかったのか?」
「そ、それはそうですけど」
「じゃあ俺は彼女に会いに行く」
「……わかりました。では私の手を握ってください」
「こうか?」
俺は案内人の手を握った。次の瞬間、強風に吹かれ体ごと吹き飛ばされた感覚が俺を襲った。
凄まじいスピードで移動している。風で目を開けていられない。それでも右目だけ微かに開くとができた。
案内人が光っている。きっと俺達は光の矢のように見えるはずだ。神秘的だ。もちろん実際には誰の目にも見えないけれど。