あなたは死にました
気持ちいい。まるで無重力だ。体の重さがまるで無いみたいだ。俺は経験したことの無い気持ち良さに身を任せきっている。
……。
いや、「みたいだ」でもなく「まるで無重力だ」でもない。俺の体は浮いてしまっている!どうしたというんだ。何がどうなってこうなったんだ!?
周りを見渡してみると、住宅街のせいかしんと静まっていて、明かりはほとんど消えてしまっている。街灯がぽつぽつと、まるでニキビのような出来具合で点いているぐらいで暗い。
俺は今どのくらいの高さ浮いてしまっているのだろうか。そう思い、下を向くと、交差点の真ん中で誰か人が倒れている。頭から血を流して、右腕と両足が奇妙な曲がり方をしている。
「あの人はあなたよ、楠木修司さん」
思わず「ひっ」と驚いてしまった。こんな高さに人がいるわけがない。それを言ったら俺は何なんだということになるだろうけど。いや、本当に何なんだろう。
振り向くと、ピンク色のスカートとジャケット、手には白い手袋というバスガイドのような格好をした 女の子が立っていた。
いや、浮いていた。
高校生ぐらいだろうか。大人びがかった顔にわずかながら幼さが見え隠れしている。髪型はロングで、暗いせいでよく見えないが、少し茶色のようだ。
空飛ぶバスガイド。
俺の頭の中でそんな単語がふっとよぎった。右手に見えますのが、痴漢が出没する危ない住宅街でございます、と言ってくれはしないだろうか。
それにしても……あの死体が俺?
「え……」
俺が空飛ぶバスガイドのほうを向いたら、彼女は少し驚いたようだ。目を見張り、表情を強張らせたのだ。
ただ、それが僕が浮いていることに驚いているわけではないのは確かだ。何せ彼女は空飛ぶバスガイドなのだから。バスは見当たらないけれど。
彼女は急いで小さな手帳を確認し、俺の顔を見比べている。驚いた表情がより一層色濃くなったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「あなたは死にました、楠木修二さん」
空飛ぶバスガイドは簡潔に述べた。
この娘は何を言ってるんだ。
俺はここにいるじゃないか。
この空飛ぶバスガイドといい、今の俺の状態といい、これは夢だ。
きっと飲み過ぎたんだ。
ああそうだ、思い出してきたぞ。
俺はバイトが終わったあとに、バイト仲間達と居酒屋に飲みに行ったんだ。店員が可愛い娘で、誰か声をかけろよ、と皆で言い合い、結局声をかけたのは「生三つと枝豆」だけなのだから、俺達は度胸のないただのフリーターなのだろう。
あれ、でもおかしい。飲んだのは生ビール一杯だ。俺はその程度で酔っ払って寝てしまうような下戸ではない。
それに皆、金があまり無いということですぐに帰ったんだ。その後、いつものように暗い住宅街を歩いてアパートに帰ろうとして……。
「あなたはなぜ走っていたのですか?」
「走っていた?」
「そうです」
走っていた?
俺が?
……そうか。そういうことか。
俺は全てを思い出した。思い出したからと言って、今のこの状態は理解できないけど。