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夜鳴きジョー  作者: hsgwwr
8/23

中学生、思春期。

多くの男の子は最も忘れたい、青臭くて恥ずかしい時期だろう。

多感でデリケートな時期だ、全身が鋭いナイフ…ブルーハーツの歌かのように、全員が尖り、または影に潜む。


中学の頃、俺は暴力の味を覚えた。

人を殴るたび、胸の奥の“穴”が少しだけ埋まる気がした。もちろん気のせいだった。寮母に頬を叩かれ、更生院に入れられたとき、自分の愚かさよりも"父"も"母"もいない。“誰も救ってくれない”現実のほうが辛かった。


だがそこで、初めて知った。

俺は、思っていた以上に“素直な人間”だったということを。

そしてそれが、祓師の適性を示していた。


更生させようとする大人たちに囲まれて、そこで絆された。

自分の歪みを自覚した。


周囲の「尖った」連中に院内では目をつけられ、イジメの対象になった。


ここで、暴力ではなく、言葉で人を導きたい。

言葉で人を救いたい、と生意気にも思ってしまった。

言葉の力が暴力を凌駕すると信じ、高校では仏教を選び、大学では宗教学に進んだ。


しかし、信じられるものはなかった。


教授は言った。

「信じることが救いだ」

その目には何の光もなかった。

講義ではただ構造と論理が並び、神はどこにもいないまま、ただ紙の上の記号として消費されていた。


──信じられないのなら、いっそ全部捨ててしまおう。


そう思っていた矢先の、ご老人(師)との出会いだった。


それを境に、俺は寺に通い、祓師としての修行を始めた。

戒律は厳しく、老人は優しくも容赦がなかった。


「戒律を守れ。だが、戒律に溺れるな」

「お前は祈りを知らぬ。それがゆえに強くなれる」


何もかもが新鮮だった。

悟りというものが自分の中で芽生え始めた、それが大学3年生の秋。


21歳の秋だった。

大学との両立は苦労した、修行は日に日に苛烈さを増していった。


周囲が就活を始める中、俺は一人、師の元で修行を続けていた。


そこで、五つの木製の戒輪を渡された。

戒律が俺に"力"を与えてくれるものだった。


『破』『輝』『空』『縛』『滅』


いずれも、妖の類から俺を守るための"力"だった。

そう、天狗を祓うための力。

"武器"ではなく、"境界"。


高尾山、薬王院にあるしめ縄のほつれから天狗が街へ飛び立つ。

それを祓う。

俺のアルバイト、就職先は、『祓師』。

大学を出る直前に、師に促され、高尾の麓に…あの山門に、新しく部屋を設けてもらい、夜の八王子を師とほぼ毎晩歩くようになっていた。


そうして、大天狗・薬王と出会い───師は命を落とした。

命を賭して、俺を逃した。


───「ジョー……戒律は、お前を守るためにある。だが……壊してでも守りたい者が現れたら──迷うな、それも、力になる」


その言葉が、呪いになった。


俺は戒律を破り始めた。

意図した部分も、意図せず破戒したこともあった。

救えなかった痛みを埋めるために。

破戒するたび、力は鋭くなり、身体は壊れていく。


元々アクセサリー好きな俺は、木製のリングに物足りなさを感じていた。

それでいて、俺が戒律を破るたびに、木の脆弱さを感じていた。


キリスト教も学んでいた俺は、西洋でシルバーが意味する神聖さも理解していた。


木製のリングから、シルバーのリングに変える。

これも、ある種の破戒だった。


───外すな。

───それは"境界"だ。


師の声ではなく、戒輪そのものの声が、骨の奥に響いた。

幻聴ではない。

戒輪は生きていた。


震える息を吐き、輪を指で掴んだ。


次の瞬間だった。


皮膚が焼ける。

骨がきしむ。

指の内部で、何かが暴れている。


戒輪が指に食い込み、肉を削りながら抵抗した。

抜けまいとする意思を持っているかのようだった。


俺の指の中で戒輪が生き物のように暴れた。

「…邪魔すんなよ。おまえじゃ、誰も護れねぇんだよ」


指を強引に捻った。

爪が根元から浮き、血が滴り落ちた。

金属が肉を裂きながら、ずるり、と半分ほど抜けた。


その瞬間、戒輪が叫んだ。


──戻れ。戒を破るな。おまえは僧ではなくなる。

「それでいいんだよ…」


俺の肩が痙攣する。

吐き気と眩暈が同時に襲う。

胃液が込み上げ、地面に吐いた。


だが、手は止まらなかった。


戒律は破れた。

護るために。

壊れるために。


背中の骨が鳴り、皮膚の下で何かが蠢き始めた。


そうして、集めたアクセサリーの一つ一つに祈りと、忠誠を捧げることを誓い、裂けた指にシルバーのリングをつけた。


これで護る。


そう思った矢先だった。


片想いしていた女の子が、天狗が体に憑依し、俺の慣れないシルバーのリングは天狗を上手に祓えず、喰われた。

俺の、目の前で。


───俺が彼女を初めて見たのは、大学の講義棟の階段だった。

長い黒髪が揺れ、ノートを抱え、誰より静かに教室を出ていく姿。

ただそれだけなのに、胸を鷲掴みにされた。


話しかけた時、彼女は少し笑ってこう言った。

「今回のレポート、難しくないですか?神さまって…いるんですかね」

「さあ。俺にもわからない。ただ…視えたら楽かもしれないよねー」


俺は冗談めかして、

「君、ちょっと、いや綺麗すぎて、神より信じそうだわ」

と茶化した。

彼女は少し引きながら笑っただけだった。


触れたら、壊す。

だから、エロい冗談で俺から遠ざけるように、促した。

それでも、親睦は深まっていくばかりだった。


「俺の方が体デカいし、筋肉もある。俺の方が胸デカいんじゃない?」

と、飲みの席で冗談めかすと彼女はケタケタと笑って「サイテー!」と罵った。


本当は、護りたかった。

触れたい以上に、触れられない存在に思えた。


彼女が何に妬いたのか、怒ったのか、わからない。

誰にも見ることができない、孤独が、あったのかもしれない。

心の綻びをどこかで生じさせ、街中で天狗を発現させた。


それも、師の命を奪った、大天狗・薬王だった。


───また護ることができなかった。

どんどんと、自分の気持ちが堕ちていくことがわかった。


後にロクと出会い、彼女の面影を感じた。


黒髪。

弱さと強さが入り混じる目。

弱さを隠そうとする強さが似ていた。

無邪気さの奥にある寂しさ。


ロクに対してエロい冗談を言うのは、

同じ痛みを感じないようにするため。


愛してしまえば、また失う。

護ろうとすれば、また壊れる。


だから軽口でごまかす。

近づきすぎないために。

それでも身体は勝手に庇ってしまう。

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