『S'asseoir et regarder le ciel───座って空を見上げてごらん』
地を這う薬王に、縛られた闇がじゅうじゅうと焦げる。
煙が上がる。
焦げているのは──影そのものだ。
「……何を、した」
薬王の声が、わずかに掠れた。
「簡単な話だよ」
ジョーが血を吐きながら笑う。
「"纏"で“縛”に“破”を重ねただけ。影の奥にある信仰の残滓を焼いてる。──お前の中に、まだ人の祈りが残ってるって証拠だ」
薬王の面が軋む。
面の下から覗く何かが、わずかに震えた。
「ありえぬ。私は千年の闇を歩いた者だ。祈りなど……もうとうに滅した」
「だったら、その震えは何だよ」
───ジョーの瞳が、赤く光った。
「“祈”は、滅びねえんだ。憎しみに焼かれても、灰の中でくすぶってる。──それが、俺ら“人”の祈りだ」
「黙れッ!!!」
闇が爆ぜ、駐車場の地面が爆風でえぐれた。
コンクリートが割れ、鉄骨がひしゃげ、夜空が一瞬、白く閃光に染まる。
ジョーの体が吹き飛ぶ。
───胸骨がきしむ。息が詰まる。
それでも、笑っていた。
「な?効いてんじゃねぇか……“祈り”ってやつが」
口の端を切り、血を舐め取る。
べっと舌を出し、笑ってみせた。
「神サマも悪魔も、まとめて俺の舞台だ。
──今宵は俺が、祈りと祟りの二枚看板ってわけだな」
今ので1分使った、贅沢な使い方をしてしまった。
とっとと終わらせてやらねえと。
左中指を立て、リングに触れ、唱える。
『Celui qui attend l’arc-en-ciel-虹を待つ人』
指をパチンと弾き、震えて地に這う薬王にまたがり、虹色に光った左手を押し付ける。
絶叫。
焼ける手形が、燃えては消え、燃えては消えを繰り返す。
再生が厄介だ、だが、もう一度左親指のリングに触れ、『破』を発動させる。
きっと再生も結界の類だろう。
焦げる臭い、破裂する皮膚。
さらに圧をかけるために、右の親指を噛む。
時間が経過したのだから、『奮』も発動するだろう───した!
「……よし、これで四拍子揃ったな」
のたうち回る薬王を押さえつける。
絶叫が車の窓ガラスを割り、車体を凹ます。
俺の鼓膜が破け、耳から出血しているのがわかる。
──ここで必ず祓う。
ミナの方へ目をやる、さすがの衝撃に目が覚めたのだろう、こちらを見て何かを言っている。
絶叫で破けた鼓膜は、聞こえないはずの声を拾った。
「ジョー、勝って」
───それだけが、俺の力になる。
残り3分、一瞬だけ左手を離し、中指のリングに触れ、鳴らす。
『D’une ardeur brûlante, l’innocence -灼熱にて純情───心焔』
───トドメだ。
喰らってくれ、このまま祓われてくれ、頼む。
グッと胸に左手を押し付ける、右手も重ねて、体重も乗せる。
血の滝を流しながら、胸に手を押しつける。
右手を重ね、祈るように力を込める。
血が、目から、鼻から、肺から、裂けた傷から、止めどなく流れる。
あと1分…!背中の黒い羽根が焼け落ちていく。
「あーくそ、まだ、足りねえのかよ」
『縛』と『破』が解けるカウントダウンが始まる。
せめて翼だけでも焼き切れてくれ──!
轟ッと音が鳴る。
───術が解けた。
翼は焼け切った、再生までに時間がかかるだろう。
なら、この体格差を活かして、暴力で雌の祈りを叶える。
「やめて!そんなこと、私は望んでいない!」
藤城ミナの声が、私を止める。
なんだ、固まった、何の術も持っていないただの女だ、何か芸当があるとは思えない。
「立って!祓師!まだ終わってない!」
藤城ミナの声に応じて、地に突っ伏していた祓師は膝をつき、立ちあがろうとしていた。
───いつだって、この祓師、破戒僧、お坊さんは、念仏を唱えながら立ち上がった。
十字を切り、再度膝をつき、五体投地を行う。
───祈りの姿勢。
すると、彼の左半身が青白く輝き、その光は黄金に変わりながら、立ち上がった。
十三のアクセサリーが、また銀色に輝いた。
もう揺れ動き、まっすぐ歩くことができない。
平衡感覚を失っているのだろう。
朦朧とした目で───でも目は死んでいない。
このままでは大量出血で死んでしまうだろう。
だが、祓師は折れなかった。
左人差し指のリングに触れ、『輝』と呟いた。
───「それだけダメージ与えたからさ…さすがに次ので沈んで欲しいんだ…、俺も疲れたし、この感覚、多分アンタに憑かれたと思うんだよね───」
黒ずんだ薬王は、ロクの声で──理由はわからないが、硬直した。
これで、キメる。
弱体化したコイツなら、効くだろう。
『S'asseoir et regarder le ciel───座って空を見上げてごらん』
人差し指を胸に当て、放つ。
薬王は回復と破壊を繰り返しながら、霧散し、ジョーの体の中へ入って行った。




