22時、喫煙所
十三の戒を同時に全て使い、その場最大限でできることを、フルパワーでやった。
強打も喰らったが、それよりも自身の内側の痛みと出血の方が多く、自分でも心配になる。
───確実に寿命縮めてるよなあ、と天を仰ぐ。
さっきまで牡蠣とニンニクとワインの味でごった返していた口ん中に血の味が追加されて、フルコースになった。
「もう少し…白ワインくらいすっきりした味わいになって欲しいよなあ、血って」
「術の反動なんでしょ、修行とかでなんとかならないもんなの?」
「なるんだったら、俺は山にずっと居ることになっちゃうし、なんともならないのだ、誰かを護る前に自分を律しろって仏さんと契約して戒めの火を焚きつけられてるからね」
ロクはまたこの話かーと呟き、続けた。
「祓うってのが何回も説明されてるのにまだ全然わかってない、まじ。なんで?アニメみたいにノーリスクハイリターンな方がいいじゃん」
「祓いってのは、ただ“壊す”んじゃなくて、一回“受け入れて、通して、出す”んだよ。汚れた空気を吸って、肺で濾過して、吐く──そんな感じ。でも俺の身体は、フィルターが仏さんと神様のおかげでポンコツでさ。通すたびに焼かれる」
ロクが苦々しい顔で顔の前を払う。
「お坊さんって大変だね」
理解できずに首を横に傾げた。
「じゃあ使うたびに傷つくってこと?」
「うん、マジ自傷行為、でもやらなきゃやられる。マジハイリスクハイリターン、使い方合ってる?」
スーッとロクは電子タバコの煙を吐き出し、再度言った。
「頑張ってんね、お坊さん。大変だね」
「今日の私が死ななかったことを我が主に感謝します、アーメン。今後も最善を尽くします、ナム…。五体投地、アッラー…どう?破戒僧ジョーク」
ロクは呆れた顔で煙をこちらに吐き出した。
ひどいことをする。
───煙の向こうで、ロクが笑ってた。
やれやれ、救われるのはいつも俺の方だ。
ロクが笑うと、焼け焦げた臓物がちょっとだけ冷える気がする。
十三の戒。
本来なら、どれも命を削る術だ。
簡単に言えば、俺の術は“罰”をエネルギーに変える。
清いほど弱く、穢れるほど強くなる──そんな皮肉な仕組みだ。
だから、どれだけ綺麗な祈りを捧げても、結局燃えるのは俺自身の内臓。
神仏の光を借りるたびに、俺の肉が焦げて支払う。
異教を齧っては骨の髄までしゃぶって、自分のものにして、代償にする。
燃えるたびに、骨の髄まで罰が下る。
それでも使うのは、誰かを護りたいと思うからだ。
静かにしてりゃいいのに、気づけば誰かを照らそうとして、また自分を焼く。
……ああ、馬鹿だな、ほんと。
でも、こうして焼けた跡があるから、俺は「まだ人間だ」って思える。
───多分だけど、リスカする子もそう。
痛みが残るうちは、祈りも、後悔も、本物だ。
真紅の血が溢れて輝いて、君は生きてると教えてくれる。
───「やば、22時回ってんじゃん、店行かないと」
「もうそんな時間?急がなきゃいほがなきゃ」
ゲホゲホ。
「まともに喋れないお客様はタクシーでお帰りくださいませ」
営業スマイルで首を傾げ、着いてくるなとアピールする。
「一応同伴だったと思うんですケド」
「あーなんかさっき右腕のブレスレット回してたから忘れちゃったーあ」
「それ、覚えてるやつじゃん」
「店で死なれても困るからね、ベッドの上で天寿を全うなさい」
「釈迦に説法って知ってる?」
「はいはい」
ロクと一服し、彼女を見送る。
ロクはテクテクと厚底のブーツで店へと向かう。
スカジャンの袖をまくると、火傷のように赤黒くなった戒の跡が入れ墨のように浮かんでいた。
これじゃ罪人じゃんね。
中からじんじんと焼けてる感じがする。
───戒は“自分を律する”ための鎖だ。
けど俺のは、もう鎖じゃない。
焼け焦げて、皮膚に溶け込んで、もはや祈りなのか呪いなのかタトゥーなのか、わからねぇ。
それでも、火が消えたら終わりだ。
消えたら俺は、きっと何も感じなくなる。
「仏さんも神さんもさ、もーちょい加減してくれてもいいんじゃないの?」
天に問いかけるが、仏さんの声も神さんの声も聞こえない。
もう一本タバコを…と思ったらタバコに血がついてて吸う気が失せた。
買って帰らなきゃな。
疲れた体を壁に預けて、現在地までタクシーを呼ぶ。
俺は───今日は個人的にチェックで。




