2人のジョー
───林誠司、20歳。
俺は今日成人し、二つ上の彼女と初めてのお酒を飲む。この上ない喜びだ。
サークルに先輩としていた彼女には一目惚れだった。目が釘付けだった。
楽器なんか一つも出来ないのに、歌もそんなうまくないのに、軽音サークルに入って、見事彼女を射止めた、
自分で言うのもなんだけど、顔は整ってるほうだと思う。
切れ長だけど大きな目、シュッとした眉に、くっきりとした鼻。
鼻は…少しコンプレックスだ。デカいし、長い。
小さい頃は「鼻でかのジョージ」なんてよくいじられたもんだ。
それでもよく言えば鼻が高くて、日本人離れした顔ではあった。
彼女は成人祝いを、小さなフレンチで祝ってくれるようだった。
フレンチなんてのも初めてで、親と一緒に───母親しかいないのだが───ビシッとした服を選んで、今日に臨んだ。
彼女も、他の男が振り向くくらいに綺麗にかわいく着飾ってきた。
優しくて綺麗でかわいい。
自慢の彼女だ。
───フレンチではまずオリーブと食前酒が提供された。
グラスを持ち、乾杯をした。
「ジョーくん、20歳の誕生日おめでとう」
2人の時だけの特別な呼び方で、彼女は微笑んでからグラスを傾けた。
初めてのお酒はシャンパンだ。
甘さの中に少し苦味と炭酸があって、ザ・大人の味って感じがする。
「おいしいね、これ」
「でしょ?ここはちゃんとフランスのシャンパン置いてくれてるから、おいしいんだよ」
二口目を飲み、また微笑んだ。
オードブル、スープ、ポワソン…量は少ないが話をしているうちに満腹感がやってくる。
不思議と、お酒は飲んでも酔っ払うという感覚を知らないので、こんなもんか、と思っていた。
気持ちが高揚して背中がそわそわしているのは、彼女といるからなのか、初めてのお酒が豪勢だからなのか、わからなかった。
───一生忘れられないような成人祝いになったと思う。
彼女が事前に会計を済ませておいてくれたから、たくさん話したあとに、そのまま退店の運びとなった。
彼女は頬を真っ赤にし、彼女がコピーしているバンドの良さを語りながら、手を繋いで街を歩いた。
俺の前でお酒を飲むことはあっても、こんなに酔っている風に見えるのは初めてのことだったから、少し緊張したし、嬉しかった。
彼女は俺の耳元で小さく
「ホテル行こ」
と呟いた。
俺はもちろん、と小さく返し、また歩みを進めた。
その内、彼女が暑いから、とコートとカーディガンを脱いで俺に渡した。
そんなに暑いかな、と思った。
12月だ、そんなブラウス一枚では寒いだろうに。
だけど、薄着の彼女を見て俺は興奮した。
艶やかで、色っぽい。華奢な体つきなのにタックインしたブラウスがふっくらした胸を強調する。
ホテルの近所まで来たところで、彼女は俺の腕を引っ張り、その手前の人通りの少ないところへ連れてった。
「まじ我慢できない、ここでしよ」
そう言うとブラウスのボタンを外し始めた。
「いやいや、さすがに外はまずいって、もう少し我慢して」
彼女の呼吸は色っぽく、荒々しくなっていた。
俺はドキドキと同時に、背中のソワソワを感じていた。
すると、俺のシャツ肩甲骨のあたりが盛り上がる感覚がした。
「うわっ、なんだ?」
背中に手を回してみると、柔らかくて少し固い、鳥の羽根のようなものが生えていた。
羽根?なんだこれ、気持ち悪…。
背中の異変と、彼女の異常さに困惑していた時、───チリン。と鈴の音がした。
「ずーいぶんお盛んなことで…どうせならちゃんと見たいし参加したいけど、天下の往来で致そうとするのはよくないんじゃーないんすかね?」
深く青い髪色に、刈り上げツーブロック、ダメージジーンズでモコモコの白いアウターの袖を捲り、ジャラジャラとした腕元のアクセサリー。
ファッションには疎いが、派手すぎて下品にしか見えなかった。
絡んではいけないタイプの奴だ、なんだコイツは。
「夜酔い天狗の類…じゃ、なさそう…?」
と彼は首を傾げ、左の小指の指輪を触って声を発した。
『滅』
「ボタンを留めて、服をちゃんと着て」
指輪が青白く点滅すると、彼女は電流が走ったかのように体を震わせハッとした顔で自身のブラウスのボタンを必死につけた。
俺は急いで「これも着て」とカーディガンとアウターを渡し、不審者の方を見た。
彼は首を傾げたままこちらに近寄り、右の人差し指の指輪を触る。
『識』
『闇に在るもの、光に曝せ──識よ、我が瞳となれ』
俺の体がドクンと脈打つ。
すると不審者は眠たげな目を見開いて、絶句していた。
「半分天狗で───半分人間?マジかよ」
半分天狗…?何を言ってるんだコイツは。
すると、俺の背中の異変が大きくなり、シャツが後ろに引っ張られる感覚がした。
さらに、鼻血が出て、おろしたての白いシャツに垂れた───最悪だ。
「ジョーくん、鼻血!平気?」
と小さなカバンからポケットティッシュを取り出し、鼻血を拭ってくれた。
「ジョー?君ジョーって名前なの?」
「…誠司です、一体なんなんですか?」
「いや、奇遇だなー思って、俺もジョーって言うんすよ」
一拍置いて、ジョーは喋り出した。
「落ち着いて聞いてほしいんだけど、俺は天狗を祓うお仕事をしていて、夜の八王子を練り歩くお坊さんなの。で、偶然見た公然猥褻一歩手前のお姉さんを見て、天狗だな、と判断してこっちにきたの」
「天狗?俺の背中に生え始めたこれって、俺が天狗になり始めてるってこと?」
「うん、そう思ったんだけどね、君のことを見て、半分天狗で、半分人間だってわかったの。君小さい頃からお父さんいなかったでしょ、多分お父さんは天狗だよ」
人差し指をかざしただけでそんなことがわかるのか?
不信感がどんどんと増してゆく。
「その高くて長い鼻、それと背中の翼一歩手前の羽根、でも天狗が憑いた様子もないし、体から天狗が浮き出たわけでもない、大きな変化が翼しかない。多分だけどお酒を飲んで、君の中の天狗の部分が目覚めた、っていうのが俺の仮説」
「俺…俺は人間すよ、今日20歳になったばっかの」
彼は合点が行った様子で、手を叩き、なるほど!と声を上げた。
「なら、仮説通りだ!夜酔い天狗の子なんだ、君がお酒を飲むと、異性はその色気に飲まれてもうシたくてたまらなくなっちゃうんだ。こんなこと初めてだけど、念のため祓っておいていいかな?」
祓う…どんなことをするんだ、このスピ野郎は。
「人差し指をトンと君のおでこに当てるだけ。彼女は今こんなところで脱いでるのが君のせいだと思ってるだろうし、その記憶も変えてあげられる。アフターサービスまでバッチリだよ」
なにがなんだか、さっぱりわからない。
「君の記憶も少し弄るけどね、赦してね」
こちらに近づき、左人差し指の指輪を触り、『輝』と呟く。
指がおでこにあたり、彼は口を動かした。
『座って空を見上げてごらん』
すると、体全体が青白い炎に包まれ、背中が灼け、羽根が消えてゆくのを感じる。
それと同時に、鼻が少し熱くなり、萎んだような感覚もあった。
炎が消えると、体がドッと重たくなり、膝をついた。
「なに…なに、今の?」
彼女が不審そうな目で彼…ジョーの方へ目をやる。
「大丈夫、覚えておきたいことだけ、覚えておいて」
彼が右腕にはめたブレスレットを回すと、彼女はカクっと動き、座り込んだ。
「おい、なにした!」
「君たちが今見聞きしたことを全部忘れてもらった、それだけだよ、あとは大丈夫。『そのまま2人は手を繋いでホテルに入って行って』」
そう言うと再度ブレスレットを回し、俺の視界が青白くボヤける。
───チンピラが目の前に立っている、怖い。
「ジョーくん、俺もジョーってんだ。この辺の居酒屋とかバーだったら、「ジョー」って言えば大体どこでもボトルで飲めるから。それだけは覚えておいて」
と言われ、ジョーは背中側に周り俺たちの背中を押して2人を歩かせた。
「いいなぁ、羨ましいな、俺も久しぶりにシたいなあ」
鈴の音と共に、去っていくのがわかる。
彼女は恍惚とした表情を浮かべている───よくわからないけど、よかった。
俺たちは沈むように、溶けていくように、ホテルへと吸い込まれて行った。




