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夜鳴きジョー  作者: hsgwwr
14/23

文読天

退院して以降、肋が弱点になったのがわかる。

骨折が治るまでは呼吸が激痛に変わる。


幸い、ここ数週間は簡単に祓える天狗ばかりで助かっている。


労災や休みがないのがこのお仕事のしんどいところだ。

高尾山がしめ縄を取り替えてくれるだけで済む話なのにな、とぼやいても誰かが聞いてくれるわけではない。


石段に座り込み電子タバコを蒸す。

そしてほぼ毎晩酒を飲んでいる。

生臭坊主だ、理解してる。


まだ全快ではないにしても、体は動いてくれる。

命の張り合いだ、気を抜いてはいけないが少しは安堵できる暇が欲しい。


ボーッと空へ視線をやると、また高尾の山から白い雲がスーッと伸びているのがわかる。

今夜もお休みはいただけなさそうだ。

昼寝をしよう、どうせ誰もこの境内には来ない。


───ロクからメッセージが送られてきた。『今暇だからおいでよ』

23時、ちょうど酔い人たちが帰路に着く時間帯。

俺は八王子駅の改札前と二軒の喫煙所周辺をウロウロし、人の様子を伺う。


あと2時間は街の様子を見たいところだ、だが、さすがに疲れた。

飲みに行ってもいいかな、と思ったタイミングだった。


喫煙所の前を泥酔している1人を左右両側から介抱しながら歩く男性3人、よくある光景だ。

と、思っていた───3人が同時に倒れるまでは。


「大丈夫です…か!」

駆け寄ると街灯に照らされた3人の影から、悍ましいほど2〜3mほどのデカい天狗が顕現した。

「あちゃー、そう来たか」

「ンン、ンン…未ダ完全デハ、ナイカ…」

片言の天狗だ、自身でも完全ではないことを理解している。


なら、手っ取り早く済ませるのが賢いだろう、これ以上デカくなられても迷惑だ。


躊躇なく『縛』を唱え、左手のバングルを刃状に変形させる。

駆け寄ったところで斬りかかり、弱体化させよう。


そう考え、駆け出したタイミングで『縛』が破かれた。

左薬指に鈍い痛み。

左手のバングルも効果を失った。

驚嘆しているところに、鳩尾に一発、喰らった。

疾い。


胃の内容物は全て吐き出され、膝をついた。

まずい、早く動き出さなきゃ次が来る。


喫煙所の中にも、外にも人が大勢いる。

既にパニック状態だ。

右小指のリングに触れ、『誘』を唱える、走って人気のないところまで連れて行かなければ…ありえない数の被害が出る。


天狗の視線がこちらを向き、顔の周りをはらうと『誘』が解かれた。

これもまた、小指に痛み。


───技が通用しない?

全快ではないとはいえ、ここまで通用しないのはおかしい。

「なんだコイツ…」

天狗は答える。

「我こそは、文読天ふどくてん…童よ、祓師か…未熟極マリナイな…高尾から出られたと思エバ、このようなところへ導カレテしまったか…」


言葉もスラスラと出てくるようになった、完成が早い、異常なまでの速度だ。


「見るに、破戒僧だな。その曖昧な複数の軸、さらに、生臭坊主ときたか…煙たい。昨晩は酒も飲んだな」


会敵してほんの1分で、俺の細かいところまで見抜いてきた。

「これは…相当ヤバそうだな…」

睨まれるだけで、背中に嫌な汗をかく。

膝が揺れる、立っていられるのが奇跡だ。


「こりゃ持ってるモン全部引き出さないと祓えないな…」

「祓えると思っているのか?愚図が、甘く見られたものだな。愚図よ、名乗れ、戒名を刻むくらいはしてやろう」

「はは…冗談キツいねおっちゃん、まあまあ、ここは落ち着いて人のいない店で盃を交わしましょぅゃ…」


「川幡穣」


───引き出された、こりゃかなりヤバい。


「覚えた、では安心して往生せい」

羽根を引き抜き、刀状にし、振りかぶってきた。


咄嗟に左手のバングルを刃状に変形させ、応対するもズシンと乗る重たさ。

踏ん張っていた膝が地につく。

肋はもちろん、右の踵の骨が折れた感覚がする。


なんとかいなし、右脚を庇うように回避する。

爪先立ちでなんとか痛みを誤魔化す…肋は誤魔化しようがない。


もう一度『縛』を…いや、数秒ともたない。これは術の内の一つだろう。

なら───!


『『滅』』「なら効かぬぞ」


読まれた──!?


「術ではない。これは、単なる"力"の差だ。貴様が怯え、埋められない差を実感しているだけだ」

畏怖、恐怖。

膝が笑っている。


「すべては読めぬが、次の動作は容易に読むことができる。その歳にしては完成している方だが、我との差は、西洋に渡るよりも離れている」


「だらだらそんなに喋ってていいんすか」

「うむ、だから次で別れだ」


───次は右手の『護』、それを破られるのを承知でそのまま『識』か。

未熟なりに考えたな、だが、未熟。

ここで終いだ。


右手に触れ、読んだ通りの動きをした。

───その次の一手以外は。


「──『破』と『滅』、二重発動(デュアルスペル)


赤黄色に跳ねた光線が体を撃つ。

鈍い痛みが走るが逡巡するほどではない。

視界が眩いが、次の動作を読む──童は眼前におり、読むよりも先に、右手の親指を噛み、何かを───『奮』とやらを発動したようだった。


右腕を顎に振り抜かれ、視界がぐらつく。

結界が破られた。


「今のは、自信ありますよーっと!」


───「動き」が読めるのは恐らく二手先まで、考えるより動いたほうが早い。


弱点を見抜く『識』も右腕を振り抜いたタイミングで発動させた、コイツの弱点は喉だ。


術を乱発して、どこか一つに本命を入れる。そうすればなんとか戦えるだろう。


『破』『識』『護』『空』『蘇』

連続でリングを触ってゆく。

ここでの本命は『蘇』、少しは痛みが和らぐ。


文読天、読まないでくれ───頼む。


「どれだ…"識"か?」


かかった!

隙間で俺は軽微な傷を治す。


走り込み、左腕のバングルに手を当て、結界をや刃状にする。

翼を削ぎ落としたい───うまくいけ!


願いは虚しく、天狗は宙に舞う。


刃状の結界は破られ、次を待つ。

距離をあけるしか現状最善策はない。


本屋や、ドラッグストアが瓦解しているのが見える。


こればっかりは直せない、本当に申し訳ない。


とにかく、逃げる。

最善の二重発動(デュアルスペル)を考える。

『破』と『滅』はもう読まれてしまったから恐らく当たらない。


「耳の八つの穴に八つの痛み。五つの戒に五つの罪。……なるほど、貴様、“十三”を揃えておるな」


十三仏じゅうさんぶつ、加えて───異教の裏切りの数…」

「左半身に仏を宿し、右手に異教の祈り…どこまでも…生半可な”力”だな。


心臓が跳ねる。

左耳のピアス八つ。

左手に嵌めた戒輪五つ。

足して十三。


キリスト教徒が忌避する不吉な数字。

裏切りの数。

獣を呼ぶ数。



「いてて…、読めるのはそこまでっすか?」


文読天は俺の呼吸のリズム、耳飾りの温度、左脚の重心まで読み取っていた。


「嗚呼、取るに足らぬ未熟者だとよくわかった。だから抵抗するな、この"域"にまでは届かない」


「最近の祓師は、そういう精神汚染系の術は効かないですよ。一番最初に警戒するように学ばされるんです」


───たしかに、この童に精神汚染が効いていない。

さっきの技の連発でこっそり『護』を使っていたか。


「民よ、我が意志に従え」


周囲を走っている一般人たちの動きを止める。

これでコイツらは我の(しもべ)となった。


「愚図よ、ここまでにしよう。我は雌を求める。貴様のような愚図に祓われて減ってしまった天狗よりも強固な者を産み出さねばならぬ。川幡穣と言ったな。歪んでいるとはいえ、墓があるだろう。埋葬してやろう、言え」


ふと気づく、一般人の動きが止まらない、四方八方へと走って逃げていく。


「今ァ…あんたの声は、聞こえないように、『(かん)』で、遮らせてもらった上に、『破』でおっちゃんの結界を撃破、『滅』でその「精神汚染」の声を消させてもらった───。」


(時間稼ぎだろう、我の動きまで止められない───。)


「『緘』、と『縛』、めっちゃ相性いいんすよね」


左耳の中央にある耳飾りが光っている。

小賢しい───!


───次の動きに入る、見えているのは『誘』と『護』、だがやはり複数触っている。

とにかくこの『縛』から逃れなければ。


力を込め、『縛』を解く。

大葉のうちわで煽るのがいいだろう。


即座にうちわを振るった。


「そう来ると、思ってましたよ!」

『護』『破』『翻』『憩』…あと一つその耳に触れたのはなんだ…!


祓師の顔が苦悶で歪みながら鼻血を出している。

術の乱発はできないのだろう、どれか一つ───。


───「どれか一つって思ったっしょ!、だから怯んだ!ここまでのは全開放だ!」


結界を『護』と『破』で再度破り、うちわで起こした風が天狗側に逆流するように左耳ピアス、下から2番目の『翻』で押し返して体を乗せて追い風にする。

『憩』で肋を治し───それでも臓器は痛み、血を吐くのだが。

左耳のインダスピアス『痛覚交換(パイン・リレー)』で相手の呪詛、憎念をこちらのエネルギーとして変換する。


莫大なエネルギーを使った上に、ピアスの連発。

右の鼓膜が破れて血が溜まるのを感じる。

右耳に指を突っ込み、破れた鼓膜をかき混ぜるように血を掬い取った。


その分、五戒輪にはエネルギーが溜まる。


文字通り、出血大サービス。

左耳たぶ一番上のピアス、『(ざん)』をおまけにして、音の斬撃を加える。


喰らったところから影を発生させて、切断面を封じる。


文読天ふどくてんが焦っているのがわかる、先程の倒れた男性たちの影に逃げようとするのを、右耳をかっぽじって血を付着させ、左の『(てん)』を発動させる。


俺の影が"太く濃くなり"影に逃げようとする文読天を阻む、影から身を乗り出しこちらをみて叫ぶ。


「川幡穣!!」

「愚図じゃあありませんでしたっけ!?」


悲鳴のピアス、『輪叫(りんこう)』を発動させる。


その叫びが衝撃波となり、俺の体を通して相手に反響していく。

───その分耳にその叫びは残り、意識が軽く混濁するのだが。


目からも血が流れてきた、毛細血管にまでダメージがいっているのだ。


影に入れず、転んだ形になった文読天が起きあがろうとするところで『縛』でみっちり抑える。


───たいそれた攻撃も出せずにいたのに童は自身を傷つけながら戦った。

恐らく自分の体に当たった傷よりも、内出血の方が奴の体に蓄積ダメージとして溜まっているのだろう。

できれば、これを逃したくない。


すると、遠くから「ジョー!」と叫びながら駆けてくる雌がいた。


「ジョーか、そうかそうか」


───そーれは、禁じ手なんじゃない?タブーでしょ…。


俺の身を案じたロクがこちらまで来てしまっていたのだ。

キャッチの姿のまま。


ロクの弱さを見切り、文読天に捕まってしまった。


翼をもいで大剣をつくり、ロクを抑え込み、首先に当てていた。


『雌よ、我が仔のための器となれ』


ロクは精神汚染された様子で、白目を剥き、口を大きく広げたままだった。

「ジ、じょー」


「童よ、祓師ならそれくらいは当然だよな」


「ああくそ、時間制限か…!」


───ジョーの術はほとんどに制限時間がある。

精神汚染系の術に対しては、疲労度によって強弱が決まる。


消耗したジョーにとっては、絶体絶命と言っていい状況だった───。


「やるしかないか…」


左耳のフック、『(キー)』に触れ、高々と宣言する。

五戒輪と戒輪八環(かいりんはっかん)の効果を一斉に発動し、強化させる。

その分反動がデカく、扱える時間は短い。


「この術式、多分なんですけど5分が限界でーす、5分で!祓いまーす!」

スマホを取り出し、タイマーを設定する。


───はったりだ。

耳飾りを触ったところで、こちらになんの効果も感じられない。


「馬鹿にするな、川幡穣」

「小バカにはしてますけど、祓えるなーって思ったんで」


童が走り出す。


左耳飾りの正体は掴めないままだが、結界を取り戻した今なら、奴も大人しくさせることができるだろう。


うちわを煽る、飛ばない。

蹴りの構えをする、蹴る。避けられる。


次にしてくるのは、左指輪での攻撃だろう。

読みを取り返してきた。

それでいてこの疲弊ぶり、吹けば飛んでいくだろう。


『乱破天狗』


口元に小さな丸を作り、吹く。

うちわよりも暴風で荒々しい。


───なぜ、倒れない?


「この雌がどうなっても良いというのか!」

「…まさか、命を賭けてでも護りますよ」


そう言い放つと、左耳の中に指を入れ、装飾品で発動させたようだ。


『戒』


呟いた瞬間、眩い光に視界を奪われ、空気が無音になる。


「これは───、俺の信仰の象徴です」

そういうと頬を思い切り殴られた。

視界が回復し、奴の姿が目に入る。


すると、左手を顔の前に差し出し、唱えた。

「『空』 …まだ、鳴くだけでいい」


全身を伝い、音が駆け巡る。

衝撃波のような一撃を喰らってしまうとは、情けない。


翼で飛ぶ、この血みどろの破戒僧は陸上でしか活動できまい。

雌を担いで、距離をとろう。


そう思い、雌との間合いを詰めたところで、またも童がほざいた。


「もう、俺の術中ですよ、ここから先は一方的なゲームになるんで、覚悟してくださ…ゲームって言っても伝わらねえか、遊戯をしますので…しっくりこないな、まあいいか!」


舐められたものだ、もう次の一手も読めている。

それは効かない。その程度では光らない。


『空』…やはりそうだ、これを交わし、雌へ更に距離を縮めると、足踏みさせられた。


『Valse du lustre-シャンデリア・ワルツ』


光が激しく点滅し、影に戻ることができない。


「もう手のひらの上で踊らされていることに気づけよ、ばーか」


憎い、憎い憎い!この程度の童に…!


童はこちらを振り向き、ゆっくりと歩きながら左人差し指に触れ、『輝』と呟き、中指をパチンと鳴らし、『空』を発動させ、近づいてきた。


その人差し指はゆっくり我の額に当てられ、発動された。


『 D’une ardeur brûlante, l’innocence…灼熱にて純情』


「ちゃあんと、必殺技になったわぁ」


───この騒がれ方、確実に天狗だ。

ジョーからのメッセージは半分の状態で送られてきて、只事ではないことがわかった。


祓師というヒーロー…生臭坊主を少しでも救ってあげられないだろうか、そう思った。


辿り着けば、案の定だった。

また自分の血で体中真っ黒にして、ボロボロで戦い続けるヒーロー、がんばれ…と声を出す前に固められた。

十字架のピアスがチリンと凪いだ。


そこから先は覚えていない。

ただ、ジョーが立っていることが事実だった。

勝ったんだ…。


足枷になっちゃった、ごめんね…。

ジョーは口を開く。


「マジで危なかった…来てくれたから『灼熱にて純情』が発動できたけど、これやると後遺症みたいなの残るんだ、次来る時は電話してから来て?余裕ありそうだったら返すから…」


「ほんとごめん、何かできるかもと思って飛び出してきちゃった」


「俺の左側の話だけどさー」

とジョーは語り出す。

「俺、目も左目の方が視力いいし、腕も足も左側のほうが長いのよ。アンバランスなの」

言われてもそんな大差はないように見えるが…。


「この体のアンバランスぶりも、俺の結界と境界を保ってくれてるんだよね…」

専門用語だらけだ、私にはわからない。


「俺の術は発動するほど身体の“左側”へ反動が寄る。だから血管も耳も臓器も、先に左から壊れていく。」


「左手のリングは全部仏教とキリスト教の融合…、五戒に、祈り。5個のリングと、8個のピアス、足して13。仏教でもキリスト教でも13って数字はかなりタブー視されてるんだ」

「そんなタブーを犯しているから、破戒僧…ってわけ?」


「まあ概ねそんなとこかな、次いで、左手はイスラム教では不浄の手として扱われてる。だから、左で戦うんだよね」

据わった目でこちらを見て、放った。

「護れるモン、絶対護るために、どんなタブーでも犯すんだ」


こんな真剣に話すジョーは見たことがない。

相当疲弊しているんだろう。

「タクシー乗りな!帰って寝たほうがいいよ!」

そう声をかけると、ジョーは既に微睡の中に誘われていった。


「…もう!」

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