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夜鳴きジョー  作者: hsgwwr
11/23

修行

高尾の空気は澄んでいて、少し冷たい。

退院したばかりの胸に刺さるような冷気だ。

霊気満山、ね。

(まあ、ここしかないよなあ、嫌なんだけどなー)


絶対に絡んでくる僧がいる。

だからこそ、敢えて選んだ。

信徒峰中修行会、25000円。

滝行、登山、そして俺にだけ特別なプラン───坐禅。


20の時に同じ滝に打たれた時は、まさかまた戻ってくるとは思ってもいなかった。

それくらい、アンバランスで戒律を破りまくってきたのだろう。


金を払い、名前を書き、説明を受ける。


「ご参加ありがとうございます。保険には入っていますが、気軽なプランとなっておりますので、あまり身構えずに取り組んでください」


こちらをチラリと見て、お前は別だぞ、と言われたような気がした。


40人くらいはいただろうか。

ミドル層とライト層が入り混じっている。


(まあ俺だけへヴィー級なんですけどね)


ワイワイと山を登り、白装束に着替え、滝行の順番を待つ───はずだった。


俺が真っ先に呼ばれた。

「彼はこんな風体をしていますが、実はお坊さんなのです。皆さんが数分滝に打たれている間、彼は39人分の滝行が終わるまで耐え続けますので、あまり比較せず、彼の信心深さを感じてください」


オイオイ、聞いてねえよ。

「あはは、さすがに意地悪がすぎませんか?」

と笑ってみせるも観衆は拍手、逃げ道はない。


この僧も嫌な顔をしてニヤけている。

「祓師だろ、これくらいなんてことないよな」


上等だよ、見てろよ。


ザブザブと水の中に歩みを進め、滝の前に立ち、深呼吸。

跳ねる水滴がもう痛い。


「行くか…」

滝の中に身を委ねた。


上から落ちてくる怒涛の水流で胸が痛む。

肋骨は折れたまま、銀の縛が熱を放ち、皮膚の下でじりじりと疼く。

冷たさと熱さが入り混じり気持ち悪い。

頭を殴られ続けるような滝だった。


それでも──やるしかない。

ロクを守るため。

そして、ずっと胸の奥に沈んでいる“片想いしたあの子”を、これ以上裏切らないために。


「仏も神もキリストも噛じって、もっともらしく修行に来る阿呆に、40分耐えられるかな?」


と遠くで小さく聞こえた。

口が減らねえな。

念仏を唱えながら滝が与える全身へのダメージを流していく。


怖いもの見たさで入ってくる参加者たちは、30秒保てば良い方だった。


ピアスが剥がれ落ちないか、それだけが心配だった。


───20分は経過しただろう、参加者たちが俺を讃え、何分まで挑戦できるのかを期待していた。

肺に走る激痛が、世界を白く塗りつぶす。

流石に足がガクついてきた。

息が吸えない、銀の"縛"が氷のように冷たくなり、骨を締め付ける。


(俺は……どこの神様にも、どこの宗派にも、拾われてねぇんだよ)

そう思った瞬間、滝の冷たさが急に“無縁”みたいで、胸がひやりとした。



あと20分は耐えよう、そう思いながら念仏を唱え続けた。


そうして計40分を超過したところで、俺に限界が来た。


拍手で迎えられた、達成感があったが、これで身が清められているか心配で仕方なかった。

頭の中はロクを護ることで一杯だった。


ロクの名前を心に浮かべた瞬間、銀の縛の疼き方が変わった。

まるで誰かが、俺の骨を内側から押してくるみたいに。


そうして、山を登り、法楽。

精神統一だ、滝に打たれて山を歩いて疲労困憊の体には染み入った。

───そういえば俺お坊さんじゃん…耐えられるんだよな、こういうの。


法楽が終わると僧が話しかけてきた。

俺が最も苦手なタイプの。


「それは……戒輪か?銀など、仏の戒とは最も縁遠い素材だ。穢れそのものじゃないか」


「……素材は関係ないですよ。想いと、誓いの方が大事なんで」


「戯言だ。お前のような雑多な思想の寄せ集めが、戒に耐えられるものか」


言われなくても、痛みが証明してる。

指の奥──骨に達する痛みがある。


だけど、その痛みが逆に安心でもあった。


(あの子のために破戒した時と、同じ痛みだ)


ロクの笑い声が頭に響く。

そして、天狗に消された“あの子”の、最後の横顔が浮かぶ。


胸の奥が、ぎゅう、と締め付けられた。


「あーあ、せっかく法楽したのに、また現代に戻ってきちゃった感じ」

「アクセサリージャラジャラのお前が、現代から離れられるわけごないだろう」


それもそうか、一理あるな。


───20時就寝、当然眠れるわけもなく。

こっそり『縛』の確認をする。


未だ『縛』は俺を拒んでいた。

まだダメか…そう思い、布団に戻ろうとするとまたあの僧が来た。


「おい、今から護摩業するぞ、お前も来い」

「…宗派違くないっすか?」

「誰が言ってるんだ、良いから来い」


高尾山側も、俺の弱体化を認識しているようで、強行策に出たのだろう。


願いを書いた木を火に焚べ、真言で唱え続ける。


これも一種の破戒か。

ジリジリと顔が熱くなり、焼けるような痛みを伴った。

それが一時間は続いた。


焦げ臭い自分を認識しつつ、疲れた体を毛布に預けた。


「他の参加者と同様に扱ってくれよ…」

と呟き、泥のように眠った。


───翌日は、坐禅だった。

禅堂の柱の木目が、やけに近い。

背筋を張るたびに、折れた肋骨が炎のように痛む。


僧はまた、俺だけを狙って言う。


「経も読めぬくせに、何が祓師だ」


(読めるよ。般若心経どころかアラビア語の祈りも、旧約も暗唱できるわ、てか滝行の時に読んでただろ)


しかし言い返さない。

それをすれば、修行が“俺のため”になる。

そうなった瞬間、縛は絶対に応えない。



これは、ロクのため。

あの子のため。

そして──俺自身が二度と逃げないため。


雑念が浮かぶたび、縛が骨の中から“チッ”と舌打ちのように疼く。


(わかってるよ……まだ迷ってる)


ロクの笑顔。

あの子の泣き顔。


そのどちらにも繋がる“縁”を、失いたくない。


手を組み、目を閉じ、静かに祈る。


仏へ。

神へ。

キリストへ。


そして──失ったあの子へ。


「……見ててくれ」


心の底から出た言葉だった。


その瞬間、銀の縛が骨に“カチリ”と嵌った音がした。


僧が驚いたように振り向く。


「……今、何か音が……?」


「なんなんすかね」


俺は薄く笑った。


修行はまだ終わらない。

でも一つ、確かなことがある。


銀の縛は、俺の迷いの場所をやっと“掴んだ”──そんな感覚だった。

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