第86話 試す意義
まさかのアド戦Ⅱ登場。いったい何が起こるのか
―――2026年5月1日 しずめ宅
新作発表のあった日の夜
アド戦Ⅱは発表と同時に体験版がリリースされたこともあり、世界的に注目されていた。
「21時サーバーが解禁される。」
新作への期待から、少し浮足立った様子のしずめ
机の上にノート、傍らにコントローラー。
机上のモニターには、白い待機の線が一本。
湧き出る高揚感を感じながらも、無言のままに息をのむ
INTERPHASE INSTITUTEのロゴが消えたあと、静かな文が浮かぶ。
〈問いを一行〉
〈いまの場所〉
〈戻れる時間〉
しずめは指先を止める。
体験版ではあるがアド戦特有のストーリー分岐システムは搭載されており、ファンの間で実はアップグレードされているのではと期待が高まっていた。
その期待はもちろんしずめも持っている。
ゲームで使おうと考える文言は、いくらでも書ける。
今日だけでも三つ四つ、浮かんでいる。
コントローラーでメニュー画面を操作し、はじめからの項目を選ぶ
ゲームが始まり、操作できるところまで進めると
「これは?」
右下に小さなボタンがある。
〈反転地図〉
押すと、暗い都市の線地図が出た。
交差点は淡い円、路地は細い筋。
表の線がわずかに白く、裏の線は灰に近い青で描かれている。
そのすべてが、まだ何も言わない。
「これも新要素だね...」
未知の世界に震えるしずめのもとに通知が届いた。
クラスのグループだった。
〈やる?〉
〈やる!〉
〈駅の宝探しw〉
その後、短いスタンプが三つほど続いた。
しずめは返さない。返さずに、画面を指でなぞる。
机の角に置いたノートを開く。昨日から空けてあるページだ。
書かないで、並べておくためのページ。
鉛筆で点を三つ打つ。
・問い
・場所
・時間
点だけで、文は置かない。
UIを一通り確認し終わると入力欄に薄いガイドが出る。
〈例:迷子のぬいぐるみを探したい〉
〈例:校門・南側〉
〈例:二二時まで〉
しずめは、そこで一度だけ深く吸って吐く。
画面に戻る。
入力欄の枠が、淡く脈を打っている。
そこに、しずめは場所だけを書く。
〈校門・南側〉
下部のタブに、細い項目が増えている。
〈行き先の候補〉
押すと、三つの薄いカードが横に並んだ。
〈自販機の裏〉
〈側溝グリッドの手前〉
〈掲示板の下段・右端〉
どれも、言葉が少ない。誘導ではなく、気付かせるための角度だけがある。
カードの右肩に、小さな丸がひとつ。埋まっていない、白い円。
意味は出ていない。けれど、目はそこに吸い寄せられる。
心理的誘導を意図的に起こす仕掛けの数々。
以前、ランプの魔人というコンテンツが流行った。
それは、魔人が提示する答えに”はい”か”いいえ”でこたえる。
その結果プレイヤーの頭に思い浮かべた答えにたどり着くという物。
それと同じく、プレイヤーが思い描いたものを絞り込んで当てるやり方
このカードを選ぶことで物語が変わる。
そう理解しているからあえてしずめはカードを放置した。
そして建物の外に出る。
夜道は、思ったより明るい。
街灯の間で、影が長くなって、また短くなる。
交差点の手前で、信号が青へ変わる。群れが渡る。
ただ世界で過ごしていた。
すると通知が届く。
それはゲーム内の通知だった。
〈体験のヒント:戻れる時間を忘れないで〉
どこかで見たような学校、その校門に着く。
南側の掲示板は、今日の夕方に掃除されたばかりだろうという印象を抱かせた。
下段の右端に、画鋲の頭がひとつ、わずかに曲がっている。
しずめはしゃがみ、指先で紙の端を持ち上げる。
薄い埃。何もない。
次に、自販機の背面を見る。
風が吹く。落ち葉が一枚、角に溜まっている。
それも違う。
側溝のグリッドの手前で、しずめはしばらく立つ。
靴の裏で、格子の感触を確かめる。
何もない。
当たらないという結果が、静かに胸に落ちる。
代わりに、揃わないという感触が残る。
それは、悪いことではない。
すると再び通知が届く
〈戻れる時間を入力してください〉
画面を開く。
入力欄に、指で書く。
〈二二時〉
問いは、やっぱり書かない。
書かないで戻る。
家に戻ると、画面に小さな変化があった。
先ほどの三つのカードのうち、掲示板の下段・右端の右肩にあった白い○が、うっすらと灰に変わっている。
説明はない。
しずめは、意味を決めない。
ノートを開く。
さっき打った三つの点の下に、短く一行だけ書く。
〈書かないで、探す〉
それだけ。
ページを閉じる。
選択肢に依存しない行動がどこまでゲームに影響するのか。
ただそれが気になっていた。
それは考えから来たものではなく、しずめの中にある異変を感じ取る力が何かあると
そう告げているから。
チュートリアルを無視できることも、アド戦のすごいところだった。
プレイヤーの選択でどのようにでもストーリーが変化する。
その強みの一部であることは言うまでもない。
ノスタルジックにただ過ごすだけというのはAIはどのように判断するのか
その答えを知りたかったのだ。
「さてどうなるのか...」
するとまた通知が届く
〈リビングに行こう〉
目標が更新された合図だった。
しずめはリビングに向かわず、部屋にとどまり続けるのだった。
次回は明日更新。つづきを追いやすくするため、**ブックマーク(しおり)**で目印していただけると助かります。
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