第85話 拡張する御伽噺
いよいよ新章【第6章 予測の先】 開幕です。
この章では、あのゲームの新作がキーとなります。
―――2026年 5月1日 しずめの学校
しずめは、ミヤビAIの行く末を知らぬまま、日常を謳歌していた。
いつもの学校で、いつもの風景に違和感を感じない生活を送る中
昼の鐘が鳴る少し前、教室の空気がやわく揺れた。
隣の席の子が、教科書を取り出しながら言う。
「アド戦で“駅前は混むから裏道へ”って出てさ。細い路地を行ったら、落としたカード、自販機の下で見つかったんだよね」
前の列の子が続ける。
「うちは“左の階段は避けろ”。右を選んだら左側は工事中でさ、遅刻しなくて助かったわ」
斜め後ろから別の声。
「“濡れた床を避けて、棚の端へ”。昨日スーパーで端を回ったらね、さっきまで閉まってたレジが開いたのよね」
笑いが起きる。笑いはすぐ小さくなって、似た型の話だけが机の木目に残る。
続けて別のクラスメイトも
「そういえばアド戦の選択肢で“迷ったら一度だけ戻れ”ってあったのがなんとなく残ってて、駅で乗り換えミスって戻ったホームにちょうど快速が来たなぁ」
「私もそのゲームで“怒りのままに送信はするな”ってやつ?こいつと喧嘩したときに打った文章いったん消したら、“今話せる?”って先に来たんだよねw」
しずめは、そっと教科書を閉じて外を眺める。
揺らぎに敏感なしずめは、なんとなく異変の兆候を感じ取っていた。
“次の一手”。それぞれ別の場面で手順→選択→結果という当たり前のルーティンに異物が見え始めていた。
偶然は反復すると、もう偶然ではなくなる。
昨日の放課後のことを思い出す。
“濡れ色の階段は避けよ”
しずめ自身も、クラスメイトとアド戦をプレイしたことで興味を持ち、大佐に頼んでハードから一式をそろえていた。
校舎の裏口で雨上がりの夕方、しずめも自然と階段を避けていた。
すこし遅れて着いた校門で、誰かが落としたキーケースを拾った。
「あのキーケースは結局どうなったんだろう。」
もちろん拾ってすぐに職員室へ届けた。
だからっと言って特別何かいいことが起こったわけでもなく、しずめにとっては日常にあるたまたま一善できたという程度の認識だった。
教室の隅では、もっと細い話が続いている。
「“二度深呼吸”。バイトの面接で最初の質問で詰まりそうになって、二回だけ吸って吐いたら急に調子が戻った」
「“待ち合わせは影に”。外のベンチじゃなくて、木陰を選んだら倒れてた人が目について...救急車を呼んだりできたんだ。」
誰もがコンシューマーゲーム機でリリースされているアド戦をやっていること自体が異様だった。
しかし、それはあくまで売れているだけ。
そうしずめは思っていたが、それはどうやら違うようだ。
流れに身を任せると、当たったように見える。
大佐という心理学者が身近にいることもあり、随分と心理学について詳しくなったしずめ。
当たったように見えると、もっと流れは整う。
しずめには分かっていた。それは予知や予測ではないと
廊下の向こうでチャイムが短く鳴る。
どうやら考えている間に授業が終わってしまったようだ。
誰かがスマホを立て、配信の枠を開く黒い音がした。
「そういえば新作の発表があるんだっけ。」
しずめにとって、アド戦の価値は非常に高い。
もともと、異変の媒体として使われた経験が彼女の知的能力を年齢以上に底上げしており、大人っぽいという印象を抱くほどである。
その彼女はあまり趣味を持っていなかった。
しかし、クラスメイトとの経験から刺激を受けて、趣味になったアド戦
今やしずめの生活の一部になっている。
「あ、しずめさん。君も興味あるんだね。」
「うん。めっちゃ好きかな」
新作発表配信の画面を見ていたクラスメイトの隣で、同じ画面を見る。
——INTERPHASE INSTITUTE
新作発表、『アド戦Ⅱ:反転都市』
街は、もう一枚の面を手に入れる。こちら側と、裏側。選ぶのは、たぶん、私たちだ。
タイトルが発表され、ティザームービーが流れ始めた。
次回は明日更新。つづきを追いやすくするため、**ブックマーク(しおり)**で目印していただけると助かります。
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