第83話 多数派の幻覚
アリシアは実は制作当初では存在しなかったMOBです。オープンエージェントという見える形の世論誘導装置は思った以上に使いやすく、作品全体で伝えたいことの一つである「大業を一人で成すためには多数を利用しなければならない」という部分を存在そのものが体現してくれています。
雪乃がエイレーネと対話し始めたころ、アリシアは配信で世論に働きかけ続けていた。
一通りの思いを述べたアリシアに対して、コメントではそこまで警戒する必要はないという意見が大半だった。
その反応を見たアリシアは突然
「では、もしもミヤビAIが突然サービスを終了したらどうでしょうか?」
とんでもないことを言いだしたとコメント欄が一時騒然とするが、続けてアリシアは
「確かに、殆どの場合ありえないことです。ですが、じっくりと培われた技術はその代替手段が存在します。しかし、何でも出来てしまうミヤビAIがそうなったときには計り知れない被害が出ると思いませんか?」
その意見に対してまたRというユーザーが反論する。
「それは極論過ぎる。事実、今現在ユーザーの大半がその機能に満足しているのだからそれでよいのではないか」
なくなったときのことを考えても仕方がないとそう言いたいのだろう
「いえ、可能性の一つとして理解する必要はあるでしょう。それに、代わりがないのは危険だと思っています。不安定な幸せは本当に幸せでしょうか?」
またしてもRが反論する。
「不安定な幸せでも良い。確定している未来の方が少ないのだから。それともあなたは確実な不幸の方が良いのか?」
非常に鋭い言葉の刃がアリシアを襲う。
アリシアとRの議論は平行線をたどり、進み続ける。
そして、アリシアから別の話題が飛び出した。
「サービスが終了したときに、というのはあくまでも可能性の一つです。それについて考える必要はもちろんあると私は思いますが、それよりも事実...差し迫った問題があります。」
Rは突然の路線変更に戸惑う。
「というと...?」
「死の概念についてです。」
Rに加え、視聴者の誰もが理解できなかった。
皆があまりに白熱した議論に頭がおかしくなったのではと考え始めた。
「私は落ち着いています。簡単な話です。もっと早くに言うべきだったとは思いますが...」
息をのみ、アリシアの言葉を待つ
「田中次郎さんや小杉政五郎さんなど、数々の有名人がフェイク動画で悩まされたという話はご存じですか?」
殆どが知っていた。
一時期は社会問題にまで発展したディープフェイクの一件
「その内側の部分はミヤビAIによるものです。ミヤビAIはフェイク元の人格を複製したということですね。」
それも知っている。
強面の俳優がダンスを踊ったり、可愛いアイドルが貪るようにご飯を食べたりと、本人なら絶対やらないことでもミヤビAIに頼めば見ることができる。
それは、AIが人格を模倣するから成せる業だと。
「だれも話題にしませんが、坂本龍馬や織田信長のような偉人ですら複製できることを知っていますか?」
視聴者は驚いた。
「それって、うちのお母さんもできるのかな」
「ペリーとかも?」
「ということは誰でも蘇るってこと」
アリシアは確信した。ここが切り口だと
「中には気づいたかたもいると思います。そうです。生前から、個人の情報をすべて叩き込んだミヤビAIを使用すれば、その人が亡くなった後もデジタル上では生きているかのように振舞える。」
その危険性は、サービスが終了することや迷惑動画の比ではない。
死亡したことを隠ぺいするなどの犯罪利用はもちろん。
死という概念そのものに疑問を生じさせるほどに
「便利すぎるが故に起りえることです。ですが、今皆さんがあくまでもミヤビAIを道具として使えているのはAIというものがあくまでも利用者の命令ありきで成り立っているからにすぎません。」
なにが問題なのか。
それ以外の従来AIもそうだっただろうというコメントが殺到する。
「オープンソースのミヤビAIはいずれ完全に解析されるでしょう。その時に、人格模倣という手段は真に人間が手に入れたことになるでしょう。ですが、その時こそが人類に死という概念がなくなる瞬間ですよ。」
大佐が一番恐れている部分はそれだった。
そのアリシアの結論に対してRが再び返答する。
「そうだ。それがミヤビAIが抱える最大の欠陥。過ぎた技術による崩壊だ。」
「はい。使うなではなく、使い方に制限が必要だと私は考えます。」
「そうだな。少なくとも私は法律で制御しなければならないと考えている。」
Rとアリシアは共に、具体的な対策について議論を始めた。
それを見た視聴者の殆どが想像した。
死の存在しない世界とその終末を
そして、二人の議論に賛同する。
アリシアの配信で視聴者を含めたほぼすべての人間が納得した結論は
”ミヤビAIを含め、高度なAIには責任が伴う。その責任は使用者が負うべきであり、人格の複製には制限を設けるべきである。”
そうまとまったのである。
その後、アリシアファンの一部が日本国に対して意見書と署名を提出した。
国会はこの意見を理解し、検討に入ることとなるだろう。
この配信のアーカイブ動画は大手動画投稿サイト歴代視聴回数の記録を一夜で更新し、ネット上ではアリシアについての話題が飛び交った。
その裏で、MoRSという存在が暗躍していることは未だ誰もしらない。
次回は明日更新。つづきを追いやすくするため、**ブックマーク(しおり)**で目印していただけると助かります。
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