第73話 下がる先
しずめが夏目メリダの動画を知ってからしばらくした頃
春の陽気が人々に夏の地獄を思い出させていた。
―――3月20日 午前
「ご主人様。本日から薄めの衣服を用意しています。」
雪乃はメイドとして、大佐に報告をした。
「ああ、有難う。そういえば雪乃には体温という概念がないが、どのように判断しているんだ?」
「もちろん、気象衛星からのデータを独自に解析した結果です。」
「そうだな。体温が欲しいと思うことは?」
雪乃には、人間に存在しないものが多々ある。
その一つが体温だった。
「あります。ただ、それによって計算に誤差が生じるリスクもあるので必須ではないと考えます。」
もちろん、人として生きる上で、温かみのない体では違和感を生む。
だからこそ、常に36.0℃の表面温度を意図的に演出しているが、精神的な面は別問題である。
「そうか...こればっかりは技術不足なんだ。人間の感覚器官は思った以上に複雑なんだよ。」
「存じています。でも大佐も体温があった方がうれしいこともあるのでは?」
「というと?」
「ふふっ、考えてみてください。」
意味深な回答に困惑する大佐だった。
―――MoRS本部 幽世 解析セクター
「主任、観測値に変動が。」
解析セクターでは、ミヤビAIの動向を観察した情報を元に解析を行っている。
その観測値に異変があるということは、世の中でミヤビAIが予期せぬ方向に動いたということだった。
「変動係数はどうなっている」
「マイナス9ポイントです。」
「致命的だな。原因はどうだ?」
MoRSでは、感情係数という感情の数値化を行っており、その数値は0~100までの数字で表せる。
0は精神的崩壊
100は狂信的幸福
50が一般的に不幸も幸福もある状態
という風にあらわされる。
ミヤビAIが登場したときの感情係数は63だった。
これは、主に高い幸福感を抱いているときの係数である。
しかし、昨日までの数値はミヤビAI使用による犯罪や危険性に気づいた人の増加によって50.3まで低下していた。
その上、9ポイントの低下というのは41.3
つまりは、社会が強い不満を抱いている状態である。
「数時間で急降下しています。何らかの原因があるとは思うのですが、観測部からは何も」
「そうか、電話で確認してくれ」
「はい」
解析部は数値の傾向を分析していたからこそ早期に気づくことができた。
しかし、観測部が動かないということは、社会では視覚的に社会全体のメンタリティが低下している事実に気が付いていない可能性がある。
「大佐に報告しなければ」
統括主任は、危惧していた。
大佐に相談を持ち掛けたあの日から。
只、今回の感情値低下が人為的なのか、それとも偶然か
それはまだMoRSの誰も、知らないのかもしれない。
次回は明日更新。つづきを追いやすくするため、**ブックマーク(しおり)**で目印していただけると助かります。
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