第71話 己の鏡
―――3月10日 早朝
朝のニュース番組が流れている食卓で、大佐と雪乃は食事をとっていた。
「ご主人様。本日はカウンセリングが3件入っています。」
「分かった。資料を準備しておいてくれ」
暫くは異変が起こらず、緩やかな日常が続いている。
「あ、兄さんと雪乃さん。おはよ」
妹が食卓へやってきた。
「本日はスクランブルエッグのスクランブルエッグとなっております。」
「え?それって普通のスクランブルエッグじゃないの」
「失礼いたしました。普通のスクランブルエッグです。」
「なにそれ、おもしろっ」
「雪乃が冗談を...」
大佐は少し異変を感じた。
「兄さん。今テレビでやってるあれ。」
「ん?なんだこれ」
「最近雅ちゃんを鏡にしてるひとが多いんだって」
雅ちゃんとは、ミヤビAIの俗称である。
「鏡?」
「そうそう。あのほら、自分考えてもわからないときってあるじゃん。」
「あ~そういうことか。要は視野が狭い時に出せない答えを出してもらうと」
「難しいことは多分兄さんの方が詳しいと思うけど。」
「初めて知ったな。これは」
「へぇ~兄さんにも知らないことがあるんだ。」
テレビでは、ミヤビAIを利用して、自分を作り出している人が話題になっていた。
番組の中では、インターホンを代わりに出たり、中にはオンライン授業を代わりに出てもらうなど、様々な利用方法を取り上げていた。
「でも、あまり依存するのは良くないな。」
「そうかな?まあ便利ならいいんじゃない?」
世の中では、模倣から複製へと使い方が変化している様子だった。
ピロン
携帯端末から通知音が鳴る。
”大佐、本部解析セクターまで”
端的に綴られたメッセージだが、MoRSでは一般的な呼び出しだ。
「じゃあ、俺は行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい。」
大佐と雪乃は身支度を済ませて、職場へと向かった。
―――3月10日 昼 仮想本部 デサンクタム
「すまない。表が忙しくてな。」
「いえ、お構いなく。早速ですが報告と判断を仰ぎたい事例が」
大佐は休憩時間に端末経由の仮想空間に接続していた。
メッセージの内容から、緊急性のあるものだと理解したからである。
「というと?」
「解析部より、社会解析の定期更新の結果です。」
今回、連絡をしてきたのは、解析部の統括主任だ。
解析部は、社会解析という継続任務を帯びている。
それは、一般社会を総合的な観点から解析し、社会常識やはやり等に特異な逸脱がないか確認することだった。
「これを今出すあたり、長期的な異変の兆候が?」
「はい。その判断を仰ぎたいという事象がそこなんですが。」
「なるほど。AIに対する自己投影か...」
「MoRSのシステムを一部利用しているので、高度な学習効果が出ています。今後は、個人の価値に対する情報災害が起こりうる可能性もあります。」
ミヤビAIは、エイレーネを使用している。だが、エイレーネの存在は一部にしか伝わっていない。
この統括主任のような非常勤の職員には基本的にMoRSサーバーとして伝わっている。
「とはいえ、別の進歩の象徴であるミヤビをダウングレードすると別のところで問題が起こるだろう。」
「あくまで、可能性の話です。だからこそ大佐の判断が欲しかった。」
「そうだな。ひとまず雪乃に計算を頼む。危険度の数値化を行った後に改めて介入について答えるので構わないか?」
「はい。助かります。」
大佐は雪乃に演算させることでリスク計算を行うこととなった。
個人の価値観、それが脅かされているのか。
その判断は未だ出ていない。
次回は明日更新。つづきを追いやすくするため、**ブックマーク(しおり)**で目印していただけると助かります。
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