第7話 遭遇
――16:22|市営住宅第4区画 廃棄指定区域・境界部
荒れ果てたフェンスの隙間から、大佐と雪乃は足を踏み入れた。
市の公式資料では「取り壊し予定」とされているはずのこのブロックに、
確かに“今”の気配があった。
砂埃混じりの風が吹き抜ける。
足元には割れたガラス、干からびた植木鉢、錆びついた自転車。
だが、異様なのは──そこに散らばる大量の“紙”だった。
「また、これ……」
「同一文言が多数。文字列統一率……87%」
「“しずめてから話すこと”──“話す前に、しずめる”」
「ほとんど意味を成していないが……全て、文脈の主語が抜けている」
「ねぇ、おじさん」
雪乃が足元から一枚拾い、指先で軽くつまむ。
「この紙……新品だよ」
「……?」
「印刷されたばかりのような感触。けど、ここは廃棄指定区域。
誰かが“定期的に”ここに置いている。機械的に。
それも“誰にも気づかれないように”」
「もしくは……“誰も記憶しないように”」
二人の視線が、廃屋の二階──わずかに開いた窓へと向かう。
「熱源反応、あり」
雪乃は軽く頷くと、ワンピースの裾から密かに収納された
コンパクト型ドローンを取り出す。静音駆動のそれは、まるで蝶のように空へ舞った。
「視覚支援モード、起動」
大佐の眼鏡型HUDにもドローン視点が投影され、
窓の奥に佇む“人影”が映し出された。
それは──まだ幼い、少女だった。
12〜13歳ほど。
髪はぼさぼさで、薄汚れたジャージをまとい、
手にはスマートフォンではなく、一冊のノート。
そしてそのノートに、黙々と“しずめ”と書き続けている。
「……繰り返し、反復」
「条件反射的に、“意味なき言葉”を写している。
でも、彼女自身には……“意識”がないように見える」
「誘導による意思の切断。
彼女は“思考”していない。書くことで“保持”しているだけだ」
「この子が“中心”か?」
「否。これは“影響者”ではなく、“影響対象”だ。
中心があるとすれば、もっと別のところ──」
ふと、少女が顔を上げた。
ドローンがその目と視線を交差させた瞬間──
「“ユキノちゃん、どうして見てるの?”」
雪乃の瞳がわずかに揺れる。
「接続──バレた……?」
「いや、“意識下の干渉”だ。あの子が今の状況を正確に把握しているとは思えない。
だが──名を知っている」
「私たち、“接触”されてる……」
警報は鳴らない。音もない。
だが、その空気だけが、確実に“侵食されていた”。
雪乃は静かに手を振った。
それは拒絶でも、呼びかけでもない、ただの確認。
少女はゆっくりと首をかしげ、
こう呟いた。
「わたしの中の“おと”が、君の中に“ある”から、だよ」
そして──そのまま、静かに意識を失ったように床に崩れ落ちた。
ドローン視点が一瞬だけノイズを起こす。
雪乃は目を閉じ、そっと胸元を押さえる。
「“侵入”の痕跡なし。感情センターに軽微な揺れ……これは、“共鳴”?」
「雪乃、戻るぞ。ここは既に“内部”だ。
我々の役割は、壊すことではない。認識させずに、“戻す”ことだ」
「……はい。了解、“大佐”」
その声色に、少しだけ震えが混じっていたのを、
大佐は聞き逃さなかった。