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天上のダイアグラム  作者: R section
第一章 人知の外
7/9

第7話 遭遇

――16:22|市営住宅第4区画 廃棄指定区域・境界部

荒れ果てたフェンスの隙間から、大佐と雪乃は足を踏み入れた。

市の公式資料では「取り壊し予定」とされているはずのこのブロックに、

確かに“今”の気配があった。

砂埃混じりの風が吹き抜ける。

足元には割れたガラス、干からびた植木鉢、錆びついた自転車。

だが、異様なのは──そこに散らばる大量の“紙”だった。

「また、これ……」

「同一文言が多数。文字列統一率……87%」

「“しずめてから話すこと”──“話す前に、しずめる”」

「ほとんど意味を成していないが……全て、文脈の主語が抜けている」

「ねぇ、おじさん」

雪乃が足元から一枚拾い、指先で軽くつまむ。

「この紙……新品だよ」

「……?」

「印刷されたばかりのような感触。けど、ここは廃棄指定区域。

 誰かが“定期的に”ここに置いている。機械的に。

 それも“誰にも気づかれないように”」

「もしくは……“誰も記憶しないように”」

二人の視線が、廃屋の二階──わずかに開いた窓へと向かう。

「熱源反応、あり」

雪乃は軽く頷くと、ワンピースの裾から密かに収納された

コンパクト型ドローンを取り出す。静音駆動のそれは、まるで蝶のように空へ舞った。

「視覚支援モード、起動」

大佐の眼鏡型HUDにもドローン視点が投影され、

窓の奥に佇む“人影”が映し出された。

それは──まだ幼い、少女だった。

12〜13歳ほど。

髪はぼさぼさで、薄汚れたジャージをまとい、

手にはスマートフォンではなく、一冊のノート。

そしてそのノートに、黙々と“しずめ”と書き続けている。

「……繰り返し、反復」

「条件反射的に、“意味なき言葉”を写している。

 でも、彼女自身には……“意識”がないように見える」

「誘導による意思の切断。

 彼女は“思考”していない。書くことで“保持”しているだけだ」

「この子が“中心”か?」

「否。これは“影響者”ではなく、“影響対象”だ。

 中心があるとすれば、もっと別のところ──」

ふと、少女が顔を上げた。

ドローンがその目と視線を交差させた瞬間──

「“ユキノちゃん、どうして見てるの?”」

雪乃の瞳がわずかに揺れる。

「接続──バレた……?」

「いや、“意識下の干渉”だ。あの子が今の状況を正確に把握しているとは思えない。

 だが──名を知っている」

「私たち、“接触”されてる……」

警報は鳴らない。音もない。

だが、その空気だけが、確実に“侵食されていた”。

雪乃は静かに手を振った。

それは拒絶でも、呼びかけでもない、ただの確認。

少女はゆっくりと首をかしげ、

こう呟いた。

「わたしの中の“おと”が、君の中に“ある”から、だよ」

そして──そのまま、静かに意識を失ったように床に崩れ落ちた。

ドローン視点が一瞬だけノイズを起こす。

雪乃は目を閉じ、そっと胸元を押さえる。

「“侵入”の痕跡なし。感情センターに軽微な揺れ……これは、“共鳴”?」

「雪乃、戻るぞ。ここは既に“内部”だ。

 我々の役割は、壊すことではない。認識させずに、“戻す”ことだ」

「……はい。了解、“大佐”」

その声色に、少しだけ震えが混じっていたのを、

大佐は聞き逃さなかった。


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