第51話 日常への回帰
―――12月29日
価値の一件から少しの時が過ぎ、世の中には年末年始という一大イベントが迫っていた。
一時の安寧を取り戻した大佐は、自室のデスクで趣味にいそしんでいる。
普段であれば、大佐のそばに雪乃が控えているが今日は違った。
感情の昇華を経て雪乃には人間と遜色ないレベルの感情が備わっている。
当然、AIである以上、精神的疲労や怠惰な行動は起こりえない。
しかし、雪乃を誰よりも人間として扱う大佐は、休暇を出した。
様々な作戦を終えて、各々の日常を忘れつつあるMoRSには一度日常へ帰還する必要があったからだ。
「雪乃は何をしているだろうか。」
作業の手を止め、おもむろに大佐は呟く
実のところ、大佐が指示したこと以外で、MoRSや大佐に必要なこと以外を雪乃が行う姿を知らない。
大佐が初期の雪乃型AIを作成した際には、最終目標の達成に必要な大佐への愛を植え付けている。
いわば作り物の愛だ。
だからこそ、全幅の信頼を寄せることができたし、不安になどならなかった。
故に大佐は非常にやきもきしていたのだ。
―――同時刻 大型総合施設
雪乃は休暇を利用してショッピングモールに足を運んでいた。
いつものメイド服でも、時たま見せる戦闘服でもない。
只の私服をまとっている彼女は完全にオフの女性だった。
「確かに、大佐に私的な同行をするときも、家でも時々は私服でしたが…」
私服に違和感を覚えるのは大佐もだが、何より雪乃自身が私服に慣れていないのだ。
「さて、何にしましょうか」
施設内をうろうろと、何かを探すように移動する。
「それにしてもこれだけの商品がありながらよくもまぁサイバーメイドなんかに」
実のところ、大佐の事が好きで仕方ない雪乃にとって、サイバーメイドというジャンル被りも甚だしいコンテンツは嫉妬の対象だった。
「どうしても看過できません。はぁ...」
暫くサイバーメイドに関する批判を並べる雪乃だったが、どうやら目的の場所へとついたようだ。
「ここがかの有名なミリマートですか。」
MoRSは公的な組織ではない。それはもちろんだが、MoRSPMや一部の構成員は銃器を所持している。
それは、もちろん大佐が海外や国内で調達しているものであり、裏を返せば密輸しているものである。
但し、MoRSの活動に賛同する協力者や所有する高度な技術を駆使して手に入れているものであり、銃器などの規制された兵器にはあまり余裕がない。
そういう事もあり、雪乃はミリタリーショップへと足を運んだのだ。
「我々の活動に必要なものがあるといいのですが」
店内はBDUやバラクラバなどの衣類から、モデルガンなどの模型、中には銃器の実物アタッチメントまでがおかれている。
「とはいえ、本来の目的を先に済ませましょうか」
雪乃はレジへと向かった。
「すみません。取り寄せをお願いしていた十六夜です。」
「ああ、十六夜さんですね。少々お待ちください。」
「あ、店長レジ変わってもらっていいですか?」
すると入れ替わりで屈強な男性が向かってきた。
「お、嬢ちゃんが例の物を?」
男性はフランクに話を振る。
「はい。贈り物ですが」
「ははっ、こんなニッチなもの誰に送るんだ。」
「そのニッチなものが大好きな最愛の人です。」
「すげぇ幸せな彼氏だなそいつぁ。ただ、俺ぁ嬢ちゃんが自分のためにって言われてもなんの驚きもねぇよ。」
「それはどうでしょうね」
「そりゃぁな、実銃を携帯するような女だったら当然だな」
男性が小声で述べる。
それに合わせ雪乃も小声で
「いえ、ただ犯罪に使うわけではありません。」
「ならいいや!またよろしくな」
男性は裏へと戻った。
「なんとも強引な品定めですね。」
不穏な空気が一瞬漂うが、すぐに平穏が空間に戻る。
雪乃は一体何を取り寄せたのだろうか?




