第40話 価値の盃
――11月29日 18時10分 MoRS本部外通路
しずめは高架下の隠し扉の先へ進んでいた。
「結構歩いた気がするんだけど」
数分歩いただろうか、何も変わらない景色が不安を煽ってくる。
「せめてあと何分で着くか書いてくれればいいのに」
確実に道は正しいと知っているがそれでも不安がしずめを襲う。
それから5分ほど歩いた先で急に景色が変わった。SF映画で見るような重厚な扉が出迎えたのだ。
「扉...ね。当然と言えば当然か」
あまりにも異質な扉を見て呆れが止まらない。
そして、どうすれば開くのかと考え始めた矢先、扉が大きな音を立てて開き始める。
それと同時にどこからか雪乃の声がした。
「しずめ様、ゲートの先にあるトロッコのようなものにお乗りください。指令セクターまで連れて行きます。」
「分かりました」
雪乃の声を聴いて安堵したしずめはあまり深く考えずに指示に従った。
扉の先には、トロッコとぎりぎり呼べるだろうか、明らかに近未来技術の乗り物が鎮座している。
座席に座り、ひと息ついたあたりで、スピーカー越しに雪乃が話しかけた。
「おおよそ、どのような理由でいらしたのか察してはいますが、確認のため要件を伺ってもよろしいですか?」
しずめは考えた。
普段から、頭脳明晰で何事も先回りをしている雪乃がわざわざ理由を問うその意味を
「そこまで深く考える必要はありません。しずめ様が今感じている事がおそらく我々の求める答えですので。」
雪乃が即座にフォローする。
しばらくの沈黙
しずめは覚悟を決めて述べた。
「価値について...かな」
「そうですか。やはりあなたは...」
意味深な間がしずめを不安にさせる。
その不安について考える間もなく、司令セクターへ到着した。
---司令セクター 中央司令室
司令セクターの入口から少し先、重厚な扉の先には映画のセットのような司令室が拡がっていた。
しずめが入室してすぐに、大佐が出迎える。
「ようこそ、世界の裏側へ」
「大佐...格好をつけるのはよろしいですが、今は通常体勢ですので...」
予想外の出迎え方に少し戸惑うしずめだったが、そんなことは些細なことだった。
しずめは脈絡など捨ておいて、頭の中を占有する疑問を投げかけた。
「偽物に...偽物に価値は無いの?」
その純粋な問いに特に思考していない様子で大佐は答える。
「君と同じ問いを抱えている人間がこの国には...いや世界には数十億人といる。
しかし、殆どがそれを他人に問わない。なぜかわかるか」
しずめにとっては予想外だった。
質問を質問で返された上、何故ここで人類の話が出てくるのか
疑問はさらに大きくなるだけだった。
「どういうこと?」
大佐は答えを求めていないかのように答える。
「誰もが価値を付加する器を持っている。価値を決めるのは一人一人の価値観だ。
それに他人が介入することが間違っている。」
その答えを聞いてしずめは納得した。
誰もが世間体を気にして価値観を歪ませる。それこそが本当の間違いなのだと。
「そっか、自分で決めていいんだ。」
「そうだ。現代の人々の殆どが最終的に自らこの結論に至って考えることをやめる。しかし、それが社会という器と混ざることで歪んでしまった。」
「うん。それはそうかも」
とても腑に落ちた。未だに自分がなぜ今回の出来事を深く受け止めているのか
多少は疑問だった。
しかし、それは社会が大事にしているからと言われるとそうかもしれない。
しずめは納得した。
「大佐、それはしずめ様にとって...」
唐突に雪乃が言った。
「ああ、しかしそれも敵の価値観だ。」
「ねぇ、先生...敵ってだれなの?」
「ああ、そういえばそうだったな。説明しよう。」
純粋に対する答えは述べられた。しかし、敵は未だに不明である。
その中で、倫理の器である大佐がついに想定される敵について述べようとしていた。




