第35話 仮想の深海
―――仮想指令室 サンクタムデルタ起動
仮想指令室 サンクタムデルタ
それはMoRSの所有する仮想空間でMoRSに属する人はすべて配布されるデバイスを通してアクセスできる。
高高度暗号化技術によって安全性が確保され、脅威の遅延0.000001msという
常軌を逸した環境が外部での作戦を補助するために使われている。
大佐や雪乃のような重要構成員は専用のデバイスで何時でも意識ごと移動することができる。
今まさに昼食という時間を用いて、仮想空間内での作戦会議が行われようとしていた。
「早速だが、雪乃」
「はい。大佐。」
「甲斐の件だ。あれはおそらく、パッケージは正規品と同じ技術を用いている。」
「そうですね。ただの模倣にしては、いささか不安定です。」
甲斐の店に持ち込まれた例のゲームの外装は、あまりにも完璧すぎた。
正規品そのものにしか見えない。
要は新品と言えど、数十年前の中古製品にしてはあまりにもきれいすぎるのだ。
「極めつけに釣り合わない簡素な中身だ。」
「偽造にしてもあまりにも局所的過ぎます。」
狙いどころもおかしい。そこまで高い模倣技術があるのであれば、一般的な流通品を
模倣した方が儲けは多くなる。
「何か裏がありそうだな。」
「現物の解析はすでに終わっています。予想通り分子の構造から、製造はごく最近に行われたと」
「そこはたいして重要ではない。」
中身から偽物だということが分かっている以上、組成などは問題ではない。
「おそらく犯人を見つけることもできます。どういたしましょう?」
「犯人を見つけて観測を行え、ただし直接観測は行うな。」
「了解しました。CCTVなどの監視網を使用して観測します。」
現状できる限りMoRSの存在が露見するリスクは避けたい。
しずめや白票の際は、明らかに敵の存在があった。
それが事態の進行を加速させていたからこそ手段を選べなかった。
ただ、今回は別だ。
「この件は未だ他の関連事象が観測されていない。」
「はい。大きな組織や策略の気配はありません。」
通常、大きな異変の際にはどれだけ巧妙に隠したとしても、MoRSが調査した段階で
いずれかの痕跡が発見される。
MoRSは現在、日本国内のありとあらゆる情報にアクセスできる。
そのような組織がリソースを惜しまず、特定の調査を行うということはとてつもない力を発揮する。
しかし、今回は何の痕跡もない。
可能性の上では”数人又は個人による浅はかな偽造”であると
そう判断できる。
「今回、敵の存在は見えないがまだわからない。」
「理解しています。しかし現状では敵の存在を考量する材料が皆無です。」
大佐は少し不安を抱いていた。
根拠ではないわけではないが、根拠とは言えない。
<もしも、以前の敵が隠ぺいを主軸にして破滅を起こすなら>
そんな考えがどうしても否定できなかった。
「大佐、深く入る前に現状を教えていただけますか。」
「ん...?ああ」
大佐は時々、周囲が全く見えないどころか外部からの刺激を一切感じないほどに深く考えることがある。
それがきっかけで危うく死ぬところだったことも少なくない。
だから雪乃はその前に内容を聞き演算する。
”大佐の頭脳であればどれほどの時間なら潜れるのか”と
その時間が来たら大佐を引き上げるために。
「もしも敵が、できる限り隠しながら大きなことをしようと考えたらどうかとな」
「分かりました。では3分後に引き上げます。」
大佐は深く潜った。
一人の少女を媒体にした見えない言葉のウィルス
野心家を媒体にした民主主義の構造破壊
既に起きたのはこの二つ。
どちらも第三者を媒体として利用し、実行と責任を押し付けている。
前者は発見されてもされなくても関係なく
後者は明らかに発見されることを前提として
但しどちらも心のスキをついている。
敵と呼ぶその人物はおそらく最後まで顔を見せない。
よって今回も利用される人物がいる。
只、それが見えないようにするとなれば...
何かが見える。
うっすらと
ただうっすらと
いつもそこにある何かが
”ブォォオオン”
船の汽笛が鳴る。
「大佐、時間です。」
気付けば雪乃がいた。
「ああ...有難う」
うつろなまま返事をした大佐は極度に疲労していた。
「何か分かりましたか?」
「ああ。ただ可能性の海を抜け出せない。」
未だ可能性ではあるものの、大佐は何かを見つけた。
それが今後どのように作用するかはまだ分からない。




