第34話 変わらない日常
翌日 11月6日 朝 大佐の自宅 食卓
「雪乃さん遅いね。」
「そうだな。ただ今日はそれでいい。」
「兄さん・・・まさか!」
「想像に任せるよ。」
取り留めのない兄弟の会話だ。ただ内容は煩悩に満ちている。
「相変わらず早いわね。うちの子は。」
「母さん。おはよう。」
大佐の母親“常世 聖”
極々一般的な母親で、得に変わったところはない。
家族は任務について何も知らない。
大佐が一般人でいるためには、普通の家族が必要だからだ。
しかし、雪乃については少し特殊だった。
大佐の大学の後輩であり、何かしらの大恩がありその恩返しという名目で
大佐のメイドとして従事したいと押しかけてきた人という設定だった。
それに雪乃は大佐の事が好きだと知っている。
「あら、雪乃さんは?」
普段すべての家事を雪乃が代行している。
大佐の家族は皆それぞれ働いており、基本的に家にいない。
だからなのか雪乃の住み込みの件もすぐに承諾している。
「お母さん、それがね(ひそひそ)」
聖が悪い笑みを浮かべる。
「もう。それならそうと言ってくれたら旅行に行ったのに」
「何の話だ。」
「兄さんは逆にここまでされてなんで気づかないの。」
家族の団欒が続きしばらくして
「皆さん、申し訳ありません。すぐに朝食を」
雪乃が息を切らしながら顔を出す。
「それとご主人様。例の件は後程。」
昨晩は二人で朝日を見た。要はいろいろしてたら朝だったということだ。
そのため、任務に関する話が滞っている。例の件とはそのことだろう。
「あらあら~」
聖がさらに悪い笑みを浮かべる。
「雪乃さん、もしかしてまだ着替えてなかった?」
「だと思うわよ。というか、別に隠さなくてもいいのに」
普段自宅ではメイド服という少々異質な装いであるが
さすがの雪乃も寝る際にはパジャマに着替えている。
「まあ雪乃が寝坊することがまずないからな。慌てて報告しに来たのだろう」
「は?」
雪奈は眉を細めながら呆れた。
「あのさぁ、兄さん。鈍感も度が過ぎるとうざいよ。」
「何の話だ。」
「はぁ~、先が思いやられる。」
妹として兄の鈍感さにはほとほとうんざりしていたが
これほどまでなのかとあきれることしかできない雪奈であった。
同日 昼頃 大佐のオフィス
普段と変わらぬ昼の景色だが、今日ばかりは少し特別な日だった。
しずめの件で潜入をしてから、雪乃は毎日欠かさず大佐のお弁当を作っている。
「申し訳ありません。まさか寝坊をしてしまうとは。」
「いいんだよ、それくらいで。」
「お詫びに何かさせてください。」
「では、何か一緒に食べに行かないか?」
「も、もちろん!」
かくして、二人は共に外食をすることになった。
大佐のオフィス周辺は、そこまで栄えていない。
しかし、有名なファストフード店などが点々としているため
食べるところに困ることはない。
中でも大佐と雪乃がお気に入りなのが個人経営の定食屋であった。
「あのお店、開いてますね。」
雪乃が指をさした先にあるのがその店だ。
“灯毘屋”
営業時間不定 店内は個室のみである変わったお店だが
その料理はどれも絶品で二人のお気に入りランキング第三位である。
「例の件もあるし、今日はあそこにしようか。」
店内に入ると、自走型ロボットが出迎える。
「いらっしゃいまセ!こちらへどうゾ」
2人は案内された席に向かう。
「そういえばここ店員を見たことがありませんが。」
「ああ、そうだろうね。」
「それはどういう?」
「まあ知らない方がいいこともある。それより例の件だが」
大佐と雪乃はまた一つ理解した。愛という不確かな感情を
それは確実に大佐の計画が進んでいることの証明だった。




