第32話 浮き上がる疑念
大佐が秋葉原で趣味に勤しんでいるとしても、常に異変は身近に存在する。
そして、メイドは常に主人のそばに存在する。
「雪乃?なぜここに。」
「大佐が何も言わず出ていくからです。」
「そ、そうだな。普段はあまり趣味について話さないが、私にもプライベートはある。」
「もちろん存じていますが、やり過ぎです。」
雪乃は少し怒っている。
「いやいや。あれが本当に正規品ならものすごい価値だぞ。」
「はぁ・・・だとしても900万円はやり過ぎです。」
「安い買い物だ!」
一向にひかない大佐と、それを戒める雪乃の2人だが
はたから見たらただの痴話喧嘩である。
「あのさぁ・・・夫婦喧嘩は外でやってくれ。」
甲斐が呆れた顔で二人に告げた。
「「夫婦じゃない!」」
同時に反論する姿はもはや勘違いの補強にしかならない。
「にしてもお前の嫁さん可愛すぎるだろ。どこで捕まえたんだよ」
潜入時同様に、大佐のプライベートに随伴する際、雪乃は一般的な女性服を着用している。
とはいえ、銀白色のロングヘアーに赤い瞳はこの世ならざる美しさを表現している雪乃は少しばかり浮いてしまう。
「本当に嫁じゃない。それに雪乃は日本人の血が入ってないからな。」
「それはそうなんだろうけど、にしてもすごいな...」
甲斐の目線が雪乃を往復した。
「それはいかがなものかと思うよ、甲斐」
「見るなという方が無理だ。というかメイド服を着ようものならお前の趣味そのものじゃないか。」
「それはそうだな。最高に美しい。でも嫁ではない。」
「とにかく痴話げんかなら家でやってくれ。それとな、趣味に全力なのもいいが、家族は大切にな・・・」
甲斐までもが大佐を戒める。
店を出た二人だったが、予定がなくなってしまった。
「雪乃、ご飯でも食べるか。」
「・・・」
雪乃は応答しない。
「ん?雪乃?」
よく見ると少し膨れている。
「とりあえずいつものすし屋でいいか。」
道中、雪乃は一言も発しなかった。
正午ごろ 秋葉原大通り 芋生寿司
「らっしゃい!」
大佐が店内に入ると店主が全力で歓迎した。
「ここのすしは最高の理念に乗っ取って作られている。」
「・・・」
相変わらず口を開かない雪乃と共に案内された席に着く。
「師匠!ご無沙汰しております。」
案内された個室にお茶をもってきたのは、常世雪奈
大佐の実の妹である。
「雪奈、私たちはお客さんだろう。」
「失礼しました。ご注文の際はそちらの端末からお願いします。
っと兄さん。多分雪乃さんめっちゃ怒ってるから何とかしてね。」
雪奈がその場を去ると大佐は行動に移す。
「雪乃、これから少し仕事の話をするが」
「はい。先生。」
「その前になんで怒ってるんだ?」
「別に夫婦じゃないのだけれど、夫婦になりたいのは事実だし。私だってちゃんと可愛いし。」
雪乃は小声で答えた。
「ん?なんだ?」
「いえ。なんでもありません。切り替えました。」
「そ、そうか?なら本題に」
「それと、先生。今夜は覚悟してください。」
「ん?まあいい。甲斐の件だ。」
「はい。認知的不協和ですか?」
「違う。そっちじゃない。サイバーメイドⅡだがあれはおそらく偽物だ。」
「はい。だから止めたのですが。」
雪乃の顔がますます険しくなる。
「趣味はさておき、私のメガネがエイレーネに対して雪乃を通してリンクしているだろ。」
「中身を分析したということですね。」
大佐のメガネには物体の内部構造を分析できるスキャン機能が備わっている。
大佐が雪乃無しで単独行動することもしばしばあるため、身に着けている品の殆どが
MoRSお手製の高性能機器だ。
「前回のような偶発的ミーム構造ではなく、ただの詐欺だとは思う。」
「ですね。中身はただの紙束です。中身まで凝った構造ではないからこそそれなりに安易な考えによるものでしょう。」
「しかし甲斐が巻き込まれる危険がある。甲斐はもちろん我々に被害が出ないように例の物を手に入れたい。」
「分かりました。それでは外部の強盗犯に依頼し奪取させます。」
「よろしい。それと甲斐には保険を装って購入と同額を与えておいてくれ。」
日常にも計り知れない悪意が混じっている。
だが大佐はそのすべてを調律する。
それがMoRSの誕生につながり、日常を守護していることを友人ですら知らない。




