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天上のダイアグラム  作者: R section
第2章 世論の枷

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第28話 善意の悪

9月20日 投票日当日 午前5時


浅草での事件以降、今日に至るまでに投票しないという意見はなぜか消え去った。

未だ投票開始時刻ではないが都内の投票所にはかつてない人の波があたりを埋め尽くしている。


そしてそのほとんどが白い服を着ていた。


「しずめ様、これが人です。」

「どういうこと 雪乃さんも人なのに変だよ。」

「いえ、私は…いや違います。こうも簡単に誘導されてしまうということです。」


各投票所のライブ映像を前に二人は話す。


「そういえば先生は?」

「先生は今準備中です。」

「何の準備?まあなんでもいいけど。」



同時刻 都内某所


投票開始の時刻が近づく中、大佐はとある地下駐車場に数名の“実行部隊員”と共にいた。


「指令、対象を確認しました。実行の最終承認を」

「絶影作戦の実行を許可する。」


大佐は重い声で告げた。


「実行許可が出た。あ号は所定の行動に入れ。」


投票の裏で何かが起きようとしていることを人々は知る由もなかった。



午前7時 MoRS本部 観測セクター 第一観測室


「しずめ様、こちらへ」

モニター越しに投票所の様子を観察していた雪乃が告げた。


「どうしたの?もしかして何かあったの?」

「いいえ、これから我々が行ったすべてを説明します。」


「どういうこと?」

「しずめ様が我々MoRSと共にあるために、我々の行動について知ってもらい

その上で、我々と共にあるということがどういう意味を持つのか、それを知ってもらいます。」


雪乃は懸念していた。


しずめが知ることで我々を拒絶するのではないか

それだけなら未だしも、我々に敵対するのではないかと


しかし、大佐は結末を迎える前に、この一件を通してしずめにも

すべてを理解してほしいと雪乃に指示した。


その意味のすべてを理解しているからこそ怖かった。


「先生たちは正義の組織なんだよね。」


あまりにも純粋で自然な質問だ。

なにも知らないからこそ、善にも悪にもなる。


「いいえ、我々は悪でも善でもない。ただの調律機関です。」

「どういう意味か分からない。でもだからこそ知らないといけないんだね。」

「・・・はい。」


不安が一層高まる雪乃だったが、時は待ってはくれなかった。



午前7時30分 MoRS本部 指令セクター 中央総指令室 「ノクターン」


「こちらが、我々の本当の指令室です。」

「ここがそうなの?ネットカフェみたい。」


「本来、ここに入ることが許されるのは、大佐と私の二名だけですが」

「そうなんだ。だから個室みたいなんだね。」


「それでは画面をご覧ください。すべてを映します。」

雪乃がそう告げると、部屋にあるただ一つのデスクに備わっている3つのモニターが起動する。


右の画面には、大きく“作戦進行度28%”と表示されており、下部に各工程が記されていた。

画面を見たしずめが驚く。

「なにこれ・・・・」


ごく自然な驚きだった。

それを見て、待ち構えていたかのように雪乃が説明を行う。


「御覧の通り、今回の作戦は“二影作戦”と呼称しています。

 作戦概要は“白票ミームの無力化“及び”危険因子の排除“」


「それはつまりどういうこと?」


「“白票ミームの無力化“こちらを便宜上”霧影作戦“と呼称しています。

霧影作戦は、白票を投じる行為を別の形で表現させることで、投票行為自体に影響を与えないようにすること。」


しずめは首を傾げる。


「後に詳しく解説しますが、投票を行わないもしくは白票を投じることで政治不信により国家が傾かないように、調律するということです。」


「なるほどね。もう一つ・・・は?」

しずめは息をのみながら質問する。


「もう一つ、“危険因子の排除”ですが、こちらを便宜上“絶影作戦”と呼称しています。」


坦々と告げる雪乃に少し恐怖を感じるしずめ

しかし、覚悟を決めて質問する。


「排除...?」


「白票支持を公に行った候補者を物理的に排除します。

なお、排除の前に本人が映像記録として引退のカバーストーリーを作成し外部からは認識させません。」


雪乃が坦々と告げた。


「それはいけないことじゃないの。」


排除という言葉は必ずしも命を奪うことではない。

しかし、雰囲気と画面に映し出されている情報の数々がすでに答えていた。


「しずめ様の疑問はごもっともでございます。しかし、倫理の外から倫理を理解したうえで、決断し行動をする。」


「...?」

既に中学生の理解できる域を超えているからか

それともあまりにも残酷だからか

しずめは言葉に詰まる。


「簡単に言えば、トロッコ問題に対して堂々と選択できるのが我々なのです。」


少女の純粋な疑問に雪乃、否MoRSは答える。


誰もが社会のルールや倫理というかごの中で生きている。

だからこそ社会という人間の集まりは傾きが強くなると共に倒れることしかできない。


もしも、その傾きを正したいのであれば

ただ、反対側に行けばよい。それすらできなくなる。


均衡を保てないのであれば、誰かが均衡を保つように誘導しなければならない。


それがMoRSだ。


「もしも、これがただの偶発的な集団心理であれば、我々は心理的誘導をもってその均衡を保ちます。」

雪乃は説明を続ける。


「ただし、それを不必要に先導したり意図的に仕組んだりするものがいると、その原因を絶たなければいけません。」


「だとしても、殺すの?説得はできないの?」


「できます。しかし、説得できる状況であればの話です。」


「今回は違うってこと?」


「ええ。」


状況はすでに件の候補者が当選しても落選しても傾きは加速する。

それを政府が率先して沈静化を図ったとしても、変わらない。


それはただの問題の先送り、選ばない意思である。


であれば、どうするべきか、MoRSは考えた。

だが、たとえこの状況で候補者自らが立候補を取り消しても、陰謀を疑われて何も変わらない。


どうやってもこの候補がいる限り、事態は変わらない。


「我々は考えました。数々の可能性を。その中で、偶然という不確定事象を除いて

この候補者が生存し、事態を好転させることは不可能であると結論付けました。」


「なんとなくだけど、わかったよ。」


「ですが、ありとあらゆる可能性を考慮した結果、候補が自ら終わりを迎える。

そして死後、適切なタイミングで自らの行いを悔いる映像を公開する。

そうすれば事態は適切に終了すると分かりました。」


エイレーネの判断基準は常に論理的である。

しかし、人間は論理だけで行動はできない。


だからこそ、機械的に演算し常に論理の最適解を提示するだけでは

人類からは認められず、最悪の場合には迫害の対象になってしまう。


ではどうするか。

”感情と論理の共存をもって、最適解を提案する”


それが”エイレーネ第2段階<コンコルディア>”


エイレーネの昇華によって、最適解を導いた。

しかしそれはしずめにとって、最適解ではない。


「でもその人が死にたくないと言ったらそれは悪だと思う。」


「その通りです。だから事前に匿名で彼に対して、誘導を試みました。

しかし、彼は拒否し、更にその一連の文面を“殺害予告”として自身の広報活動に

利用しようとしました。」


もちろん、MoRSの人員がこれを阻止した。


「そして、大佐は断定しました。この候補が我々にとっても、人類にとっても悪であると。」

「そして大佐は決断しました。最終手段を実行すると。」


均衡を阻害するものが

世界を救った英雄であっても

人々から慕われる聖者であっても


立ちはだかるのであれば、そっと排除する。

そして、排除したことを完全に闇へと葬る。


それがMoRSが取れる最大級の残虐であり

MoRSにとって、意図的な人命の排除は最終手段である。


最終手段を用いるたびに、皆悔いている。


〈もう二度と起こさない。〉と


最終手段をとるたび、MoRSの観測能力は強化されてきた。

皆が、誰も失わないように努力を続けた。


その結果、既に全人類のすべてを知ることすら可能な領域にいる。


しかし、究極の善意と極限の能力をもってしても、偶発的に起こりうる事象を未然には防げない。


それほどに人間というのは高度な存在なのだ。


「だからしずめ様、我々は必要悪であることを受け入れます。」


「じゃあ殺すべき人を殺してでも守ることは正義ってこと?」


「その答えは私には出せませんでした。」


その答えを出せるのは人類にとって外側にいる人類。


人知の外に存在する人物のみ。


「じゃあこれは悪ってこと?」


「いいえ、どちらでもない。それが答えです。」


「どういうこと?」


「その答えはMoRSが最終目標を達成したときに私が出します。

ただそれまでは不完全ながらも、人類を大きく傾かせないためのバランサーであるということです。」


「くらくらしてきた。」

しずめが頭を押さえる。


ここまでしずめの理解が追い付いていただけでも異常だった。

しずめが思考を放棄する前に雪乃は結論を告げる。


「今はただ、均衡を保つためにできる限り穏便に調整する者が我々と思ってください。」

「分かった。今はそれでいいんだね。」


最終的にしずめは保留した。

自らの結論を出すのは、もっと知ってからでいいと感じたから。


「話を戻します。二影作戦の実行の重要目標は理解していただけたと思います。」

「それはなんとなくだけど。」


「そして現在、前述の霧影作戦はすでに最終段階です。」

「う~ん?」


突然説明を省略されしずめが混乱する。


「後述の絶影作戦については現ざ・・・そちらは後にします。」


どうやら雪乃に何らかの連絡が入ったようだ。


「雪乃、絶影作戦を完了した。」


スピーカーから流れた大佐の声は事態に進展があったことを意味する。

雪乃はこの連絡を予測して説明を急いでいたのだ。


「大佐。ご苦労様です。まもなく9月20日 午前9時を迎えます。」


「そっちは頼んだぞ。雪乃。」


「はい。」


通信が切れる。


「それではしずめ様。先に霧影作戦の最終段階をご覧ください。」


雪乃の無機質な顔から、覚悟のようなものが見える。

霧に潜む影の作戦がついに最終幕を迎えようとしていた。


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