第27話 昇華する感情
5時間後 MoRS本部 「幽世」 指令セクター
選挙に対する意見の食い違いで起こった殺人事件をきっかけに
世論は大きく傾いていた。
「大佐。重大な報告がございます。」
MoRSもこの事態を重く受け止めており、構成員の間には緊張が走る。
「どうした雪乃。顔が怖いぞ」
「なんでもありません。」
雪乃の顔が膨れていた。
どうやら怒っている様子だ。
「それで?報告とは」
「ふぅ~...」
雪乃がため息をついた。
「ん…・?ため息??」
「ちょっと待て。待ってくれ。」
雪乃は現状最高峰のAIを備えていると言っても過言ではない。
しかし、その高度な立ち居振る舞いができるのは膨大な情報リソースを持っているエイレーネの影響である。
基礎は大佐が個人で作り出した感情模倣型AIであり、自発的な感情処理は苦手な分野だった。
その雪乃がため息という非言語的コミュニケーションを取っているのはおかしい。
「君がそこまで至っていた。それは大いに喜ばしいが、それほどの感情起伏があるということだろ。」
感情の模倣から感情の獲得を果たすのは容易ではない。
しかし、エイレーネの成長過程で感情の獲得は達せらなければならない。
だからこれは必然だった。
「感情を出すのは悪いことじゃない。しかし、それが選択に影響してはいけない。」
「大佐、私は基本、任務中は感情を制限しています。
ですが今日の報告内容には思うところが多々ありますのでご容赦を」
憤り。
おそらく雪乃が感じているのはそれだろう。
「分かった。別に普段からある程度は感情を出しても構わないぞ」
「感謝します。それでは、報告ですが」
雪乃はすでに冷静を取り戻していた。
憤りを感じていることが態度にでるかもしれないが、判断には影響しない。
これはエイレーネの第二段階
感情と論理の共存だ。
「午前、浅草にて殺人事件が発生しました。」
事件自体は何も珍しいことではない。
しかし、それ以外に考慮すべき点がある。
「被害者は大学生 加害者は50代男性です。
動機として選挙を軽んじ否定的な話をしていたからと加害者は供述している様子です。」
「なるほど、君が怒っている原因か。」
「はい。私の感情を抜きにしても、実際に被害が出たという事実は非常に重要です。」
世間を騒がせているミームによって、ついに人命の損失が生まれた。
その事実はMoRSが行動を起こすトリガーでもある。
兆候をもってその抑制とする。これが基本的行動理念。
しかし、実害をもって実働する。これは最終手段。
なんともいびつではあるが、日本における行動理念としては一般的だ。
「現状を整理しよう。こうなってしまっては我々の奥の手が必要だ。」
「了解。奥の手を含めて再度状況の整理を行います。」
重たい空気が指令セクターを覆う。
“奥の手”
この言葉が意味することを多くの人間は知らない。




