第24話 止まる集団
夜の都内は、曇り空の下で静かに灯りを瞬かせていた。
“選ばれない候補者”──その表現が、再びニュースに踊る。
街頭インタビューでは、十代の若者がこう答えていた。
「誰が勝っても変わんないっすよ、どうせ。だから白票で」
「自分の意思って感じがして、逆に気持ちいいです」
──それは“気持ちよさ”を与える麻酔のようだった。
一方で、高齢の男性が言う。
「戦争が終わってから、選挙は権利だって教えられてきた。
それを放棄しろという風潮には、どうも……な」
──その語りは、風に押し流されるように、か細く消えていった。
MoRS本部・管理セクター 第四会議室
仮想空間ではない、現実の拠点。薄明かりの下、大佐と雪乃、そして情報分析班の構成員たちが顔を揃える。
「……この分断の“熱”は、既に市民間に接触点を持ち始めています」
一人の情報員が、プリントアウトされた資料を机上に並べた。
「“親が白票を強制してくる”という学生の投稿、
“白票を馬鹿にされた”という社会人の反発……
それぞれが“個人の自由”を盾に、周囲を攻撃し始めています」
「──ミームの拡散ではなく、ミームの“自衛化”だな」
大佐の声は低い。
「ええ、“信念を守るための攻撃”に転じた瞬間
調律の難易度は飛躍的に上がります」
不満が社会の器から溢れるとき、それは爆発的な感情の連鎖を招く。
疑問から不満が生まれ、不満が反意を生む。
反意の裏側は自らの意思を肯定する鋼の意思となって、他からの介入を困難にする。
「ならば、ミームを否定するのではなく、
“他者を攻撃しない自由”という概念に、すり替えるしかない」
「アサンプションの転換ですね。了解しました」
雪乃は即座に理解したように、手元のタブレットを操作する。
「新たなフレームをSNSに投下します。“異なる選択を責めないこと”を軸に。
同時に、アリシア氏には“選びの尊重”というテーマで次回配信を要請します」
「構成員の街頭聞き取りも再開。民意の深部に、変化の兆しがないかを探る」
──その会議は、無音のうちに進行し、無言のまま終わった。
だが、誰もが理解していた。
“分断”はすでに始まっており、それを未然に抑えるには
「選択の自由」という概念を“戦わせない価値”へと変える必要があることを。
翌朝・登校中のしずめ
しずめは、制服の襟を直しながら登校していた。
すれ違う生徒たちの会話が耳に入る。
「ねえ、白票ってありだよね?」
「私のお母さん、怒ってた。“そんなの意思じゃない”ってさ」
──その言葉に、彼女は歩みを少しだけ止めた。
(……わたし、“白票”のこと、よくわかってないのに)
けれど、自分の知らない話題が、周囲の空気を静かに変えていくのを、彼女は“肌”で感じていた。
彼女の無垢な視界の奥に、うっすらとした“ひずみ”が広がりつつあった。
(先生……ゆきのさん……これも、ミームなの?)
しずめの問いは、言葉になることなく、空へ溶けていった。




