第21話 囁きの拡散 成長
同時刻:しずめの部屋(MoRS支援の一般住宅)
「……なんで、みんな白票がいいって言うんだろ……?」
スマホを握ったしずめが、小さく首を傾げた。
制服のまま、ベッドに倒れこみ、SNSを眺めている。
MoRSがこの事態を把握し、観察を続けているが
事態は加速の一途をたどっている。
“投票って面倒だし、白票でもいいよね”
“考えるの疲れた。何も選びたくない”
“白票がいちばん誠実”
そんな言葉に、なぜかしずめは胸をざわつかせた。
自分も“それ”に共感しかけていた──でも、何かが引っかかる。
(……なんか、変。変なのに、変って思えない)
それは、彼女の中に眠る“ミームに対する直感”が微かに疼いた瞬間だった。
夜──大佐の自室
「雪乃。今からログを一括抽出。標本抽出解析を急げ。明日には都内の情勢を掌握する」
「承知しました。
なお、“しずめ”の情緒波に軽微な振動が確認されています。影響は軽度ですが……」
しずめの周囲にもすでに影響は波及している。
それは、東京都議選が社会全体に影響しているということを意味している。
「……放置するな。感覚の鋭さがミームへの耐性を弱める。
彼女には日常を、我々には非日常を──分けることが、今は必要だ」
「了解、大佐」
淡々と交わされる命令と応答。
だがその裏には、しずめという存在を“守る”という、確かな感情があった。
第二章 第三部:ささやきの拡散②
――代理の声
夕暮れの東京・代官山。
コンクリートとガラスが交差するカフェのテラス席に、一人の女がいた。
名前は叶 希望。
登録者数は400万を超える人気配信者であり、かつてはテレビ業界でも活躍していた元アナウンサー。
今では政治や社会問題を柔らかく解説する「民間ジャーナリスト」として知られている。
その彼女のスマートフォンに、新着のDMが届いた。
【匿名依頼】構造的誤謬による社会分断の兆候あり
主題:白票ミームの抑制
方法:1.事実の列挙、2.冷静な否定、3.市民感覚の代弁
備考:誠意を持って、しかし感情に流されぬように。
発信タイミング:今夜20時のライブ配信にて。
彼女は何も返信しなかった。ただ、眉をひとつ、ぴくりと動かす。
そしてカメラに向かって、告知を行う。
「今夜の配信は少し真面目な話。選挙と、白票についてお話しします。」
新宿のビジネスホテル。
控室で端末を確認していた雪乃が、情報ウィンドウを指でなぞる。
「……“希望”が動きました。大佐、オープンエージェント001、作戦開始です。」
「順調か?」
「現段階では拡散率15.8%。
希望氏の影響力は政治的発信に限ると平均エンゲージメント率6.2%。
現在上昇傾向にあります。」
「デマとして否定するのではない。“理性的に疑問を投げかける”、それで十分だ。」
「はい。白票ミームの力は“空気”です。
その“空気”に、ほんの少しだけ冷風を送る。それだけで結構です。」
大佐は静かに頷く。
しずめの一件が局所的な空間に対して行れたものであるなら
今回の白票ミームは日本人全体の空気に対して行われている。
「MoRSが直接動けば、“誰かが隠している”と逆効果になる。
今は、誰もが自由に語れる場所で“異議”が表明されることが重要だ。」
「了解しました、先生。」
前回、雪乃が行った傾向をそらすといった対応は、大きすぎる波には全く作用しない。
加え、SNSという不特定多数の存在する場での拡散行動に対しては多数をもって対応しなければならない。
その夜20時。
叶希望の配信は、想定の2.4倍以上の視聴者を集めた。
「私は正直、投票で悩んでいます。だけど、“白票が一番いい”って空気、ちょっと怖くないですか?」
「私たちは誰かに強制されずに選べるのが選挙のはず。
でも今、選ばないという選択肢だけが“正義”になっている気がするんです。」
言葉は柔らかく、トーンも穏やかだった。
けれど確実に、“白票”という構造を無自覚に支持していた人々の心に、迷いが生じた。
その報告を見届けた雪乃が、淡く微笑む。
「やはり、“声”には力がありますね。」
大佐は頷きつつ、HUDに新たなログを展開する。
「次は“発信源”の分析だ。
“白票”を広げたミーム構造──その起点を追う。」
「了解、大佐。」
夜は静かに、しかし確実に進行していた。




