第20話 囁きの拡散 発芽
東京都・都内某所──
耳を澄ますと、誰かの「声」が聞こえる。
それは人の声ではなく、“意図”の断片だった。
「──投票しても何も変わらない」
「だったら、白票がいちばん正しいと思う」
「意思表示としての無言、それがいまの時代の“声”だよね」
現代日本で、選挙に対する意識が低下していることから“意味がない”と傍観する人が増えることは分かっていた。
その傾向がSNSのタイムライン、動画サイトのコメント欄、そして匿名掲示板。
まるでどこかで打ち合わせたかのように、ほぼ同じ語調で“それ”は拡がっていた。
ゆっくりと、しかし確実に。まるで風に乗る花粉のように。
不穏な空気がネットを介して伝わっている
東京都議選──告示日、前夜
「ご主人様、こちらをご覧ください」
リビングでアイロンがけをしていた雪乃が、手を止めて大佐に小型タブレットを差し出した。
その画面には、複数のSNSから抜き出された“白票推奨”の発言群が羅列されていた。
それらは不自然なほど統一され、しかもバズりやすい形式に整えられていた。
「発信元の一部は、過去ログを解析すると“存在しないユーザー”です。発信後すぐに削除され、痕跡も薄い」
「典型的な投影ミームの形成過程……か。言語ミームだけでなく、視覚誘導も始まってるか?」
「はい。画像付きの投稿や、短い動画で“白票を投じた自分を肯定する”演出が急増しています。
特定のインフルエンサーが参加した形跡はありませんが、複数の中堅アカウントによって均等に拡散されています」
「自然流通に見せかけた“構造的拡散”だな。既にステージ2……ここからが早いぞ」
雪乃は静かにうなずいた。
「ミーム感染の初期兆候は既に確認済みです。
一般市民の中で、“白票を投じるべきだ”という“価値観の自己投影”が進行中。
このままでは……“空白の意思”が、あたかも“主張”として完成してしまいます」
「なるほど……“叫ばぬ声”を、最大の武器にしようというわけか」
まさに“ささやき”だった。
誰かが叫ぶのではない。ただ、“納得する空気”を生み出す。
そしてそれは、誰にも気づかれないまま、社会の根本を揺るがしていく。
もしも、拡大を意図的に仕向けた“敵”がいるのであれば
その存在は限りなく日本社会における精神構造を理解している。
「これは……危険だ。
投票という制度そのものが“中立な空白”によって崩れる。
結果に対する不満が発生しても、“自らが選ばなかったから当然だ”と誰も反論できなくなる」
しかし、このシナリオの本当の脅威はそれを利用して表の革命者が現れること。
「無投票とは異なります。“意図を持った空白”は、制度に対する正当な破壊手段となり得ます」
「……敵が動いたな。いや、違うな。これは“敵”にとってすら都合のいい偶発か?」
「観測された波形からは、“しずめ”の影響と類似したパターンも見受けられます。ただし、増幅されている」
「……誰かが拾った、か」
そう、大佐は直感していた。
“誰か”が、“意図なき共感”に意味を与えた。
それが、この“白票を勧めるささやき”だった。
「まだ断定はできません。しかし、大佐のシナリオと類似したシナリオを考える人物・・・その可能性があります」
雪乃がその可能性を考える。それは考えるに足るだけの根拠があることを意味していた。




