第18話 責任
――夕刻・廃遊園地跡地
しずめは、廃墟と化した観覧車の前で立ち尽くしていた。
どうしてここに足を運んだのか、自分でも分からない。けれど、足は勝手にここへ導かれていた。
「“選べ”なんて……わたしに、そんなもの選ぶ力なんて……」
自嘲気味に呟いたその時だった。
──ふっ、と、微風が髪を撫でる。
「それでも、“選ぶこと”から逃げるのは、あなたらしくありません」
その声は、いつか聞いた声。けれど、少しだけ距離のある声音だった。
「……雪乃さん?」
振り向いた先にいたのは、制服姿ではない。
白を基調とした機能的な衣服を纏い、夜の気配と共に現れた彼女――雪乃だった。
「ごきげんよう、しずめ様」
「様って……どういうこと……?」
「本来なら、この場にわたくし一人ではなく、“先生”もご同行されるべきなのですが──
あの方はあくまで“観測者”であり、いまは決して干渉しないという選択をされました」
雪乃は一歩近づく。
「わたくしは、“選択肢”を提示しに来ました」
しずめは無言のまま立ち尽くす。
「あなたは、偶然この世界に巻き込まれたわけではありません。
“あなた自身が持つ本質”が、この歪みに呼応しているのです」
「……わたしが、歪んでるってこと?」
「いいえ、“あなたの在り方”が、歪みを調律できるだけの“感受”を備えている、ということ」
雪乃は手にしていた小さな端末を差し出した。
それは、かつて大佐が託した通信端末。今は封が解かれている。
「この端末を受け取ることで、あなたは──“日常”から退くことになります」
「それって……」
「あなたは、“MoRSの一員”として、新たな道を歩むことになります」
しずめは言葉を失った。
「……でも……わたし、ただの、ふつうの子で……。力なんて、ない」
「いいえ、しずめ様」
雪乃は優しく、けれどはっきりと告げた。
「あなたは、“普通であること”を望みながら、“普通ではいられない”存在です。
それは悲劇ではなく──“選ばれた構造”なのです」
しずめの目に、涙が浮かぶ。
「ねえ、雪乃さん。わたし……このまま、忘れて、学校に戻ってもいいかな」
「はい、それも可能です。その選択肢も、用意されています」
「……でも、もし、また誰かが泣いてたら、たぶん、わたし……知らないふり、できない」
雪乃は一歩、さらに近づく。
「それは、あなたが“無垢であるがゆえの強さ”を持っている証です」
「……これ、受け取っていいかな」
「どうか、お受け取りください。“これは、あなた自身の意志による選択”です」
震える手で、しずめは端末を握りしめた。
その瞬間、遠くで“観覧車”の軋む音が響いた。
まるで、世界が新たな座標へと回転を始めたかのように
――その後・大阪市内 移動車両内
夜の街を静かに走る黒い車両の中。
雪乃は助手席で端末を操作し、後部座席に座るしずめの様子を確認していた。
「少し眠ってしまわれたようです。やはり、過剰な精神負荷が」
「……彼女には、これ以上の負担はかけるな」
通信先の大佐の声は、今まで以上に柔らかかった。
『正式に、ユリシーズ作戦──完了とする』
「了解しました、大佐。
……彼女を、私たちの“リミッター”として、大切にします」
「それでいい。……あの子は、俺たちの『ゆりかご』だった。
もう“解体”は終わった。これからは、俺たちが『守る』側だ」
「はい、大佐──いえ、輪廻様」
車窓の外、ゆるやかに変わりゆく夜景の中に、
新たな“物語”の始まりを告げる、青い光が灯っていた。




