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天上のダイアグラム  作者: R section
第1章 人知の外

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19/88

第18話 責任

――夕刻・廃遊園地跡地

しずめは、廃墟と化した観覧車の前で立ち尽くしていた。

どうしてここに足を運んだのか、自分でも分からない。けれど、足は勝手にここへ導かれていた。

「“選べ”なんて……わたしに、そんなもの選ぶ力なんて……」

自嘲気味に呟いたその時だった。

──ふっ、と、微風が髪を撫でる。

「それでも、“選ぶこと”から逃げるのは、あなたらしくありません」

その声は、いつか聞いた声。けれど、少しだけ距離のある声音だった。

「……雪乃さん?」

振り向いた先にいたのは、制服姿ではない。

白を基調とした機能的な衣服を纏い、夜の気配と共に現れた彼女――雪乃だった。

「ごきげんよう、しずめ様」

「様って……どういうこと……?」

「本来なら、この場にわたくし一人ではなく、“先生”もご同行されるべきなのですが──

 あの方はあくまで“観測者”であり、いまは決して干渉しないという選択をされました」

雪乃は一歩近づく。

「わたくしは、“選択肢”を提示しに来ました」

しずめは無言のまま立ち尽くす。

「あなたは、偶然この世界に巻き込まれたわけではありません。

 “あなた自身が持つ本質”が、この歪みに呼応しているのです」

「……わたしが、歪んでるってこと?」

「いいえ、“あなたの在り方”が、歪みを調律できるだけの“感受”を備えている、ということ」

雪乃は手にしていた小さな端末を差し出した。

それは、かつて大佐が託した通信端末。今は封が解かれている。

「この端末を受け取ることで、あなたは──“日常”から退くことになります」

「それって……」

「あなたは、“MoRSの一員”として、新たな道を歩むことになります」

しずめは言葉を失った。

「……でも……わたし、ただの、ふつうの子で……。力なんて、ない」

「いいえ、しずめ様」

雪乃は優しく、けれどはっきりと告げた。

「あなたは、“普通であること”を望みながら、“普通ではいられない”存在です。

 それは悲劇ではなく──“選ばれた構造”なのです」

しずめの目に、涙が浮かぶ。

「ねえ、雪乃さん。わたし……このまま、忘れて、学校に戻ってもいいかな」

「はい、それも可能です。その選択肢も、用意されています」

「……でも、もし、また誰かが泣いてたら、たぶん、わたし……知らないふり、できない」

雪乃は一歩、さらに近づく。

「それは、あなたが“無垢であるがゆえの強さ”を持っている証です」

「……これ、受け取っていいかな」

「どうか、お受け取りください。“これは、あなた自身の意志による選択”です」

震える手で、しずめは端末を握りしめた。

その瞬間、遠くで“観覧車”の軋む音が響いた。

まるで、世界が新たな座標へと回転を始めたかのように



――その後・大阪市内 移動車両内

夜の街を静かに走る黒い車両の中。

雪乃は助手席で端末を操作し、後部座席に座るしずめの様子を確認していた。

「少し眠ってしまわれたようです。やはり、過剰な精神負荷が」

「……彼女には、これ以上の負担はかけるな」

通信先の大佐の声は、今まで以上に柔らかかった。

『正式に、ユリシーズ作戦──完了とする』

「了解しました、大佐。

 ……彼女を、私たちの“リミッター”として、大切にします」

「それでいい。……あの子は、俺たちの『ゆりかご』だった。

 もう“解体”は終わった。これからは、俺たちが『守る』側だ」

「はい、大佐──いえ、輪廻様」

車窓の外、ゆるやかに変わりゆく夜景の中に、

新たな“物語”の始まりを告げる、青い光が灯っていた。


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